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第12話 本音と建前と……

 火曜日の二限目、数学の授業中。

 私は、真面目に授業を受けている秋人の横顔を見ながら――どうしてか、すごくモヤモヤとした気持ちを抱えていた。


(昨日は、秋人と一回も話せなかったな……)


 秋人の様子がおかしくなったのは、先週の木曜日くらいから。

 いきなり私とは別々に登校しようと言い出したり、お弁当はもういらないと告げてきたり。

 それに……あの日から秋人は、なんだか、何かをすごく頑張っているように見えた。

 寝癖やネクタイは、まあ完璧というわけじゃないけど、わざわざ私が直してあげなくても大丈夫なくらいにはちゃんとしてきて。授業中に寝たりもしないし、宿題も真面目にやってきてる。あと夜更かしもやめたみたいで、目の下のクマはすっかり消えていた。


(あれはあれで可愛かったんだけどな……って、何考えてるのよ、私は……!)


 ときどき私は、私自身のことがわからなくなる。

 よく秋人のお世話をしていた私は、そのせいで瀬名やほかのクラスメイトたちに“恋歌ママ”とかって言われて、からかわれていた。……そのたびに私の顔は、恥ずかしさのあまりに真っ赤になっていたと思う。


 秋人がダメ人間なんかじゃなければなぁ――そんなふうに、私は何回も考えた。

 だから最初は、秋人のこの変化を良いことなんだと考えていた。私が秋人のお世話をしなくて済むに越したことはないよね、と、そう思っていたのに。


(でも……だったらどうして、こんなに、私は……っ)


 私って、すごくダメな幼なじみだな。

 秋人がせっかく頑張ってるのに、私は……そのことを、心から喜んであげることができなくて。

 一生懸命にテキストの問題を解こうとする秋人の横顔を見ながら、私は――、


(…………寂しいよ、秋人……っ)


 それが……たぶん、私の本音だ。

 秋人との距離ができてしまったことが、寂しくて寂しくて仕方ない。

 だからこんなに、胸の奥がずきずきとするんだと思う。


(もし……もし、本当に秋人に嫌われちゃったのなら、私……っ)


 数日前に、瀬名にそんなことを言われたのを覚えている。

 私はよく、つい秋人にキツく当たってしまう。秋人はそれが嫌で、私のことを嫌いになったんじゃないか、って。


(……ねえ、教えてよ秋人。秋人は私のこと、どう思ってるの……?)


 同時。

 キーン、コーン……と、授業の終了を告げるチャイムが鳴る。

 どれだけ考えたところで、秋人の気持ちがわかるはずもなくて。

 私の抱えたモヤモヤは、いつまで経っても晴れてくれなかった。


   ◇◇◇


 四限が終わって、昼休み。

 秋人は私とは目を合わせようともせず、財布とスマホだけを手に取って、教室から出て行こうとしていた。


(……ねえ、どこに行くの? いつも何を食べてるの? 私のお弁当、もしかして美味しくなかったの……?)


 ちくり、と胸が苦しくなった。

 このままじゃダメだと思った。だから私は、どうにか勇気を振り絞って、


「ね、ねえ。秋人……っ」


 すると秋人は足を止めて、私のほうを見てくれた。

 久しぶりに目が合ったような気がする。たったそれだけのことなのに、胸のあたりがぽかぽかとした。私の心臓を痛めつけていた氷のような何かが、じんわりと溶けていくような心地がした。


「ん、恋歌? なんか用か?」


「……えっと、その……っ」

 

 言わなきゃ、と思った。

 ……どうして私のお弁当、もういらないって言ったの?

 ……私たちとはもう、一緒に食べてくれないの?

 聞きたいことはいっぱいある。なのに、なのに――、


「……な、なんでもないわよ。バカ秋人……」


「罵倒のために呼び止めたのかよ……ま、いいけどさ」


 はあ、と重く息をつく秋人。

 そのまま彼は私に背を向けて、教室を後にしてしまう。

 待って――その三文字すら、私には口にできなくて。


 私……なんで毎回、こうなっちゃうのかな。

 どうしてか私は、秋人に対してだけ、自分の言いたいことを言えなくなってしまう。

 ほかのひとが相手だと、こんなふうにはならないのに。

 秋人のことになると、いつも決まって、本音が建前の中に隠れてしまうのだ。


「……どうしてよ。私の、ばか」


 誰にも聞かれないくらいの声量で、そう呟く。

 その数秒後、瀬名と英樹が私の席のほうにやってきて、


「恋歌っ。ご飯、行こ?」


「う、うん……」


 どうにか笑顔を作って、私は瀬名に返事をした。

 だけど、私のそんな作り笑いなんて、幼なじみの親友にはバレバレだったらしい。


「恋歌、どうかした? さては……ははーん、秋人くんが恋しいんだ?」


「ち、違うわよっ。誰が、あんなやつ……っ!」


「もーっ、相変わらずツンデレなんだから、恋歌は。よしよーし、今はあたしたちで我慢してねーっ?」


「つ、ツンデレ違うし……っ」


 からかうような調子で、私の頭を撫でてくる瀬名。

 と、そんな私たちの様子を見ながら、英樹がため息まじりの声音で、


「でも、いいのかよ恋歌。この調子じゃ、秋人との距離はどんどん遠くなってくぜ?」


「だ、だから私は、秋人のことなんかどうだって……っ」


「オレは真剣に言ってるんだ。どうなんだよ、恋歌。このままでいいのか?」


「っ…………」


 もし、もしも。

 ここで私が、素直な気持ちをふたりに相談できたら。

 秋人と距離ができて寂しい――と、正直に打ち明けることができたら。

 きっと、何かが変わるのだと思う。だけど……、


「……だから、なんでもないってば」


 私には、そんな勇気すらなくて。

 すぐそこまで出かかっていた本音を、またしても、建前の中に隠してしまう。

 ぎゅっ、と……自分の弱さ一緒に、私は唇を噛みしめた。

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