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第31話 練習初日

 というわけで俺は、球技大会のバスケ組に決定してしまった。

 ……今の心境は、やはり憂鬱だ。だがここで俺が手を抜けば、それこそ悪目立ちしてしまうだろう。

 せめて、中学のころの勘くらいは戻さないとな。

 球技大会は二週間後。それまでに、できる限りの練習をしなければ。

 もし俺が足を引きまくった挙げ句に敗北したら、瀬名に何をされるかわかったもんじゃないし。


 そして、翌日のホームルーム。

 運良く体育館を借りられた俺たちは、さっそくバスケの練習をすることになった。


「よろしくな、綾田。ま、いい感じに頑張ろうぜ」


 練習開始前。キャプテンを引き受けてくれた中島くんが、そう俺に優しく声をかけてくれた。

 とりあえず、俺のことを「下手くそ」と非難してくるようなチームメイトじゃなかったことに安堵する。自分がいちばん下手なのはもちろん理解しているが、それを口に出されるとさすがに辛いしな。


   ◇◇◇


 その後、パス回しやシュートなんかの基礎練習を三十分ほどして、初回の練習は終わりにした。

 ……想像以上に、俺は昔の感覚を忘れているようだ。パスやドリブルくらいならまだしも、シュートはほとんど入らない。

 これは、かなり本気で頑張らないとマズいな。

 汗に混じって、冷や汗もかいていた。それをタオルで拭いながら、俺はぐるっと体育館を見渡す。


「…………あ」


 と……つい、藤咲の姿を視界に捉えてしまう。

 女子のほうは、もう少しギリギリまで練習してから帰るらしい。まあ十中八九、瀬名が言い出しっぺだろう。

 ちょうど藤咲がボールを持ち、ロングシュートを打っているところだった。すぽん、という気持ちのいい音が響く。

 ……懐かしいな、と思う。中学のころはよく、藤咲のバスケをする姿にこうして見惚れてたんだっけ。


「よっ、秋人! 練習お疲れっ!」


 突然、ばしんと背中を英樹に叩かれる。


「悪いな、お前にバスケ任せちまって。でもやっぱ、クラスん中のバスケ部以外じゃお前が一番上手いと思うぜ。さっきの練習見て確信したよ」


「そりゃどうも」


 俺が生返事を返すと、英樹はニヤニヤとした笑みを浮かべて、


「なんだよ秋人。もしかして、恋歌の体操服姿に夢中だったか?」


「……まあ、そんなところだよ」


 藤咲恋歌は超絶美少女だ。容姿だけでなく、そのスタイルも抜群に綺麗である。

 そんな彼女の体操服姿には、どことなく危うげな魅力があった。汗をかいている影響からか、肌に服が張り付いているのが妙に艶めかしい。……あれ、完全に下着、透けてるよな。

 

「お、おい。そこは否定してくれよ、秋人……」


「だって、あの藤咲だぞ。俺も男なんだし、見惚れないほうが無理だって」


「そりゃそうかもだが……! お前がそのスタンスだと、なぁんかムズムズするんだよなぁ……」


 うぐぐ、と頭を抱える英樹。

 俺は変わらず、藤咲のことを目で追いながら、


「それにしても藤咲って、マジでポニテ似合うよなぁ」


 そう。彼女は今、いつもハーフアップにしている亜麻色の髪をポニーテールに結んでいるのだ。

 滅多に拝めないその姿を前にしてしまえば、俺は男としての欲望に抗えなくなる。ちらっと覗くうなじや、体操服の隙間から見える腋や肌着、そして運動とともに揺れる形のいい胸。うん、まさに眼福である。


「……お前なぁ。それ、恋歌の前で言ってやればいいのに」


「言うわけないだろ。よりにもよって俺に言われるなんて、藤咲が可哀想すぎる」


「はいはい、そうだったな。だって恋歌は、お前のことが大嫌いなんだもんな?」


 わざわざ念を押すように言われる。……まあ事実なのだから仕方ないし、いちいち気にしないが。


「てかさ、秋人。お前、べつに恋歌への興味が一切なくなったってわけじゃないんだな。てっきりオレは、もう恋歌の顔なんて見たくもないもんだと思ってたが」


「だから俺たちは、そういうのじゃないんだって。俺と藤咲はただ、お互いのために距離を置くことにしたってだけだ。べつに喧嘩中ってわけじゃない」

 

「……そうは言うけどさ。実際のところ、今までどうだったんだ?」


 さっきよりも、明らかに低いトーンの声音。

 英樹はくしゃりと髪をかきながら、言葉を続けてくる。


「ぶっちゃけ、さ。……オレらも、前から気にはなってたんだよ。恋歌のツンケンした態度のせいで、秋人が傷ついてんじゃないかってさ。でもお前、まったく気にしてないってふうな顔してただろ? だからオレらは、恋歌のあの態度には口出ししないようにしてたんだ」


「……なんだそりゃ。お前ら、そんなこと考えてたのか?」


「ま、オレらはいちおう、お前の親友だって自称してるしな。でも恋歌だって、オレらの大事な幼なじみで、やっぱり親友だ。だから恋歌にも、ありのままの恋歌でいて欲しかったんだが――まさか、こんな感じになっちまうとはな。……秋人、本当にごめん」


 やっぱり……英樹は、良い奴だな。

 親友という言葉の定義は、ひとそれぞれだと思う。お互いの悪いところを指摘し合える関係も素敵だとは思うが、英樹はその逆だと考えているのだろう。

 良いところも悪いところも、そのどちらもを受け入れて認め合える関係――それが、英樹にとっての親友像なのかもしれないな。

 そんな英樹の優しさが、なんだか今は、ものすごく温かいような感じがした。


「英樹が謝ることじゃないよ。少なくとも、お前のせいでは絶対にないからさ。……どのみち俺と恋歌は、いつかこうなってたんだと思う」


「秋人。お前は……それで、満足なのか?」


「まあな。それに、考えてもみてくれ。学園一の美少女と同じクラスで、しかも隣の席になれたんだぞ? 今だって、あの藤咲の体操服姿をこうやって眺めていられるわけだし。男子にとっては、これ以上ないくらいの幸せだろ」


「……ははっ。ま、お前がそう言うなら、それでいいけどさ」


 ぽんぽん。と、俺の肩を叩いてくる英樹。

 それから彼は、「教室、戻ろうぜ」とだけ言ってきた。

 俺は最後にもう一度だけ、藤咲の体操服姿を拝んでおく。

 その容姿の可愛らしさは、もはや言うまでもないけれど――真剣にバスケをする彼女の横顔は、どうしようもないくらいに魅力的だった。


(まあ……お人好しの藤咲のことだ。瀬名を勝たせてやりたい、とか考えてるんだろうな)


 そう考えると――どうしてだろうか。

 少しだけ、ちくりと心臓が痛んだような気がした。

 失恋の傷痕を、つい自分で開いてしまったような感覚。……なんだかんだで俺は、藤咲が彼氏でも作ったらショックを受けるんだろうな。そうなるよりも先に、とっとと藤咲への恋心を忘れなければ。


「なあ、英樹。お前の女友達で、俺のこと好きなやつとかいないのか?」


 体育館から校舎へと続く渡り廊下を歩きながら、何気なく英樹に尋ねてみる。と、


「……おい秋人。お前それ、絶対に恋歌とか瀬名の前で言うなよ?」


 英樹の、わざとらしいくらいに深いため息。

 彼はそのあと、制服のポケットに手を突っ込んで、


「――――まあ、いるけどな」


「え!? マジかよっ、紹介してくれたりは……?」


「ヤだよ。ってか、紹介のしようがないし」

 

 それは……どういう意味だろうか。何かの引っかけ問題か?

 結局、考えたところでよくわからなかった。もしかしたら、ただ俺をからかっただけなのかもしれないな。

 俺みたいなモブ生徒のことが好きな女子が実在しているのだとしたら、俺自身ですら驚きだ。

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