表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

27/89

第26話 ハリネズミ

 とくに何が起こるわけでもなく、俺は放課後を迎えていた。

 不思議なもので、今日のほうがGW前よりも授業に集中できたような気がする。今までは、ふとした拍子に恋歌のことを考えてしまっていたが……あんなことがあったのに、思考はスッキリしていた。隣の席の彼女に視線を向けたりもしなかったし、もちろん、声をかけたりもしていない。


 そういえば昼休みに、やっぱり鈴北さんに謝られた。自分が余計なことをしたせいで、レンレンと喧嘩しちゃったんだよね……と、そんなふうに。

 だから俺は、鈴北さんは悪くないと伝えた。むしろその逆で、鈴北さんのおかげで体調がすぐに回復できた。感謝こそすれど、責めるわけがないじゃないか。そう言うと鈴北さんは、「そっか」とだけ言って微笑んだ。


 あとは、瀬名と英樹。彼らにはドタキャンの件で謝罪した。ふたりとも「いいよ」「気にすんな」と許してくれたが、それとは別で、何度か俺を心配そうな目で見てきたような気がした。

 ……まあ、俺と恋歌に何かあったのだと察しているのだろう。俺たちの仲がここまで拗れてしまった以上、さすがにあとで事情を説明しないとな。


 そして、残りのひとり。

 勇利に関しては、放課後に一緒に勉強をする約束をしていた。

 集合場所の図書室に向かうと、彼はすでに教科書とじっと睨み合っていた。


「悪い。遅くなった、勇利」


「気にするな。お前がいたところで、俺の勉強効率が上がるわけではないからな」


「思っても言うなよ、そんなこと……」


 勇利は成績が良い。学年一位を常にキープしているくらいに、だ。

 しかし一方の俺は、順位は三桁常連。そんな俺と一緒に勉強をするメリットが皆無なのは事実である。悲しいが。


「冗談だ。秋人、お前と過ごす時間は心地いい。でなければ呼び出しに応じたりはしないさ」


「お、おう。そうか……」


 なんだよこいつ、急にデレやがって。

 勇利は英樹に負けず劣らずのイケメンだ。性格に難ありと思っていたが、意外とこいつみたいなのが女子にモテたりするのだろうか。成績も抜群だし。


「あのさ、勇利。昨日はごめん、急に行けなくなって」


「そのことなら気にするな。体調不良は誰にでもあることだ」


 と、勇利は教科書から目線を動かし、俺の顔を見てくる。


「それより、秋人。昨日、恋歌とは会えたのか?」


「……ま、一応な」


「そうか。どうだった?」


 いや、どうだったって。

 そう聞かれて、少し考える……俺はこれから、今まで以上に恋歌と距離を取ることに決めた。そうなれば必然的に、勇利や英樹とも距離が生まれるだろう。

 だったらここは正直に話すべきだ、と俺は判断して、


「……大嫌いだって、はっきり言われたよ」


「大嫌い? 恋歌が、秋人をか?」


「ま、悪いのは俺なんだけどな。じつは昨日の朝、鈴北さんが俺の看病をしに来てくれてたんだ。で、おかげで夜には回復してて。それで鈴北さんへのお礼として、エンフィルの素材周回を手伝ってたんだけど……」


「なるほどな。そこを恋歌に見られてしまった、と」


 そうだ、と俺は首肯して、


「そういうわけだから俺、今後は恋歌と距離を取るつもりだ。あいつだって大嫌いな俺に付きまとわれるのは嫌だろうし、俺だって昨日のことを何度も思い出したくはないしな」


「了解した。秋人がそう考えるのなら、俺はそれを肯定しよう」


 珍しく勇利は、真剣な眼差しを俺に向けていた。

 彼はくいっと眼鏡を正しながら、


「恋歌には俺からもキツく言っておく。感情任せになってしまいがちなところは、恋歌の昔からの悪癖だ。秋人の怒りはもっともだと思うぞ」


「いや……べつに、俺は怒ってるわけじゃ……」


 自分でもよくわからない。が、怒りというのは、あまりしっくりこなかった。

 べつに恋歌をどうこうしたいとか、そういうふうには一切思っていない。俺はただ、彼女と二度と関わり合いになりたくないだけだ。

 と、そう考えていると、ふと――、

 

「――そうか。俺はもう、傷つくのが嫌になったのか」


 昨日のことを思い出すと、さすがに胸が痛む。

 それだけじゃない。俺は今まで、彼女に辛辣なことを言われ続けた。それが少なからず、俺の心にダメージを与え続けていたのではないだろうか。

 その結果、昨日の一件の影響もあり、俺のメンタルが耐久値の限界を迎えのかもしれない。

 だから今後は自衛のために、俺は彼女と距離を置こうと考えたのだろう。これ以上、恋歌に嫌われたり、罵倒されたりでもすれば……今度こそ、もう立ち直れないような気がするから。


「ということは、秋人。お前はまだ、恋歌のことが好きなんだな?」


 勇利も英樹と同じく、長い付き合いだ。

 俺の恋歌への好意は、だいぶ前からバレている。……冷静に考えると、かなり恥ずかしいが。


「まあ……そういうことになる、よな」


 本当に無関心なら、恋歌の言動のひとつひとつで傷ついたりはしない。

 つまり――俺はまだ、彼女のことが好きなのだ。

 好きだからこそ、嫌われたくない。だから俺は、恋歌を避けたいと強く思うようになったというわけだ。


「今の秋人と恋歌は、まさにハリネズミだな」


「あぁ。……って、ん? ハリネズミ?」


「ハリネズミには針がある。そんな彼らが同種と仲を深めるために接触を試みようとすると、互いの針が刺さって傷つけ合うことになってしまうだろう? だから彼らは、仲良くなりたい相手と距離を置くしかないんだ。その葛藤や矛盾のこと、ハリネズミのジレンマと言う」


 なるほどな、と思った。

 たしかに今の俺は、自衛のために、好きな相手と距離を置こうとしている。それにこれ以上、俺のせいで恋歌に嫌な思いをさせたくないもない。まさにハリネズミ状態である。


「……あれ。その話って、ハリネズミじゃなくてヤマアラシじゃなかったか……?」


「そうだ。だがハリネズミのほうが可愛いだろう」


「お、おう……?」


 勇利はたまに、こういうヘンなことを言う。

 まあ……それが、こいつの面白いところなんだけどな。

 俺は軽く笑って、それから勇利とふたりで勉強をはじめた。

 と、その数十分後。俺のスマホが、ぶるっと通知音を鳴らす。


「やべっ。通知、切り忘れてた……」


 マナーモードにしていなかったことを内心で周囲に謝りつつ、俺はこっそりスマホを見る。

 そこには、瀬名からのメッセージが届いていて――、

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ