第38話 球技大会、当日
――どんなにモヤモヤしているときだって、当然ながら、時間は進んでいく。
藤咲とふたりきりでバスケの練習をした、その翌日。
今日はついに、球技大会の本番だ。登校すると、さっそくクラス中からそわそわした雰囲気が伝わってくる。
「――――秋人くんっ、おはよっ! どう、調子はバッチリ?」
誰よりもやる気満々といった様子で、瀬名がそんなことを聞いてくる。
俺は自分の席に向かいながら、ふわあとあくびをして、
「……まあ、ぼちぼち。ちょっと寝不足だけどな」
「えーっ! なんでよっ、秋人くんのバカっ!」
ぶう、と頬を膨らませる瀬名。
仕方ないだろ、と俺は心の中で反論する。昨日、あんなことがあったのだ。そんなに簡単に眠りにつけるわけがないじゃないか。
「もーっ、スポーツはコンディションが大事なのにぃ! ね、恋歌も何か言ってやってよ!」
「え? わ、私……?」
と、瀬名が藤咲のほうを見る。
だが同時に瀬名は、「やばっ」と声を漏らしていた。……きっと彼女は、いつもの癖で藤咲に話を振ってしまったのだろう。俺と藤咲が距離を置いていることを忘れて、だ。
だけど藤咲は、俺のほうへと視線を向けて、
「秋人。今日は一緒にがんばろうねっ」
にこっ、とした優しい笑み。
瀬名の表情が固まる。クラスの隅でほかの男子と喋っていた英樹が、慌てて俺のほうに走ってくる。
「……おいおい、秋人っ! お前ら、いつの間に仲直りしたんだよ!?」
肩にぐるっと手を回されて、そう囁いてくる英樹。
「悪いけど、俺が聞きたいくらいだ。心当たりはまったくないんだが……」
「そ、そうなのか。いや、でも見ろよ秋人、あの恋歌の顔。めちゃくちゃ嬉しそうだぞ……?」
くいっと顎を動かし、英樹が藤咲のほうを指す。
見ると、彼女はその白い頬に両手を添えて……にへぇ、と笑顔を浮かべ続けていた。
本当に――何なのだろう、と思う。
藤咲は俺のことを嫌っているはずだ。だけど昨日の彼女から、まったくそんな感じはしなかった。それどころか……あの好きって言葉は、本当に何だったんだよ。
◇◇◇
最初の二限は、通常通りに授業を行った。
三限の時間になると同時に、学年全員で体育館に集まった。そこで実行委員の男子が、開会の宣言と選手宣誓を行った。
……ちなみに朝のあれ以来、藤咲とは何も話さなかった。俺から話しかける勇気もなかったし、藤咲もとくに声をかけたりはしてこなかった。たまに俺のことを見てニマニマしているような気がしたが、まあ、気にしないでおいた。
まず最初に、男女混合のドッジボールが行われた。
メンバーはバスケ組の十人を除いた残りの全員。わちゃわちゃとした空気の中で、着々と試合が進んでいく。
そして、十数分後……、
「はははっ、悪いな瀬名。負けちまったぜッ!」
なぜか誇らしげに、ぐー、と親指を立ててくる英樹。
英樹は運動神経抜群だ。彼は誰よりも活躍し、もう少しで勝利できそうな流れを作っていた。
しかし最後には、タイムアップ時に残り人数の多かったA組に敗北。
そうなった原因を、クラスの誰もが理解している。
「フッ。女子は狙わねえってのが、オレの流儀なんでな」
瀬名が無言で、英樹の顔を殴った。しかも、普通にグーで。
ふべらっ。そんな叫び声とともに、英樹の身体が吹き飛んでいった。
◇◇◇
昼休憩を挟んで、第二試合は女子のバスケットボール。
俺たちは体育館の二階から、瀬名たちを応援することに。
試合内容は、まさかの大接戦。お互いに一歩も譲らない、熱い攻防が続いていた。
「なあ、綾田」
俺と同じくバスケ組である寺西くんが、ふいに声をかけてくる。
「瀬名ちゃんってさ、マジで可愛くない? 俺、瀬名ちゃんみたいに活発な女の子、すげぇタイプなんだよな……」
彼の視線の先には、バスケ部に負けず劣らずの大活躍をしてみせる瀬名の姿が。
今日の瀬名たちは体操服ではなく、バスケ部の赤いユニフォームを借りて着用していた。そのスポーティな格好が、信じられないくらいに瀬名に似合っている。
……そうなんだよな。藤咲の陰に隠れがちだが、瀬名は瀬名でかなりの美少女だ。やや童顔な顔立ちはたしかに可愛いし、誰にでもフレンドリーなあの性格も男子人気の高さに繋がっている。
「寺西は瀬名ちゃん派か。ま、僕はやっぱり恋歌ちゃん派だな」
と、今度は九条くんが会話に割り込んできた。
ユニフォーム姿の藤咲を、俺はつい目で追ってしまう――そして当然のように、そんな彼女に俺は見惚れていた。すらっと伸びた白い手足や、健康的な肉つきのふとももが非常に眩しい。
「恋歌ちゃんクラスの美少女、マジで全国探しても見つからないぞ。あのレベルの逸材がクラスにいるなんて、僕らは幸せ者だ」
藤咲の容姿が優れていることは、もはや今さら言うまでもない。
彼女がこれまでに告白された回数は、もしかしたら三桁に到達しているんじゃないだろうか。……そのたびに俺がヒヤヒヤさせられていたのは秘密だが。
「いやいや、わかってないなぁ九条は。藤咲さんクラスの美少女じゃ、どうやっても手が届かない感があって虚しいだけだろ。あと瀬名ちゃんのほうが胸がデカい」
「寺西、それ瀬名ちゃんにめちゃくちゃ失礼だからな。それに恋歌ちゃんは、その手が届かない感が魅力でもあるんだよ。もし彼女にできたらって考えると、背徳感ヤバイだろ? あと恋歌ちゃんのほうが脚がエロい」
「お前ら、結局どっちも性欲じゃねぇか……」
俺はそれだけ言葉を返して、女子バスケの試合へと視線を戻した。
やがて、試合時間は残り数秒。スコアはB組が負けていたが、その差はたったの一点。
そんな中の最後の攻撃チャンスで、藤咲にボールが回り……華麗なジャンプシュートで、見事に得点してみせた。
直後、試合終了のホイッスルが鳴り響く。藤咲の華奢な身体に、勢いよく瀬名が抱きついていた。
これで球技大会は一勝一敗。次の男子バスケの結果が、クラスの勝敗を決めることになる。
「……勝っちまったか、女子」
一方の寺西くんは、憂鬱そうに呟いた。
その背中を、ぽんと優しく中島くんが叩いて、
「ま、しょうがないだろ。準備、はじめようぜ」
女子の勝利を喜ぶクラスメイトとは真逆の、重たい空気を纏ったまま。
ついに俺たちは、A組との試合を迎えることになるのだった。




