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第1話 失恋と決意

 いつの間にか、時刻は夜を迎えていた。

 薄暗い雲に覆われた夜空の下、虫の鳴き声だけが静かに響く河川敷にて。

 俺は腰を下ろしたまま、ひとしきり泣き終えて――ようやく、冷静になることができていた。


「……ははっ、俺ってバカだな。今まで、何を勘違いしてたんだよ……」


 恋は盲目――とは良く言ったものだな、なんて思う。

 目が覚めたような気分だった。俺は今まで、現実を直視できていなかったのだ――恋歌のことが好きだから、彼女と付き合いたいから。だから不都合な可能性を頭の中から消して、自分にもチャンスがあると思い込んで。


 ……冷静に考えれば、そんなわけないじゃないか。


 藤咲恋歌は、成績優秀かつ容姿端麗な、学園一の美少女。

 一方の俺は、恋歌の幼なじみということ以外に誇れることがない、まさしくダメ人間。


「そう、だよな。俺みたいなヤツ、嫌われて当然だよな……」


 恋歌はいつも、なんだかんだ言いながら俺の寝癖やネクタイを直してくれたり、お弁当を作ってくれたり……と、だらしない俺の世話を甲斐甲斐しく焼いてくれていた。

 だからこそ俺は、まさか恋歌にあそこまで嫌われているだなんて、想像すらしていなかった。


 だけど――現実は、そうじゃなくて。

 恋歌は面倒見がいい。そんな彼女は、俺という幼なじみの自堕落な生活を見過ごせなかった。ただ、それだけのことだったのだ。


 きっと恋歌にとっては、苦痛で苦痛で仕方ない時間だったはずだ。

 大嫌いな幼なじみの世話を焼かなくてはならない、この日常そのものが。

 

「というか、気づけよ俺。あんなキツい態度取られてんのに、チャンスなんかあるわけないだろ……」


 そうだ。そうに決まってるじゃないか。

 恋歌がこれまで俺に浴びせてきた辛辣な言葉の数々は、紛れもない本音だったんだ。

 そんな簡単なことに……どうして俺は、今まで気づかなかったんだろう。

 ふと思い返すのは、ちょうど今朝の会話。


『あ、こら。またネクタイ曲がってるわよ、だらしない』


『というか、寝癖もあるし。まったく、あんたってほんとダメ人間よね』


『私がいないと、ほんっとダメなんだから。感謝しなさいよね、バカ秋人』


 たったこれだけの会話の中で、『だらしない』『ダメ人間』『バカ秋人』と、罵倒が三連発。

 それを俺は、“心を開いてくれてる証だ”なんてふうに捉えて……なんて愚かなのだろう、俺という男は。

 鈍いにもほどがあるだろ、この大馬鹿野郎――と、自分で自分を罵倒してみる。

 そもそも。恋歌が高嶺の花だということは初めからわかりきっていたのに、どうして俺は自分磨きすらしようとしなかったのだろうか。幼なじみという地位にあぐらをかいて、なぜ惰性でだらだらと彼女を想い続けることができていたのだろうか。

 俺と恋歌が釣り合っていないことなんで、誰の目から見ても明白だったのに。

 だから……これは、あまりにも当然の結果なのだと思う。

 さっきの恋歌の言葉を、もう一度だけ、思い返す。


「そっか。――俺、恋歌に嫌われてたのか」


 改めて、はっきりと、そう言葉にして。

 俺は、噛みしめる――俺の初恋が、あっけなく終わったのだという現実を。

 でも、だとしたら……、


(せめて……これ以上、恋歌に迷惑はかけたくないな)


 俺はこれまで、俺のことが嫌いだという恋歌の気持ちに気づかず、世話焼きな彼女の優しさに甘え続けてきた。

 それは恋歌にとって、とてつもなく不愉快な日々だったはずだ。大嫌いな幼なじみに付きまとわれて、そのうえ面倒を見なくてはならないのだから。


 ならば。

 俺にできる唯一の償いは……()()()()()()()()()ことだ。


 そのために俺は、彼女から文字通り“自立”しなくてはならない。

 面倒見のいい恋歌が、大嫌いな俺なんかの世話を焼かなくて済むように。

 そうすることで初めて、俺は俺を許すことができるだろう。


「そうと決まれば、これからは恋歌に甘えちゃダメ、だよな」

 

 ……というか、今までが異常だったんだ。

 毎朝のように寝癖を治してもらったり、お弁当を作ってもらったり。

 それを当たり前のこととして受け入れている時点で、俺に恋歌の恋人になれる資格などあるはずがないじゃないか。俺みたいなダメ人間、そりゃ嫌われて当然である。


 そうだ。これは自分を見つめなおす良い機会だ。

 終わったのは、あくまで初恋。この失恋を糧にできれば、きっと次は、もっと上手くできるはず。


「――よし。切り替えろ、俺。恋歌のことは、とっとと忘れるんだ」


 まあもちろん、この心の傷がすぐに癒えることはないだろう。いくら自分を鼓舞したところで、恋歌への想いが変わるわけじゃない。

 だけど……無理やりにでも前を向かないと、この痛みをいつまでも引きずってしまいそうだったから。

 ぱしん、と自身の頬を叩く。そうすることで、俺は強引に気合いを入れた。


 ――恋歌の優しさには、もう絶対に甘えない。 

 ――そして恋歌には、二度と近寄らないようにする。


 それだけが、俺が恋歌にしてやれる、精いっぱいの恩返しだと思うから。

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