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 あの日から三日に一回のペースで、ルークが塔にやってきては交流を重ねて、距離が縮まっていった。


「リリー、邪魔するぞ」


 ルークの声がして、髪が濡れたまま脱衣所を飛び出す。


「ルーク!」


 今日もフード付きのルーブを着ているルークに抱きつく。彼はとても大きいから、抱きついたところは全部足のようで、ごつごつしていた。


「リリー……、君は王女なんだろう? 少しは自覚しろ」


 ルークは私の頭を撫でて、足から引き剥がした。


 先日ついにルークに王女だということを告げた。かなり驚いていたけれど、次第に納得したように塔を見渡していた。私が幽閉されていた理由が彼の中で当てはまったからだろう。


「まだ髪が濡れているな」


 ルークはリリーの髪を一房取って言うと、頭に手をかざす。手のひらが光ったあと、あっという間に髪が乾いた。

 お礼を言おうと振り向くと、籠と花を目の前にずいっと差し出された。


「土産だ」


 照れくさそうに、ルークが目を伏せて頬を染めて差し出した。


「わあ、ありがとうルーク! 前にくれた花は枯れてしまったから、嬉しい」


 ルークはリリーが毎日少しのパンだけを食べていると知った次の日から、お土産に森で採れた果物や、花を持ってきてくれるようになった。

 最初は遠慮していたけれど、実はかなり楽しみにしている。実際、甘味を食べると心が満たされた。


 貰った花は薄いピンク色の小ぶりな花だった。ルークが摘んでいるところを想像すると似合わなくて、くすりと笑う。

 この世界の花は見たことのないものばかりだった。一番好きなのは、ルークが最初にくれた、氷細工のような透ける花弁の花だ。リリーの瞳の色みたいだ、と言われて柄にもなく照れてしまったことも記憶に新しい。


「また部屋が明るくなったわ」


 はにかんで、花瓶に生ける。灰色ばかりの部屋の中で、明るい色の花はぽつんと浮いているようだった。


「ルーク、座って」


 バルコニーに立ちっぱなしのルークの手を引いて、簡易的に作られた木の机を挟んで座る。ルークは持たせたままだった籠の中から、桃のような果実を手渡してくれた。


「これが好きなのだろう?」

「うん、甘くておいしいわ」


 ルークは大きな体を身に余らせて、座っていた。フードは今も取ることなく、その綺麗な顔も影で少し見にくかった。

 せっかく美人なのにもったいないなと思う。それにいつも綺麗な格好をしているし、いい香りもする。

 きっと裕福な家なのだろうな。

 同情心を最大限利用している小娘のお願いを律儀に聞いてくれて、通ってくれるルークに申し訳ないような、罪悪感がうまれてきた。


 じんじんと痛む良心に見ないふりして、柔らかな笑みを貼り付ける。


「いつもありがとう、ルーク」


 その言葉に、ルークは優しげな視線を向けた。


「なんだ急に?」

「ルークが来てくれるようになって、退屈しなくなったの」


 少しでも感謝が伝わるようにルビーの瞳をじっと見つめる。


「……ルークのおかげだから」


 年代物の陶器のティーポットで蒸らした紅茶を二つのティーカップに注ぐ。ふわりと湯気が立って、顔が見えなくなる。

 ティーカップの水面に映るリリーは、庇護欲をそそる幸薄の姫のような顔をしていた。かき消すように、ミルクを入れて混ぜる。


 僅かに微笑んだまま、ルークが長い睫毛を伏せる。


「リリーは外に出たいとか思わないのか? かなり高いが、階段を降りれば地上に出られるだろう」

「……実は試したことあるの」


 予想外の返事にルークは目を丸くしたようだった。

 そんな彼に視線を合わせず、いたずらっぽく微笑む。


「でもだめね、私。出られないの」

「どういうことだ?」


 ルークは本気で理解できないと、戸惑った表情をしていた。

 当然だと思う。彼にここに来てほしいと言ったのは、他でもないリリーが囚われているからなのだから。


「足がすくんだの。雨風しのげる家、送られてくる食べ物、使える水が惜しくて」


 リリーは口端を歪めて笑った。


「ずるいでしょう?」


 少し冷めた紅茶を飲む。

 緊張してルークの顔が見られない。ソーサーに置くと、周辺視野で机の上に置かれたルークの大きく硬い手が組まれているのが分かった。

 俯いているから、サイドの髪が顔に垂れた。月光を浴びて銀髪が輝く。


「……だから外の世界のことも、親のことも、割とどうでもいいの」


 今日は情緒不安定なのかもしれない。言わなくてもいいことを、ルークの前でべらべらと喋ってしまう。もう口は閉じてよう。ルークが軽蔑しているだろうし。

 飲み干したティーカップをぼんやりと見ていたら、真横に影ができた。

 顔を上げて視線を向けると、ルークが移動していた。


「……ルーク?」

「君の懸念は当然のものだと思う」


 ルークは辛そうに唇を噛んでリリーを見つめていた。その瞳には軽蔑も、侮蔑の色もなく、ただ、リリーを映していた。


「……え?」

「今は難しいが、俺の家に来ないか」


 彼はひどく神妙な顔つきで、真っ直ぐリリーを射抜いた。

 心臓がどくん、と大きく跳ねてどくどくと鳴り始める。何を言っているの。まるでプロポーズみたい、いやそうじゃなくて、ルークとは半年の仲なのに。

 隠しきれない動揺で、リリーの青い瞳が揺れ動く。


「ここより環境も良いし、安全を保証する」


 ルークの瞳から溢れんばかりの誠実さが伝わってくる。この申し出を受けてしまいたい、そんな思考が頭をよぎった。だからこそ、それはいけない。

 白いネグリチェをぐしゃりと握って、顎を上げ、見上げる。


「私……これでも王女だから、ここから逃げたことが分かったら、ルークが誘拐犯となってしまうわ」

「そんなことは……」


 ルークの言葉を遮るように、震える唇で一生懸命に紡ぐ。


「それだけは避けたいの」


 睫毛の縁いっぱいに溜まった涙が一筋流れた。


「リリー、君は俺の心配などしないでいい……」

「ううん、こうやってたまにルークが来てくれるだけで充分すぎるわ」


 ルークの白くて大きな手を両手で包むように握る。


「ありがとうね」


 ルークは何か言いたそうに口を開いて、リリーの顔に視線を向けると、諦めたように口を閉じた。




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