第18話 帰り道
コラボカフェを堪能したあと、せっかくだからとエンフィルのグッズを取り扱っているショップ巡りをすることに。
鈴北さんはレジかごいっぱいにグッズを詰め込んでから、「お金ないよぉ……」と涙目を浮かべ、しぶしぶ半分くらいに購入物を絞っていた。……なんだか小動物みたいで可愛かったが、すまん、鈴北さん。明日のウィンディーネランドのことを考えると、奢ってあげられるほどのお金はないんだ。
そんなこんなで、あっという間に時間は過ぎていく。
時刻は、すでに夕方。
最寄り駅まで戻ってきた俺たちは、夕暮れの下の河川敷を並び歩いて帰路をたどっていた。
「えへっ、えへへへへへっ……! まさか、あの伯爵様生誕記念アクリルドームが手に入るなんてぇ……っ!」
中古店で購入していた球状のグッズを両手で持ち、それを眺めながら足を進める鈴北さん。
よっぽど欲しかったモノであるらしく、鈴北さんは電車の中でもずっとそのグッズを抱きかかえていた。まるで我が子のような扱いだな、なんて思う。
「鈴北さん、ちゃんと前見て歩かないと危ないよ。ながらスマホみたいなもんだし、それ」
……なんか今の俺、恋歌みたいだな。
そういえば俺もよく、恋歌にながらスマホを注意されたっけな。まあ今の鈴北さんは、スマホではなくグッズに見惚れているだけだが。
「えーっ、でも、だって! この伯爵様のアクリルドーム、ウチにとっては命の次に大事なグッズなんだもん……っ! なのにっ、カバンになんて仕舞えないって!」
「お、おう。なんかごめん……」
命の次に大事、か。
つまり鈴北さんは、俺とこのアクリルドームが川に溺れていて、どちらか一方しか助けられないとしたら、俺を見捨ててアクリルドームのほうを救うということだ。……そう思うと、なんだか虚しいな。
「でもさ、鈴北さん。そのグッズが大事なら、それこそちゃんと気をつけたほうがいいぞ」
「んへ? なんで?」
「ほら、その丘の下に川があるだろ? もしここで鈴北さんが転んだりして、そのグッズを落っことしたりしたら――」
と、俺が言いかけて。
直後。鈴北さんの身に、漫画みたいなことが起きた。
彼女は「あっ」などと言いながら、足もとの小石に躓いたのだ。
そしてそのまま、思いっきりその身体を宙に投げ出して――、
「――――きゃあっ!?」
どってーん。……そんな擬音が聞こえてきそうなくらい、見事なまでに地面へと全身ダイビング。
幸運だったのは、ここが河川敷で、歩道に草が生い茂っていたこと。全身を同時に打ちつける転び方をした鈴北さんだったが、この草がクッションになってくれるおかげで大きな怪我にはならないだろう。
不運だったのは、ここが河川敷で、すぐ左にはちょっとした坂があること。そしてその坂を下っていくと、そこにはやっぱり、川が流れていて。
「あっ……!? はっ、伯爵様ぁっ!!」
すっ転んだ衝撃から、つい手放してしまったのだろう。
鈴北さんの手の中から逃れるかのように、ころころころ……と、例のアクリルドームが坂の下へと転がっていって。
ぽちゃーん。
残酷な水音と、虚しい水しぶき。
「………………」
「………………」
俺と鈴北さんは、無言のまま、ぷかぷかと川に流されていくアクリルドームを目で追い続けた。
数秒後。鈴北さんは、ふらふらと立ち上がって、
「…………綾田っち、ごめんね。綾田っちの言うとおりにしておけばよかったね」
「いや、その……なんか、俺のほうこそごめん」
「いいの、綾田っちは悪くないから。あはは、帰ろっか」
とぼとぼ、と歩き出す鈴北さん。
その後ろ姿には、生気が宿っていなかった。さながらソンビのようだ。
そんな彼女と、川に浮かぶアクリルドームを交互に見てから、俺は――、
「……はあ。ま、しょうがないか……」
懐かしいな、と俺は思う。
あれは九歳くらいのころだったか。この河川敷で英樹とサッカーをしていたら、彼のボールが川の中に落ちてしまったことがあった。「ママに怒られる」と泣き喚く英樹のことを見ていられなくて、仕方なく俺がボールを取りに行ったんだっけ。
それで全身をびしょびしょにした俺は、母さんにめちゃくちゃ怒られた。事情を説明したら、「そんな危険なことは二度とするな」と重ねて怒られた。そして次の日、高熱を出して学校を休むことになり、恋歌にすら「バカ秋人」と怒られた。
だけど……ボールを取ってやったときの英樹の笑顔を思い出すと、そういう些細なことなんて、どうだってよくなるんだよな。
「え……あ、綾田っち!? ちょっ、何してるのさ!?」
「命の次に大事、なんだろ」
この川が見た目より浅瀬なことを、俺はよく知っている。
だから高校生になった今なら、こうして川の中を歩いて行くこともできるわけで。
「よし、取れた」
鈴北さんのアクリルドームを回収して、すぐに引き返して川から上がる。
そんな俺のほうへと、鈴北さんが駆け寄ってくる。そんな彼女に、俺は川から拾い上げたアクリルドームを渡して、
「はい、鈴北さん。これに懲りたら、もう落とさないようにな」
「う、うん。ありがと……って! じゃなくって、綾田っち! びしょびしょだよ、びしょびしょ! ほらっ、拭いて拭いて!」
鈴北さんは慌てた様子でカバンからハンカチを取り出し、俺に渡してくれた。
しかし……つい川に入ってしまったが、完全に服を汚してしまったな。まあ幸いにも両親は今、俺を家に残して旅行に出かけている。バレる前にクリーニングにでも出せば、怒られずに済むだろう。
「…………っくしょん! うげ、けっこう冷えるな……」
「もうっ! 綾田っちのバカっ、バカっ!」
全身をハンカチで拭っていると、そんなふうに鈴北さんに罵倒された。
だけど彼女は、くすっと嬉しそうに笑って、
「でも……えへへ。ありがとね、綾田っち」
とても眩しくて、まっすぐな笑顔だった。
そんな鈴北さんの笑顔を前にすると…びしょびしょになった甲斐があったな、と思えた。




