表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/89

第38話 球技大会、当日

 ――どんなにモヤモヤしているときだって、当然ながら、時間は進んでいく。

 藤咲とふたりきりでバスケの練習をした、その翌日。

 今日はついに、球技大会の本番だ。登校すると、さっそくクラス中からそわそわした雰囲気が伝わってくる。


「――――秋人くんっ、おはよっ! どう、調子はバッチリ?」


 誰よりもやる気満々といった様子で、瀬名がそんなことを聞いてくる。

 俺は自分の席に向かいながら、ふわあとあくびをして、


「……まあ、ぼちぼち。ちょっと寝不足だけどな」


「えーっ! なんでよっ、秋人くんのバカっ!」


 ぶう、と頬を膨らませる瀬名。

 仕方ないだろ、と俺は心の中で反論する。昨日、あんなことがあったのだ。そんなに簡単に眠りにつけるわけがないじゃないか。


「もーっ、スポーツはコンディションが大事なのにぃ! ね、恋歌も何か言ってやってよ!」


「え? わ、私……?」


 と、瀬名が藤咲のほうを見る。

 だが同時に瀬名は、「やばっ」と声を漏らしていた。……きっと彼女は、いつもの癖で藤咲に話を振ってしまったのだろう。俺と藤咲が距離を置いていることを忘れて、だ。

 だけど藤咲は、俺のほうへと視線を向けて、


「秋人。今日は一緒にがんばろうねっ」


 にこっ、とした優しい笑み。

 瀬名の表情が固まる。クラスの隅でほかの男子と喋っていた英樹が、慌てて俺のほうに走ってくる。


「……おいおい、秋人っ! お前ら、いつの間に仲直りしたんだよ!?」


 肩にぐるっと手を回されて、そう囁いてくる英樹。


「悪いけど、俺が聞きたいくらいだ。心当たりはまったくないんだが……」


「そ、そうなのか。いや、でも見ろよ秋人、あの恋歌の顔。めちゃくちゃ嬉しそうだぞ……?」


 くいっと顎を動かし、英樹が藤咲のほうを指す。

 見ると、彼女はその白い頬に両手を添えて……にへぇ、と笑顔を浮かべ続けていた。

 本当に――何なのだろう、と思う。

 藤咲は俺のことを嫌っているはずだ。だけど昨日の彼女から、まったくそんな感じはしなかった。それどころか……あの好きって言葉は、本当に何だったんだよ。


   ◇◇◇

 

 最初の二限は、通常通りに授業を行った。

 三限の時間になると同時に、学年全員で体育館に集まった。そこで実行委員の男子が、開会の宣言と選手宣誓を行った。

 ……ちなみに朝のあれ以来、藤咲とは何も話さなかった。俺から話しかける勇気もなかったし、藤咲もとくに声をかけたりはしてこなかった。たまに俺のことを見てニマニマしているような気がしたが、まあ、気にしないでおいた。


 まず最初に、男女混合のドッジボールが行われた。

 メンバーはバスケ組の十人を除いた残りの全員。わちゃわちゃとした空気の中で、着々と試合が進んでいく。

 そして、十数分後……、

 

「はははっ、悪いな瀬名。負けちまったぜッ!」


 なぜか誇らしげに、ぐー、と親指を立ててくる英樹。

 英樹は運動神経抜群だ。彼は誰よりも活躍し、もう少しで勝利できそうな流れを作っていた。

 しかし最後には、タイムアップ時に残り人数の多かったA組に敗北。

 そうなった原因を、クラスの誰もが理解している。


「フッ。女子は狙わねえってのが、オレの流儀なんでな」


 瀬名が無言で、英樹の顔を殴った。しかも、普通にグーで。

 ふべらっ。そんな叫び声とともに、英樹の身体が吹き飛んでいった。

 

   ◇◇◇


 昼休憩を挟んで、第二試合は女子のバスケットボール。

 俺たちは体育館の二階から、瀬名たちを応援することに。

 試合内容は、まさかの大接戦。お互いに一歩も譲らない、熱い攻防が続いていた。


「なあ、綾田」


 俺と同じくバスケ組である寺西くんが、ふいに声をかけてくる。


「瀬名ちゃんってさ、マジで可愛くない? 俺、瀬名ちゃんみたいに活発な女の子、すげぇタイプなんだよな……」


 彼の視線の先には、バスケ部に負けず劣らずの大活躍をしてみせる瀬名の姿が。

 今日の瀬名たちは体操服ではなく、バスケ部の赤いユニフォームを借りて着用していた。そのスポーティな格好が、信じられないくらいに瀬名に似合っている。

 ……そうなんだよな。藤咲の陰に隠れがちだが、瀬名は瀬名でかなりの美少女だ。やや童顔な顔立ちはたしかに可愛いし、誰にでもフレンドリーなあの性格も男子人気の高さに繋がっている。


「寺西は瀬名ちゃん派か。ま、僕はやっぱり恋歌ちゃん派だな」


 と、今度は九条くんが会話に割り込んできた。

 ユニフォーム姿の藤咲を、俺はつい目で追ってしまう――そして当然のように、そんな彼女に俺は見惚れていた。すらっと伸びた白い手足や、健康的な肉つきのふとももが非常に眩しい。


「恋歌ちゃんクラスの美少女、マジで全国探しても見つからないぞ。あのレベルの逸材がクラスにいるなんて、僕らは幸せ者だ」


 藤咲の容姿が優れていることは、もはや今さら言うまでもない。

 彼女がこれまでに告白された回数は、もしかしたら三桁に到達しているんじゃないだろうか。……そのたびに俺がヒヤヒヤさせられていたのは秘密だが。


「いやいや、わかってないなぁ九条は。藤咲さんクラスの美少女じゃ、どうやっても手が届かない感があって虚しいだけだろ。あと瀬名ちゃんのほうが胸がデカい」


「寺西、それ瀬名ちゃんにめちゃくちゃ失礼だからな。それに恋歌ちゃんは、その手が届かない感が魅力でもあるんだよ。もし彼女にできたらって考えると、背徳感ヤバイだろ? あと恋歌ちゃんのほうが脚がエロい」


「お前ら、結局どっちも性欲じゃねぇか……」


 俺はそれだけ言葉を返して、女子バスケの試合へと視線を戻した。

 やがて、試合時間は残り数秒。スコアはB組が負けていたが、その差はたったの一点。

 そんな中の最後の攻撃チャンスで、藤咲にボールが回り……華麗なジャンプシュートで、見事に得点してみせた。

 直後、試合終了のホイッスルが鳴り響く。藤咲の華奢な身体に、勢いよく瀬名が抱きついていた。

 これで球技大会は一勝一敗。次の男子バスケの結果が、クラスの勝敗を決めることになる。


「……勝っちまったか、女子」


 一方の寺西くんは、憂鬱そうに呟いた。

 その背中を、ぽんと優しく中島くんが叩いて、


「ま、しょうがないだろ。準備、はじめようぜ」


 女子の勝利を喜ぶクラスメイトとは真逆の、重たい空気を纏ったまま。

 ついに俺たちは、A組との試合を迎えることになるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ