第23話 今度こそ、本音を
最寄り駅に着いてすぐ、薬局に寄って必要そうなものを買いそろえた。
おかゆのパックや、スポーツドリンク、のど飴に冷感シート。あとは隣のスーパーで、刻みネギとか梅干しとかを買っていかないと。
(秋人、今ごろどうしてるかな。ちゃんとご飯、食べれてるのかな……?)
最近の秋人は、だらしない自分を変えようと努力していた。
だからもしかしたら今日も、いつもみたいに面倒くさがらず、頑張ってご飯を食べてるかも。そしたら、このおかゆは要らないって言われたり……ううん。喉の痛みがあるなら、それがしばらく続くかもだし、べつに無駄にはならないよね。
(……秋人。早く、会いたいな……)
買い物を終えて、秋人の家へと向かう。
早歩きなんかじゃ足りなくて。ほとんど無意識のうちに、私は走り出していた。
――秋人の顔が見たい。まずは看病してあげて、元気になった秋人に笑ってほしい。
――秋人の声が聞きたい。私のことをどうして避けるようになったのか、ちゃんと聞かせてほしい。
それで……今までのことを、ぜんぶ、秋人に謝りたい。
いつも酷いことばっかり言ってごめんなさい、って。
そうすれば、秋人は私を許してくれるかな。
前みたいに、私のそばにいてくれるようになるかな。
(……着いた。あ、部屋の電気、ついてる……)
ということは秋人は今、起きてるのかな。
でも、インターホンを押しちゃうと、玄関まで降りてこなきゃいけなくなるよね。それだと、むしろ秋人の身体に負担をかけてしまう。
だったら……うん。合鍵を使おう。
この合鍵は、ずっと昔に秋人のお母様に預けていただいたものだ。共働きで忙しい私たちのぶんまで秋人のことをよろしくねって、冗談半分で言われたのを鮮明に覚えている。
「お、お邪魔しまぁす……」
なんだか、心臓がドキドキとしてきた。
そういえば今から私、誰もいない秋人の家で、秋人とふたりきりになるんだよね。
う……ど、どうしよう。さっきまで走ってたせいで、ちょっとだけ汗をかいてしまってる。
匂いとか、大丈夫かな……?
(私も……香水とか、付けてみようかな……?)
玄関に入って、靴を脱ぐ。
同時。
私は……ひとつ、見覚えのないローファーに気づく。
「――え? これ、女性用の……?」
きっと……秋人のお母様の靴だよね。
そう自分に言い聞かせて、二階へと向かう。
心臓のドキドキが、いつの間にか、嫌な動悸へと変わっていた。冷や汗が、私の頬を垂れる。
一歩、また一歩と、階段を上がって秋人の部屋へと近づいていく。
(……ううん、大丈夫。大丈夫、だよね……?)
彼の部屋の前に立って、私は。
すう、と深呼吸をしてから。
そのドアをノックもせず、ゆっくりと、おそるおそる押し開いて――、
「――――やったっ、素材集まった~っ! 綾田っち、マジありがとっ!」
私の耳に飛び込んできたのは、はつらつとした元気な声。
そして、視界には。
「…………鈴北、さん?」
目の前が、凍りつく。
呼吸が、止まる。顔が引きつる。手足が震えはじめる。
だって……だって、なんで?
「れ、恋歌……? っ、お前、なんでうちに……っ」
秋人の声。
ずっと聞きたかったはずの、彼の、焦ったような声音。
「瀬名たちと、ウィンディーネランドに行ったはずじゃ……?」
そう。私は瀬名たちと、さっきまで遊びに出かけていた。
だけど途中で帰ってきた。幼なじみたちの親切に甘えて、ここに急いで向かうことにしたのだ。
秋人のことが、心配だったから。
熱を出したって言ってたから。辛いだろうなって思ったから。そんな彼のそばにいてあげたいなって思ったから。
じゃあ……なんで、鈴北さんとふたりでゲームしてるの?
熱を出したっていうのは、ウソだったの?
私と、遊ぶの……そんなに、嫌だったの?
「……………っ、」
それから、そうだ。
私は、秋人と話をしたかったんだ。
彼の本音が聞きたかった。どうして私を避けるのか、ちゃんと教えてほしかった。
私も彼に本音を話したかった。今までのことを謝って、いつもみたいに戻りたかった。
そう、本音を。
秋人に、私の本音を言わなきゃ。
「…………ら、い」
――唇が、勝手に動いていた。
胸の中の感情を、もう、私は制御できなくて。
私は、大きく喉を開いて――、
「――――――秋人なんて、大っ嫌い……っ!!」
震えた声が。
秋人の部屋に、残響した。
 




