第32話 違和感
その日の放課後は、ひさびさに鈴北さんと一緒に帰ることにした。
にぱあっ、と満面の笑顔を彼女は浮かべて、
「――てかさっ! 綾田っちのバスケ、すっごい上手だったねっ! さすがは元バスケ部のレギュラー、って感じだった!」
「まあ……レギュラーの中じゃ、余裕で最弱だったけどな」
「そうなの? でもぜんぜん、ほかのメンバーに負けてなかったよ? かっこよかった、普通に!」
普通にって何だ、普通にって。褒めてるのかどっちなのか、よくわからない。
「というかさ。鈴北さんのせいで俺、バスケ組になっちゃったんだけど。どう責任取ってくれるんだ」
「え~、なにそれ。えっちな話?」
「違うって。俺が目立つの好きじゃないのは知ってるだろ? だから……はあ、当日めちゃくちゃ憂鬱だよ」
しかも俺は男子のバスケ組で唯一、現役のバスケ部じゃない。
俺が中島くんたちの足を引っ張るのは目に見えている。そんな未来を想像すると、猛烈に顔が熱くなってきた。
「まあまあ綾田っち。そのときはそのときで、ウチがいっぱいネタにしてあげるから。綾田っちの大失敗を笑いに変えてあげる!」
「なおさら地獄じゃねえか。あぁくそ、なんでこんなことに……」
そういえば……藤咲のほうは、どうなんだろうな。
彼女も立場は俺に近い。バスケ部三人と、超運動神経抜群の瀬名に挟まれたら、それなりに苦戦させられそうなものだ。藤咲も運動神経はかなり良いが、それでもやはり、瀬名には及ばないと思う。
(……って、何で今さら俺は、藤咲のことなんか考えてるんだよ)
さっき彼女の体操服姿に見惚れてしまった影響だろうか。
今日はなんだか、藤咲の顔が思い浮かぶことが多かった。あの練習後も、つい藤咲のことを目で追ってしまいがちだった。
俺と藤咲は今、ただのクラスメイト……いや、それ以下の関係だというのに。
恋は盲目。それがわかっていても、簡単に抜け出せるわけじゃないんだな。そんなことを、俺は実感する。
◇◇◇
球技大会の練習を始めてから、ちょうど一週間後。
俺たちは今日も先週と同様、体育館を借りて練習をしていた。
ホームルームの時間に体育館を使用できるのは、各クラス週に一度のみ。なので今日は貴重な練習チャンスというわけである。
「――綾田っ、こっち!」
「ッ、おう!」
クラスメイトに協力してもらっての、試合形式の練習中。
俺が中島くんへとパスを出すと、そのまま彼はレイアップシュートの体制に移る。
少し俺のパスの位置が悪かった……が、さすがは現役のバスケ部。中島くんは綺麗な動きで、見事に得点してみせる。
「綾田、サンキュ。ナイスパスだ」
「え? お、おう……」
そう中島くんに褒められる。……さっきの俺のパスは、どちらかといえばミス寄りだったと思うんだけどな。もしかして彼は、褒めて伸ばしてくれるタイプなのだろうか。
その後、すぐにディフェンスに戻り、九条くんがボールを取り返して即攻撃。同じようにパスを回して、今度は寺西くんがロングシュートを撃つ。
惜しくも外れてしまった――が、運良く俺がリバウンドを取り、そのまま得点できた。
「ナイス、綾田」
と、大久保くんに笑顔で言われる。
まあ正直、今の試合相手はバスケ未経験者の五人。こうして得点できるのは、当然といえば当然のことだ。
ただ……なんだろうな、この違和感は。
俺は今、中島くんたちのプレイに付いていけている。
いや――付いていけてしまっているのだ。
(……もしかして、俺に合わせて手を抜いてるのか?)
もし彼らが本気を出せば、俺はもっと露骨に足を引っ張っているはず。
だけど、そうはなっていない。
それとも彼らは、アレなのだろうか。たかだか球技大会の練習なんかに本気を出すわけないだろ、みたいなクール系の思考の持ち主だったりして。
練習終了後。ペットボトルの水を飲んでいると、中島くんたちバスケ部に声をかけられる。
「お疲れ、綾田」
「中島くんたちもお疲れ。……悪いな、足手まといで」
「そんなの誰も思ってないって。むしろ、みんな驚いてるよ。綾田の動き、かなり良くなってたし」
すると今度は、九条くんが俺の顔を見て、
「綾田。お前、けっこう練習したんじゃないか? 先週に比べて、いくらなんでも上手くなりすぎだ」
「……まあ、ちょっとだけね」
バレてたか、と思う。
そう。俺はこっそり、放課後に近所の公園を使って自主練をしているのだ。
その結果、完全にとは言わないものの、シュートフォームやドリブルのコツはなんとなく思い出せていた。中島くんたちには、それがお見通しだったらしい。
「みんなの足を引っ張りまくると、さすがに恥ずかしいし。それにもし負けたら、瀬名が鬼になるからさ」
冗談を交えて返す。
が……中島くんたちには、目を逸らされた。
完全にスベった空気である。今すぐ消えてなくなりたい。
「あのさ、綾田。お前には、ちゃんと言っておかなきゃいけないと思ってさ」
と、中島くんはまっすぐに俺の顔を見てきた。
しかし彼は、すぐに気まずそうに目を泳がせて、
「……ごめん、綾田。俺たちじゃ、絶対にA組には勝てないんだ」
申し訳なさそうな声音。
中島くんたちは冗談でも何でもなく、その事実を確信しているような様子だった。
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