第33話 努力の意味
それから、さらに一週間が過ぎた。
――明日はついに、球技大会の本番。
俺はいつも通り、近所の公園のバスケコートで自主練をしていたのだが……、
「……はあ。なんで俺、こんなことしてるんだろな……」
ふと俺は、中島くんとのとある会話を思い返す。
いわく――A組には、バスケ部一軍のレギュラーと準レギュラーが勢揃いしているらしい。
対して中島くんたちは、二軍の補欠。
実力差は明白。だからほとんど100%、俺たちに勝ち目はないのだという。
『だから綾田も、そんなに頑張らないでくれて大丈夫だ。……本当に、ごめん』
中島くんの自嘲するような笑みが、今でも頭から離れなかった。
そのときの俺は――優しい連中だな、と思った。
自分たちの実力では、絶対に勝利することができない。それを俺に打ち明けるには、かなりの勇気が必要だったはず。
恥とか、プライドとか。彼らはそういうのを捨ててまで、俺に真実を伝えてくれたのだ。
これ以上、俺が無駄な努力をしないために。
「ってことは、わかってたはずなんだけどなぁ……」
なのに……あれからも毎日、俺は近所の公園のバスケコートで自主練をしていた。
時刻はすでに20時過ぎ。公園内の電灯だけを頼りに、俺はひたすらゴールに向かってシュートを撃ち続ける。
たった今、撃ったシュートは……リングをぐるぐると回って、あっけなく外れる。
「……はあ。マジで何やってんだろ」
そのボールを拾いに行きながら、ふと考える。
きっと中島くんたちの話は正しい。勝機など、本当に微塵もないのだろう。
そしてもちろん、俺はそんな状況下でも諦めないような熱血キャラではない。ふだんの俺なら今ごろ、どうやって瀬名の説教から逃げるかだけを考えているはずだ。もしくはそれさえ諦めて、ごろごろ部屋でエンフィルでもやっていただろう。
でも……どうしても、モヤモヤして。
それからの一週間も、俺はこうして放課後に自主練を続けていたわけだ。
「本当にどうしちまったんだろうな、俺」
最近、俺はたまに俺自身のことがわからなくなる。
勉強を頑張るようになったのは、藤咲からの自立のためだ。あいつに迷惑をかけないために、俺ひとりでも大丈夫だと示してみせることが目的。
なら、今は?
どうして俺はガラにもなく、こんなに頑張ってるんだ?
瀬名のため? ……そうかもしれない。瀬名に喜んでほしいから、あるいは怒られたくないから。だから俺は、いまだに自主練を続けているというのだろうか。
でも、俺がどれだけ頑張ったところで、それで精鋭揃いのA組に勝てるようになるとは思えない。
それとも俺は、自分でも気づかないうちに、そういう熱血キャラになったのか?
内心では、まだ勝つことを諦めていないのか?
(……いや、しっくりこないな。もちろん、瀬名のためっていうのもあるけど――)
だったら、やはり恥をかかないために?
大差で負けることは、すでにほとんど確定している。それをクラスメイトたちに見られるのだから、それはもう悲惨な一日になるだろう。
そんな中でも、ちょっとでもマシな動きができれば、多少は恥ずかしさを軽減できるかもしれない。
だから俺は今、こうして頑張っているのだろうか?
(……そう、だよな。それくらいしか、理由がないし)
ボールを構えて、小さくジャンプし、シュートを放つ。
がこん。リングに当たって、思いっきり跳ね返る。
……ダメだな、俺は。考えれば考えるほど、自分のことがわからなくなる。そしてそのたびに、ひとりの少女の顔が脳裏によぎる。
明るい笑顔が誰よりも似合う、亜麻色の髪の幼なじみの顔が。
「……なんか、まだ未練たらたらって感じだな」
ごろごろと転がっていったボールを追いかけて、そっと拾い上げる。
そしてもう一度、その場からシュートを撃つ姿勢を作って、
「いい加減、忘れやがれ。もう、ぜんぶ終わったあとだろ」
俺の手の中から放たれたボールは、リングにすら当たらない。
ただ虚しく、ネットの下をかすめて落ちていく。
……どうしてだろうか。
ごろごろとボールが転がっていく音が、どことなく寂しげなように聞こえた。




