第14話 親友の提案
放課後。クラシックギター部の練習を終えた私は、後片付け中に三年の佐々木先輩に声をかけられた。
「藤咲さん、今日はどうしたの? 合わせ練習のとき、珍しくミスが多かったみたいだけど」
「えっと……すみません、足を引っ張ってしまって……」
「それは別にいいの。でも藤咲さん、なんだか集中できてなかったみたいだから。もしかして体調不良だった?」
そう言って先輩は、私のことをじっと心配そうに見つめてくる。
「だ、大丈夫です。本当にすみません……」
「そう? まあ何かあったのなら、私に言ってよね。先輩なりに相談に乗るくらいならできるから」
「……はい。ありがとうございます」
私は笑顔を返して、「失礼します」と空き教室を後にした。
それじゃ、帰らないと。……今日も、秋人は先に帰っちゃったよね。
自然と、ため息がこぼれる。ここ数日の私は、彼のことを考えてばっかりだった。そのせいで、部活にも勉強にも集中できていない。
と、鞄に入れていたスマホに通知音。
「……瀬名?」
私はRINGを起動して、トーク画面を開く。
『(瀬名)いつものファミレスにて』
『(瀬名)恋歌、お前を待つ』
可愛いパンダのキャラが腕組みをしているスタンプとともに、そんなメッセージが届いていて。
……なんだか大袈裟な言い方に、くすりと私は笑ってしまった。スイーツが食べたいだけなら、いつもみたいにそう言ってくれればいいのに。
◇◇◇
ファミレスに向かうと、すでに瀬名は着席していた。
そこに英樹と勇利もいて、私は少し驚く。
「……あれ、英樹たちもいたんだ」
「おう。お疲れ、恋歌。なんだよ、オレらがいたらマズかったか?」
いつもの爽やかな笑顔で言ってくる英樹。
その隣の勇利は……やっぱりというか、机の上で勉強をしていた。平常運転だ。
だけど、幼なじみの四人が集まってるのに――秋人は、いないのかな。
と、勇利が眼鏡をクイっとさせて、
「秋人のヤツなら、誘ったが断られた。家で勉強がしたいとのことだ」
「そ、そっか。偉いね、秋人……」
立派だな、と思う。
だけど……どうして? とも思った。
勉強がしたいなら、いつもみたいに私のことを頼ってほしかった。そしたら私なりに、秋人に勉強を教えてあげられたのに。場所は、その……わ、私の家、とかで。
「よし、んじゃ瀬名。全員揃ったわけだし、ちゃちゃっと本題に入ってくれないか?」
オレンジジュースをストローで吸いながら、英樹は言葉を続ける。
「わざわざファミレスに集合かけるなんてさ、なんかしらオレらに用事があるんだろ?」
「さすがは英樹っ! あたしのことを良くわかってるねぇ」
「今さらだろ。オレたち、いったい何年の付き合いだと思ってんだよ」
……すごいな、英樹は。
私はいまだに、秋人のことがわからない。
それだけじゃない。秋人のことをどう思っているのか、自分自身のことすら、よくわからない。
思わず、またしても息をついてしまう。すると隣の瀬名が、私のほっぺをつんつんと突いて、
「ふふっ。恋歌のほっぺ、すべすべでもちもちだ」
「ちょ、ちょっと瀬名。いきなり何するのよ……?」
「恋歌の顔が暗いからじゃん。もしかして、まだ秋人くんのこと気にしてるの?」
「それはっ、その……」
つい、私は俯いてしまう。
しかし瀬名は、そんな私の反応が想定通りであるかのように胸を張って、
「そんな恋歌のために、今回はとあるプランをご用意させていただきましたっ!」
「え? ぷ、プラン?」
「今週末さ、ゴールデンウィークじゃん? だからさ、ひさびさに五人で遊びに行こうよっ!」
「お、いいじゃん! オレは賛成するぜっ」
嬉しそうに笑う英樹。
と、瀬名はうんうんと頷いて、
「……正直さ。秋人くんの様子がおかしいのは、あたしも気になってるんだよね。でもあたしは、恋歌が考えてるほど深刻な感じじゃないと思うんだ」
「だ、だから私は、べつに秋人のことなんて……っ」
私がそう言うと、英樹が口もとにバッテンを作って、
「恋歌、ストップ。お前のツンデレは今、この場をややこしくするだけだ」
「……ツンデレじゃないもん、私」
「もーっ、恋歌ったら可愛いっ! でも英樹の言うとおり、とりあえずあたしのプランを聞いて?」
瀬名は柔らかく微笑むと、「続けるね」と言葉を挟んだ。
「学校で秋人くんに話しかけづらいのは、まあわかるよ? でもさ、みんなで遊びに行ってる最中だったら、しれっと流れで聞けちゃうんじゃないかなぁって思うんだっ」
「……聞くって、何を?」
「決まってるじゃん、そんなの。――どうしていきなり、私を避けるようになったの? って」
そっか……やっぱり私、秋人に避けられてるんだ。
自覚がないわけじゃなかった。だけど、たぶん私は認めたくなかったのだと思う。
秋人に嫌われた――その可能性から、どうしても目を背けたかったから。
「そんな顔すんなって、恋歌。秋人の親友のオレが言うんだ、大丈夫だと思うぜ」
「俺も英樹に同意だ。少なくとも秋人は、恋歌のことを嫌っているわけではないと思うぞ。お前らのあいだに何かしらのすれ違いが起きているようにしか、俺には思えない」
英樹と勇利が、そんなふうに私をフォローしてくれた。
それを受けて、私は……、
(……そう、だよね。いつまでも逃げてばっかりじゃ、ずっとモヤモヤしたままだもんね)
今だって頭の片隅に、ずっと秋人の顔が浮かんでいる。
彼の、私から距離を置こうとする態度のひとつひとつが、何度も私の胸をぎゅっと苦しめてくる。
でも、いつまでもこのままなのは、すごく嫌だ。だから、
「……うん、わかった。私も、秋人が何を考えてるのか知りたいし……」
私がそう言うと、瀬名が英樹たちと目を見合わせて頷いてから、
「ふふふっ。あたしの可愛い恋歌よ、ついに秋人くんへの気持ちを認めたねぇ?」
「えっ……あっ、違くて! 今のはそのっ、普通に幼なじみとして気になるってだけで……っ!」
「いいんだよ恋歌っ。そうやってさ、ちょっとずつ素直になってこ?」
明るく、元気いっぱいに笑う瀬名。
そんな親友の眩しい笑顔に照らされて……私の胸のモヤモヤは、ほんのちょっぴり晴れたような気がした。




