第19話 楽しみにしてた日
髪をセットして、まつげの形を整えて、薄めのメイクをちょっとだけ施して。
服は何を着ようかな……そう思ってクローゼットを開いてから、もう何分が経っただろうか。
「あ。これとか、可愛いかもっ」
ピンクを基調にしたカーディガンと、白と緑のワンピースを取り出してみる。
それに着替えて、鏡の前に立つ――これ、瀬名が誕生日にって買ってくれた洋服だよね。あの子ってほんと、私の好みを知り尽くしてるなぁ。
「でも、遊園地でワンピースって、ちょっと動きづらくて不便だよね……?」
そう。今日はついに、秋人たちとウィンディーネランドに行く日。
時刻は朝六時。あと一時間後の電車に乗る予定だから、あんまり時間があるわけじゃない。早いうちに、何を着ていくか決めないと。
「ん、あった。これなら、けっこう動きやすいよねっ」
次に選んだのは、ワンポイントのTシャツに青のジャケット、パイル生地の長ズボン。
これに帽子とか合わせたら、スポーティーな感じが出て悪くないかも。
あ……だけどこの系統だと、瀬名と被っちゃうかな。瀬名はボーイッシュな格好をしてくることが多いし、しかも完璧に着こなしてくる。対する私は、そんなに似合うってわけじゃないだろうから、もしかしたら地味になっちゃうかも。
「だったら逆に、ちょっと責めてギャルっぽい感じにしてみたり……?」
肩と胸もとを大胆に出したトップスに、デニム生地のホットパンツ。ネックレスを下げたら、それなりに大人っぽく見えるはず。
そんな格好で、くるり、と鏡の前で一回転してみて……かあぁ、と顔が熱くなっていくのを感じた。
「いやいやっ、露出多過ぎだって……! こんな格好、私には無理……っ!」
鈴北さんとかなら、こういうセクシーな格好も似合うんだろうな。
でも、私には勇気が足りなかった。実際、このトップスは購入してから一度も着ることができていない。
「やっぱり、いつも通りの格好がいいのかな……でも、せっかくの機会なんだし、思い切ってみてゴスロリとか……?」
そんな感じで悩み続けること、数十分。
結局……ピンクのニットにチェック柄のスカートという、お気に入りの組み合わせに決める。
「うん、髪もばっちり。メイクもヘンじゃない、よね?」
鏡の前で、何度も自分の格好を確認する。
そういえば……秋人ってたまに、こっそり私の脚とか見てたりするよね。
もしかして秋人、そういうのが好きなのかな?
だったら、もうちょっとスカートを短くしてみようかな?
「って……な、なに考えてるのよ私っ! べつに私は、秋人のためにオシャレしてるわけじゃ……っ!」
ふりふりと顔を横に振って、さっきまでの考えを吹き飛ばす。
なんだかんだで、そろそろ家を出ないといけない時間だ。
秋人は……寝坊とか、してないかな。
迎えに行ってあげようかな? でも秋人って、ああ見えてけっこう紳士なとこあるし、意外と誰よりも先に駅に着いてたりして。
「ふふっ。楽しみ」
こんなにも身体が軽いのは、いつ以来だろう。
私はもう一度だけ前髪を整えてから、家を出る。
(秋人……可愛いって、思ってくれるかな……?)
せっかくこんなに時間をかけたんだもん。お世辞でもいいから、可愛いって言ってほしい。
そんな瞬間のことを考えると、思わず顔が緩んでしまう。にやついた頬をぺしぺしと叩いてから、私は駅に向かうことにした。
◇◇◇
駅のホームに着くと、瀬名、英樹、勇利はすでに集まっていた。
秋人は……まだ、来てないんだ。だったら、やっぱり家に寄っていけば良かったかな。どうせ近所なんだし。
「あ……おはよ、恋歌」
「う、うん。おはよ、瀬名」
瀬名の顔は、ふだんより元気がないように見えた。
どうしたんだろう、と思う。瀬名は誰よりも今日を楽しみにしている様子だったのに。
そんな空気がなんとなく気まずくて、私はどうにか話題を探した。
「バカ秋人のやつ、まだ来てないんだ。もし寝坊だとしたら、今度こそお説教してやるんだからっ」
「あー……なあ、恋歌。じつは、その秋人なんだが――」
と、英樹が苦笑いで言ってくる。
あれ――なんだろう、この感覚。
ざわざわと胸のあたりがざわついた。なんだか、ものすごく嫌な予感がして……、
「ごめんね、恋歌。秋人くん、熱が出ちゃったんだって……」
「…………え?」
瀬名の、その申し訳なさそうに告げてきた言葉が。
何度も何度も、私の頭の中に反響した。




