06 物言わぬ物は語る
街外れの打ち捨てられたスーパーの廃墟に、「ごうっ」と風が吹き抜ける。
「……え?」
「なんでここに?」
「『いつもの場所』じゃねーかよ!」
彼らの言う「いつもの場所」、それは彼らが人目を避けて秘密に集まっている場所であり、また自分たちの「本性」「本音」を思う存分さらけ出す場所である。そこに一瞬にして移動している自分たちに戸惑いつつも辺りを見回すと、一人の人間のシルエットが月明りを背にして浮かび上がっていた。
「……誰?」
「こんばんわ。または初めまして。本日は皆様にお届け物がございます」
「届け物…?」
「そんなのいらねーから元の場所に返せよ!」
「それよりお前大体誰だよ⁉」
彼らのその問いに対して、「黒い男」は冷ややかに笑いながら答えを返す。
「私の名前など聞いても何もならないと思うのですが、まぁ良いでしょう。私の名はサンジェルと申します。ひと時の間となりますが、お見知りおきを。───さて、貴方達のお相手は気が滅入りそうですが、依頼されたことは果たされないといけません。簡単にご説明しますと、貴方達の犯した『罪』に対して届け物をしてほしいと承っているのですよ」
仕事?
何それ?
依頼?
誰が?誰から?
届け物?
「罪」に対して?
一体何を?何が?
何やら尋常では無い雰囲気を感じ取り、後退りする一団。本当は今すぐにでも踵を返し逃げ出したいのだが、そこは最初に逃げ出して「チキン」呼ばわりされるのを嫌っているのか、誰も逃げようとしない。そうなると残された手段は─────
「お前、俺達にこんなことして無事で済むと思うなよ!」
「お、俺達が何をしたっていうんだよ?」
「そーだよ!『罪』って何よ?私達が何かした証拠があるっていうの?」
「名前を教えたのは間違いだったわね!絶対に痛い目に遭わせてやるんだから!」
口々に叫ぶ少年と少女達。その顔に貼り付いているものは……いや、隠そうとしてもにじみ出ているものは、
「自分たちさえ良ければ」
「この場を逃れられれば」
「自分は悪くない」
心底そのように思っているのだろう。
誰も彼もが、自分達がした事を振り返ろうとはしていなかった。
その様子を観察していたサンジェルは、深い溜め息をついて掌をかざしながら呟く。
「少しおだまりなさい」
───ぎしり───
「───っ!?」
その一言で、その場の空気が一瞬で重く冷たくなり、声を発する事すらままならなくなる。
「ふむ。『心当たりがない』、そうおっしゃるわけでございますね?それは困りましたねぇ。ならば誰かに聞いて確認する必要がありますか」
(誰かに聞く?)
(無理だね!俺らの他にここはだれもいないし、証拠が残るようなヘマはしていないぜ)
体の自由を奪われていても、そのあたりの狡猾さは失っていない。サンジェルのその様子を見て「逃げられる可能性がある」と考えたのか、周囲を見渡して脱出経路を確認し始める少年少女達。しかし次の瞬間、耳を疑う言葉が彼らの耳に入ってきた。
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『なぁ、このゲームのターゲット、誰にする?』
『アイツが良くねえ?特に目立たないけど、頭が良いからこっちの動きにもついていけるだろうし、深読みして騒ぎそうにないし』
『そうね。しばらく仲良くしていて、その後少しずつ離れていったらいいんでしょ?』
『そう、あくまでも自然に、バレないようにな。2グループに分かれてどっちが『追い詰められるか』競争な?』
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『見た?あの顔!「ありがとう」だって!』
『見た見た!笑うのこらえるの、苦労するぜ〜』
『ホント、こっちが「調子乗ってる?」ってにこやかに言ってもビクッてなって「ごめんごめん!」って必死に謝ってくるし』
『おいおい、そのまま卒業式くらいまで関係性離すなよ?「この人たちがいないと駄目なんだ」って思わせねえと」
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『スケジュール調整のプラン、あがったか?』
『あー、これこれ。どーよ?』
『いいんじゃない?』
『これなら気づかれないうちに孤立するわね。あ〜もう、早くアイツの顔見た〜い!』
『お前大概だな』
『あんたに言われたくないわよ!あーそーいえばこれ貰ったんだっけ。いらないのになあ。早く捨てて消毒しよっと』
『やっぱヒデェよ(笑)』
『なんで?腐ってるもん触ったら消毒って当たり前じゃない?』
(……これは!?)
(嘘でしょ?)
(ありえねえ……)
(どうして?)
彼らがそう思うのも無理はない。周囲の壁や床、ありとあらゆるところからシャボン玉のような球体が湧き出て、その一つ一つに彼らの様子が映し出され、音声が辺りに響き渡るのだから。
「私はあらゆる記憶を扱うことができます。勿論、物質に残された記憶もです。貴方達の言葉では『残留思念』とか言いましたっけ?ここには貴方達の記憶がご覧の通りベッタリと残されていましたね。それにしてもこれはなかなか醜悪な表情ですねえ。大変興味深いデータが採取できました。人間というものはなんともまぁ残酷な事をかんがえるものですな」
人を馬鹿にする下卑た笑いが鳴り止み、代わりにサンジェルの声が低く冷たく彼らに突き刺さる。
「さて、もういいでしょう。そろそろ本来の仕事に取り掛かるといたしましょう」