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第22話 やっぱり、私は……

 秋人が熱を出した――そう瀬名から聞いてから、数分後。

 私たちは暗い雰囲気の中で、これからどうするかを話し合っていた。

 と、英樹が自分の金髪をくしゃりとかきながら、


「どうする、恋歌。今日、やっぱナシにするか?」


「え? わ、私?」


「秋人んとこの両親、今年もどうせ留守だろ? だったら秋人、今ひとりだと思うぜ」


「っ、それは、そうだと思うけど……」


 秋人のご両親は、ものすごく仲が良い。だから毎年必ず、ゴールデンウィークになると夫婦旅行に出かけているのだという。

 でも。だとしたら秋人はたぶん、今、家にひとりきりだ。

 熱で苦しんでいるのに、誰にも頼れないなんて……そんなの、辛いよね。


「いいんだよ、恋歌。あたしたちのことは気にせず、行ってきな?」


 瀬名はにっこりと明るい笑顔を作って、そう私に言ってくれた。

 行ってきな、というのは……秋人のお見舞いに、って意味だよね。

 だけど、私は。


「……ううん、大丈夫。私が行っても、逆に秋人に迷惑かけちゃうかもしれないし……」


 本当は――秋人の、そばにいてあげたい。

 彼のために、自分なりにできることをやってあげたい。

 だけど……それと同じくらい、怖くもあった。

 ――もし、また秋人に拒絶されたら?

 ――私のお節介のせいで、秋人に迷惑そうな顔をされたら?

 そう考えると、足が竦んだ。勇気が、どうしても出なかった。


「恋歌。ほんとに、それでいいの?」


「うん。……まったく、あのバカ秋人ったら。普段からだらしないから、こういう肝心なときに体調を崩すのよ」


 あぁ……まただ。

 また私は、こんなことを言っちゃうんだ。

 自分の本当の気持ちを隠すために、いつも秋人に辛辣な態度を取ってしまう。そうやって強がらないと、ふだんの私を保てる自信がなかったから。

 そんな自分の酷い性格が、嫌になる。


「……そっか。恋歌がそう言うなら、そうしよっか」


 と、瀬名はにこっと可愛らしい笑みを作って、


「はい! それじゃ、しんみりした感じはここまでっ! せっかく行くんだからさっ、全力で楽しもっ! ね、勇利?」


「あぁ、そうだな。秋人もおそらく、それを望んでいるはずだ」


 勇利はそう言うと、カバンの中から青いネコ耳を取り出して装着した。まったく似合っていない。

 そのネコ耳は、ウィンディーネランドのキャラクターをモデルにしたグッズだ。……勇利って、意外とこういうノリがいいのよね。


 なんだか……勇利のおかげで、ちょっとだけ元気が出てきたな。

 秋人には悪いけど、今日はウィンディーネランドを楽しもう。秋人だってたぶん、勇利の言うとおり、私たちに気を遣ってほしくないと思っているはず。

 そんなふうに自分を説得してから、私たちは駅の改札をくぐった。


   ◇◇◇


 その数時間後。

 時刻は18時過ぎ。ジェットコースターから降りて次のアトラクションへと向かいながら。

 私は……今日で何十回目かの、ため息をついていた。


「……はあ。秋人、大丈夫かな……」


 ため息をつくと幸せが逃げる、ってどこかで聞いことがある。

 そうだとしたら……私は今日だけで、一生分の幸せを逃がしちゃったんじゃないかな。


「もうっ、恋歌! 顔、また暗くなってるよ?」


 むすっとした声音で、そう言ってくる瀬名。


「あ……う、うん。ごめん……」


「もーっ、謝らないでってば。せっかくなんだからさ、楽しもう?」


「……そうだよね。ごめんね、暗くして……」


 私が薄い笑みを返すと同時に、ふと勇利と目線が合った。

 彼は、いつの間にか買っていたらしいアイスキャンディーを無表情で食べながら、


「それにしても、恋歌は凄いな。ジェットコースターに乗ってる最中だというのに、完全に無表情だったじゃないか。気絶でもしたのかと思って心配したぞ」


「え? それは、その……ちょっと、考えごとしてて……」


「360度回転のジェットコースターで考えごとか。相変わらず大物だな、恋歌は」


 フッと笑う勇利。……冗談なのかどうか、判別がつかない。

 すると今度は、英樹が肩をすくめて、


「恋歌。お前さ、やっぱり秋人のことが心配なんだろ?」


 私の目をまっすぐに見て、そうはっきりと言ってくる。

 その真剣な眼差しを受けて、私は……、


「…………うん。ごめん……」


 こくり、と頷いて。

 英樹の言葉を、認めることしかできなかった。


「いや、謝ることはねぇって。お前が秋人のことが大好きだってことは、オレたち全員が知ってるし。な、恋歌ママ?」


「なっ……ち、違うからっ! 誰がっ、あんなバカ秋人のこと……っ!」


「へいへい。でも恋歌は、そんなバカ秋人の体調が心配で心配で仕方なくて、せっかくのテーマパークを楽しめてない。そうだろ?」


 ……図星だ。私は、何も言えなくなる。

 と、今度は瀬名が優しい微笑みを浮かべて、


「ね、恋歌。……今日はごめんね、あたしのわがままに付き合わせて」


「……え?」


「あたしが今日をすごく楽しみにしてたから、秋人くんのお見舞いに行きたい気持ちを我慢して、あたしに付き合ってくれたんだよね? だけどね、恋歌。あたしはいっぱい楽しんだから、もういいんだよ?」


 よしよし、と。

 瀬名のあったかい手が、私の髪を撫でてくる。


「……でも、瀬名。さっき、このあとのパレードは絶対見たいって……」


「それはまあ、英樹と勇利で我慢するからっ! だから恋歌は、恋歌の好きにしてよっ」


 本当に……本当に、瀬名たちは優しいな。

 いつまでも秋人にキツく当たってしまう私なんかとは、大違いだ。


(私も……秋人に、優しくしたいな……)


 いつも私は、秋人に辛辣な言葉をぶつけてしまう。そうすることで、自分の本音を建前の中に隠してきた。


 でも――それじゃダメだってことくらい、本当は、ずっと前からわかっていた。


 だから、今は……この気持ちを、ちゃんと秋人に伝えたい。

 いつも酷いこと言ってごめんね、って。

 本当は秋人の良いところもたくさん知ってるんだよ、って。

 そうしたら……また、今まで通りに戻ってくれるかな。一緒に登下校したり、お弁当を食べてもらったり、勉強会をしたり。

 そんな、私の幸せだった日常が帰ってくるかな。


「……瀬名、英樹、勇利。その……ごめん、私……っ」


「うん、いいよっ。行ってきな、恋歌っ!」


 みんなの優しさに、背中を押されて。

 今なら――なんだか、勇気を出せそうな気がした。

 まずは秋人の看病をしてあげたい。もう遅い時間だけど……喉の痛みが強かったりしたら、まともなご飯を食べられてないかもしれない。だとしたら、おかゆとか作ってあげないとだよね。


 それで……そうやって、秋人が元気になったら。

 私の本音を、彼に打ち明けたい。

 今までごめんねって、ちゃんと謝りたい。

 そして、伝えるんだ――前みたいな関係に戻りたい、って。


「……ごめん、みんな。私……先に、帰るね……っ!」


「了解した。恋歌、秋人を頼んだぞ」


「ま、オレらはオレらで楽しむからさ。またな、恋歌」


「恋歌っ、秋人くんによろしくねっ。それじゃあまた明日、学校でっ!」


 勇利、英樹、瀬名に笑顔で見送られて。

 私も笑顔を返して、それからすぐに走り出した。

 ――どうしてだろう、と思う。

 丸一日ウィンディーネランドで遊んで、疲労も溜まってるはずなのに……身体が、さっきまでよりもずっと軽いような感じがした。


    ◆◆◆


 走り去っていく恋歌の後ろ姿を、見送りながら。

 英樹は、ちらりと瀬名に視線を向けて、


「瀬名。お前は行かなくて良かったのか? だって、お前も本当は――」


「……いいのっ。英樹だって知ってるでしょ? 秋人くんの、好きなひと」


 無邪気な笑顔を浮かべてくる瀬名。

 彼女は、その綺麗な黒髪のポニーテールを揺らして、


「それにあたしは、秋人くんたちと五人で遊べれば満足だもん。だから恋歌と秋人くんには、早く仲直りしてもらわないと。でしょ?」


「……ま、その考えはオレも同じだけどさ。でも――」


「いいから、ほらっ! ふたりとも、さっそく場所取りに行くよっ! パレード見ないで帰るとか、ウィンディーに来た意味ないんだからっ!」


 くるりと振り向いて、どこかへと歩き出す瀬名。

 一方の英樹は、勇利と顔を見合わせたあと、やれやれと苦笑するしかなかった。

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