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第20話 風邪

 ……しまったな、と思った。

 朝六時にかけたアラームで起床したのと同時に、強烈な悪寒と頭痛、喉の痛みを感じた。

 ふらつく身体を酷使して体温計を取りに向かい、ソファに寝転がって熱を測った。

 そして示し出されたのは、38.6の高熱。


(……間違いなく、昨日のアレが原因だよな)


 俺は昨日の夕方、服を着たまま川の中に入っている。

 鈴北さんが命の次に大事だと言っていたグッズを取りに行くためだったし、後悔はしてない。だけど……もうちょっと手を尽くしてからにすれば良かったな、とは思う。

 もしかしたら、川に入らずにあのアクリルドームを回収する手段があったかもしれない。

 そうなれば、こうして風邪を引かずに済んだわけで。

 ……こんなだから、俺は恋歌にダメ人間だのと言われるのだ。ぐうの音も出ない罵倒である。


「病院……は、無理だ……」


 瀬名には起床してすぐに、今日は行けないと連絡した。……怒ってるだろうな、あいつ。

 でも、もしかしたら、これで良かったのかもしれないな。

 恋歌はきっと、今ごろ俺のドタキャンを知って喜んでいるだろう。大嫌いな相手と遊園地になんて、誰だって行きたくないだろうから。


「……あー。しんどい、頭痛い……」


 両親は現在、絶賛夫婦旅行中。俺には兄弟もいないし、つまり家には俺ひとり。

 中学生のころは、恋歌が看病してくれたりもしたが……まさかこの状況で、恋歌に頼るわけにもいかない。

 本当なら何かてきとうな物を胃に入れて、市販薬でも飲むべきなのだと思う。だけどこの身体の重さでは、そんな気力も出なかった。


(……とりあえず、寝て治すしかないな)


 ふと時計を見る。……現在、時刻は朝九時。瀬名にメッセージを送った直後にすぐ二度寝をしたのだが、その程度で熱が下がるはずもなく。

 今の俺に必要なのは、もっと長時間の睡眠だ。

 そう考えて俺は布団に潜りなおし、目を閉じようとしたところで――、


 ぴんぽーん。

 家のチャイムが、誰かの来訪を知らせてくる。


「え……まさか――」


 つい、想像してしまう。

 俺の体調を瀬名から聞いて――恋歌が、来てくれたんじゃないか?

 彼女なら、そういうことをしてもおかしくない。嫌いな相手に対してだって優しく寄り添い、最大限に気遣おうとする。藤咲恋歌は、それほどまでに心優しい少女なのだ。

 重い身体を引きずって、どうにか階段を降りていく。

 そして、ゆっくりと玄関の扉を開く。と――、


「――やっほ、綾田っち! おはよっ」


 そこにいたのは、金髪サイドテールの美少女。

 まあ……そりゃ、恋歌は来ないよな。

 だって彼女は、今からウィンディーネランドに遊びに行くのだ。その予定をキャンセルしてまで、大嫌いな俺なんかの看病がしたいわけがないというのに。俺はまたしても、都合のいい妄想をしてしまったようだ。


「……鈴北さん。ごめん、俺、体調崩してて……」 


「ふふっ、やっぱり。綾田っち昨日、びしょびしょになってたもんね。だからウチ、イチかバチか来ちゃいましたっ!」


 そう言うと鈴北さんは、その手に持っていたビニール袋をこちらに突き出して、


「ってことで、ウチが看病したげる。家、あげて?」


「…………え?」


 まさかの展開だった。

 熱で思考が回らなかったこともあって……俺がぼうっとしているうちに、気づけば鈴北さんは玄関で靴を脱いでいた。


   ◇◇◇


「――お待たせっ、綾田っち。おかゆ作ったよっ」


 と、エプロン姿の鈴北さんが、俺の部屋に入ってくる。

 頭痛のせいか、視界がくらくらする。そんな中で鈴北さんは、俺が横たわるベッドのすぐ隣に腰を下ろして、


「どうする? あーん、ってしたげよっか?」


「……やめてくれ、さすがに」


 俺は鈴北さんから器を受け取って、おかゆを一口だけ口に運ぶ。と、


「……うまい」


「ほんと? へへ、良かったっ。こういうときって意外と、味が濃いほうが食べやすかったりするもんねっ」


 そう言って嬉しそうに笑う鈴北さん。

 しかし……申し訳ないが、さすがに食欲はない。俺はおかゆを近くのテーブルに置き、鈴北さんの買ってきてくれたスポーツドリンクを飲む。


「ん、よく水分取ってね。薬とお水、ここに置いておくから」


「……悪い」


「いいのいいのっ。綾田っちは、ウチの命の恩人みたいなものだもんっ。このくらいの恩返し、して当然でしょ?」


 なんだそれ。さすがにオーバーな言い方すぎる。

 まあ、でも……正直、鈴北さんの看病はありがたかった。俺ひとりでは、薬を飲むのも一苦労だっただろうし。

 市販薬を飲み終えた俺は、ふたたび枕に頭を預けた。


「じゃあ、さっきのおかゆは冷蔵庫に入れとくねっ。あと綾田っちのスマホ、ここに置いておくから。すぐ出れるようにしとくからさ、何かあったら電話してね?」


「……うん」


「ふふっ。じゃあおやすみ、綾田っち」


 鈴北さんは優しく手を振ると、そのまま俺の部屋を後にした。

 ……ダメだ、頭が痛いな。もっと鈴北さんに感謝を伝えなくちゃいけないのに、それすら難しい。


(まあ……今は、いいか……)


 ゆっくりと、目を瞑る。

 意識がどんどんと重くなって、深い暗闇に沈んでいく。

 その最中。俺のまぶたの裏には、ひとりの少女の姿が浮かんでいた。


(恋歌は……楽しんで、くれてるかな……)


 亜麻色の髪の幼なじみの、あの笑顔を想像すると。

 ずきり。後頭部が、割れるように傷んだ。

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