第30話 球技大会
中間テストの成績発表が終わり、翌朝のホームルーム。
クラス委員の瀬名が教卓の前に立ち、どやっと胸の下で腕を組んで、
「――――球技大会が、始まりますっ!!」
……と、元気いっぱいに告げてきた。
「えー、みんなも知ってると思うけどっ、六月の三週目に球技大会があります! うちは隣のA組と対戦することが決まりましたっ!」
球技大会。
うちの学校は総当たりとかではなく、ひとつのクラスと直接対決する形式をとっている。
そして、我らがクラス委員の瀬名は……、
「勝ちます! ぜっっったいに、勝ちたいですっ! だからみんなっ、全力でがんばろうねっ!!」
……誰もが認める、超絶負けず嫌いの熱血スポーツ少女なのだ。
「というわけで今日はとりあえず、参加競技を決めようと思いますっ! 英樹、書記よろしくねっ」
「へいへい。仰せのままに」
もうひとりのクラス委員である英樹は、やれやれといった感じで黒板に向かい合った。
英樹も運動神経は抜群だし、それなりに負けず嫌いのはずだが、それでも瀬名の熱意の前ではこうして縮こまるしかないのである。
「競技についてですが、今年も二種目やるみたいです! ひとつは、男女混合のドッジボール! もうひとつは、男女別のバスケ! そのうちの二試合勝ったほうが勝ちっていうルールです!」
バスケか。懐かしいな、と思う。
俺はこう見えて、中学のころはバスケ部に所属していた。……まあ、藤咲がバスケ部だったから、という不純すぎる動機だが。
「とりあえず、うちってバスケ部何人いるんだっけ? ごめんだけど、挙手してもらってもいい?」
瀬名の呼びかけに応じて、ちょろちょろと数人が手を上げる。
男子が四人、女子が三人。その名前を、英樹が黒板に書いていく。
「それじゃあ、この七人はバスケ決定でいい? 補欠はナシでやるみたいだから、あと三人決めないとだねぇ」
補欠はナシって。すごいな。
まあ、球技大会なんてそんなものか。途中で退場になったり怪我でもしたらどうするのだろうと思うが、そのときはドッジボール組からひとり助っ人を寄越してもらえばいいだけだし。そうなるとひとりが二試合出ることになるけれど、それをズルだと批判しそうなのは瀬名くらいだしな。
「じゃあまず、女子から決めよっかな。……あ。ちなみに、あたしは出ます! こう見えてあたしっ、バスケも得意だからっ!」
ぴーす。そう言って、にこっと笑う瀬名。
こう見えても何も、クラスメイトの全員が「だろうな」と思ったはずだ。誰も口にはしないが。
「それで、もうひとりかぁ。どうする、どうやって決める?」
と、瀬名がクラスメイトたちに聞くと、数秒後に女子のひとりが挙手をして、
「恋歌ちゃんでいいんじゃない? 去年の体育のときに知ったんだけど、バスケめちゃくちゃ上手だったよ」
「……え? わ、私……?」
俺の隣の席に、視線が集まる。
それまで藤咲はぼうっとしていたのか、彼女はきょとん、と可愛らしく首をかしげた。
「たしかにっ、恋歌なら適任かも! 恋歌、中学のころバスケ部だったもんね?」
瀬名が太陽のような笑みで藤咲を見つめる。
すると藤咲は、その視線を下に向けて、
「……私なんかじゃ、足を引っ張っちゃうよ」
「そんなことないって! ね、みんなも恋歌なら納得だよね?」
うんうんと頷くクラスメイトたち。
これはもう、断りたくても断れない空気だな。可哀想に、と心の中で同情する。
やがて藤咲は、ぎこちなく笑って、
「……瀬名がそう言うなら、うん。わかった、頑張ってみる」
「ほんとっ!? えへへっ、さすがあたしの親友っ! じゃあ、残りの女子はドッジボールがんばろっ!」
それにしても、男女混合のドッジボールか。
去年も同じ競技をやった記憶がある。ボールは柔らかいものを使うから怪我の心配もないし、意外と盛り上がっていたのだっけ。
そして何より、ドッジボールは人数が多い。だから目立ちたくない俺としては、ぜひドッジボール組への参加を熱望したいところだ。
……うん、俺が元バスケ部だということは全力で隠そう。
「じゃっ、次は男子ねっ! ねえ英樹、どうやって決める?」
「そうだなぁ、どうすっか……」
英樹がううんと思案しはじめた、その直後。
はいはいっ! と、鈴北さんが元気いっぱいに挙手をして、
「綾田っちってさ、中学のころバスケ部だったって言ってなかったっけ? だったらウチ、綾田っちがバスケしてるとこ見てみたいかもっ!」
……マズい。台詞みっつでバレた。
クラスメイトたちの視線が、一斉に俺へと集まる。
「……言っておくが、俺は出ないぞ。ちょっとやってた程度の俺なんかより、運動神経抜群な英樹のほうが適任だと思うし」
「悪いな親友。A組の栗田に、今年のドッジボールでリベンジするって約束しちまったんだ。去年の屈辱を晴らさねばならんのだよ、オレは!」
「お、おう。そうなのか……?」
俺がバスケをやっていたのは、二年も前の話である。完全に衰えた今となっては、たぶん俺よりも英樹のほうが上手いと思う。
というか……そういうのを抜きにして、普通に嫌だ。みんなの前でバスケなんて絶対にやりたくない。恥ずかしいし。
そんな俺の心境を察してくれたのか、瀬名が気まずそうに周囲を見渡して、
「えっと……ちなみに、秋人くんのほかに経験者っているかな?」
が、クラス中の男子がしんと静まりかえってしまう。……やりたくないのは、みんな同じということか。彼らの中には、俺へと「頼む、生け贄になってくれ」と言わんばかりの熱烈な視線を送ってくる者もいた。
しかし、これはマズいな。このままでは藤咲同様、逃げ場がなくなってしまう。
ここから入れる保険はあるだうか。そう思って、ふと鈴北さんに視線を送ってみると、
「お願いっ、綾田っち! ウチらにさ、綾田っちのカッコいいとこ見せてよっ! ね?」
「……いや、悪いけど鈴北さん、俺は――」
「え~っ、ヤだヤだ! 綾田っちのバスケ、ぜったい見たい~っ!!」
そんな鈴北さんの、子供みたいに駄々をこねる様子を前にして。
はあ……と、俺は思わず息をつく。
どのみち、ここで俺が拒否をし続けても、誰かが代わりを名乗り出ることはないだろう。
まあ英樹なら、頼めば折れてくれそうだが――昔から俺は、こういう場面で英樹に面倒ごとを押しつけてばっかりだった。今回くらいは、彼に余計な負担をかけたくない。だから、
「……わかった、やるよ。でも、俺のせいで負けても責任は取らないからな?」
おぉ、というクラスメイトたちの小さな歓声。
俺は深く息を吸って、半ば無理やり自分を鼓舞してみせる。
こうなったらもう、やるっきゃないだろう。……正直、めちゃくちゃ嫌だけどな。




