第34話 ほんのちょっとだけ
瀬名に頼まれて、私は球技大会のバスケ組のメンバーになった。
中学のころはたしかにバスケ部だったけど、そんなの、もう二年も前の話。最近は体育以外で運動もしていないし、前みたいに動ける自身もない。
ならせめて、いっぱい練習して瀬名たちに迷惑かけないようにしないと。そう思って、私なりに頑張り続けた。
それから二週間が経って、いよいよ明日は球技大会の本番。
ギター部の練習を終えて家に帰って、シャワーを浴びて、お風呂に入って……でもそこで、急に明日が怖くなった。
私のせいで負けたりしたら、きっと瀬名は悲しむ。彼女は私を責めたりしないだろうけど、そしたら私が私を責めると思う。
そうならないためにも、もうちょっと練習しておきたいな。そう考えた私は急いで着替えて、近所の公園へと向かうことにした。
到着したのは、20時過ぎ。
すっかり暗くなったあとのバスケコートには……先客が、いた。
「――――え、秋人……?」
つい声に出してしまって、私は慌てて口を手で塞ぐ。
それからすぐに、近くの桜の木の裏に隠れた。
……ぎゅっと胸が痛くなった。まさかこんなところで、彼と会うなんて。
(そっか。秋人、自主練してたんだ……)
ちらりと顔を出して、秋人のことを見る。
彼は学生服のまま、一生懸命にシュートの練習をしている様子だった。その額には、大粒の汗が浮かんでいる。
(偉いね、秋人。きっと瀬名のために、いっぱい頑張ってるんだ……)
瀬名は負けず嫌いだ。しかもスポーツのことになると、それはもう凄いことになる。
優しい秋人は、たぶん、瀬名のことを想って自主練しているんだと思う。ちょっとでも、クラスの勝率を上げるために。
そう思うと、私の胸が――ぎゅっと、一気に苦しくなった。
(……うん。帰らないと、だよね……)
だって。
私は秋人に、最低なことを言ってしまったから。
そのことを謝ろうとしたけど、結局、うまくできなくて。
瀬名に、「余計なことしてごめんね」って何度も謝られた。でも……瀬名は、何も悪くない。秋人に酷いことをしてきたのは、私自身なんだから。
そして、私は。
あの日以来……一度も、秋人と話すどころか、顔を見ることすらできていなかった。
だけど、しょうがないよね。
これまでに私は何度も、秋人に酷いことを言ってしまった。幼なじみだっていう関係を言い訳にして、彼の優しさに甘え続けていた。
その結果――秋人のことを、たくさん傷つけてきたのだと思う。
だから、こんなふうになっちゃったのは、当然の報いなんだ。
(……ぜんぶ、私のせいだよね。今まで本当にごめんね、秋人……っ)
ある日。秋人に、私とは距離を置くって言い切られた。
最初は受け入れられなかった。学校に行くことが、すごく嫌になった。休んじゃおうかなって毎日のように考えた。
だけど……それだと、また秋人に迷惑をかけちゃうような気がして。
だから私は、秋人の言葉に従うことにした。
彼と距離を置く。そのことだけを考えて、どうにか学校に通い続けた。
それから先は、すごく辛い毎日が続いた。
私を露骨に避けようとする秋人の背中を見るのが苦しかった。私以外とは普通に話す秋人の声を聞くのが嫌だった。私には見せてくれない秋人の笑顔を見るたびに、ぎゅっと胸が痛くなった。そういうのを思い出すたびに、私は陰で涙を流していた。
あぁ――きっと、これが私への罰なんだ。
そう思って、私は必死に耐え続けた。秋人のいない日常を、どうにか受け入れようと頑張った。
それだけが、私にできる唯一の、秋人への償いだと思ったから。
秋人と関わらないことが、いちばん彼の幸せに繋がるはずだから。
(…………っ、秋人――)
彼に見つかる前に、帰らないと。
でも、最後にもう一度だけ、彼の姿を見たかった。
秋人はさっきから、もう何十本もシュートを撃っている。ふだんは誰にも見せない、真剣な表情で。
……そうだ。彼は面倒くさがりなはずなのに、いざってときは、こうやって誰よりも努力するんだ。
そんな秋人の、ひとりで黙々と練習を続ける後ろ姿に、私は。
(――――――カッコいい、な)
すっかり、見惚れてしまっていて。
気がつけば、時間さえ忘れて。
私は、その場に立ち尽くしていた。そして、
「…………、恋歌?」
彼の、声がした。
視線が、彼と重なった。
恋歌って――前みたいに、私の名前を呼んでくれていた。
「あ……悪い、藤咲。いつもの癖で、つい……」
バツが悪そうに、私から顔を逸らす秋人。
私は、何も言葉を返せなかった。頭の中が、からっぽになったような感覚。
……そんなふうになっちゃうくらい、私は彼の頑張る姿に見惚れちゃってたんだと思う。
「てか、そっか。藤咲も練習か……じゃあ、俺は帰るよ」
そこで初めて、はっとした。どうしよう、と、ようやく考えることができた。
私のすぐ隣を、彼が通り過ぎていく。……いつもみたいに、私を避けようとしてるんだ。
そんな彼の横顔が――さっきの、バスケを頑張る秋人の真面目な表情と重なって。
(……秋人、ごめんね。私って、ほんとにダメな幼なじみだね……っ)
――ふと、風が吹いた。
私の背中を、あったかい初夏の風が撫でた。
同時。私は、左手のミサンガを握りしめていて。
「――――――……っ、待って……っ!!」
ぎゅ、っと。
すれ違おうとする彼の制服の袖を、私は強くつまんでいた。
――言えた、と思った。
あの日から何度も言おうとして、ずっと言えなかったコトバを。
「ふ、藤咲? なんだよ、いきなり……」
目と目が合う。彼の困惑したような視線が、私の心に突き刺さる。
……わかってる。私は、最低の幼なじみだ。
たくさん酷いことを言ってきたんだから、私には彼と関わっていい資格なんてない。こうやって彼の視界に入ることすら、ほんとは良くないことなんだと思う。
だけど……やっぱり、嫌だよ。
ずっとこのままなんて、私、耐えられないよ。
だから、私は――、
「ねえ、秋人。……お願い。私の練習、付き合って?」
ほんのちょっとだけ。
勇気を振り絞ってみよう、と思った。




