第8話 モロコシと海河童
モロコシを助けるべくこの世あらざる者の住まう世界を行き来する事になった綾葉。いよいよ彼の救出も間近に迫るも…?
コンコさんは早速と異世界のゲートへ入ろうとするがすぐに身体を引っ込めた。
「もう少し離れた所から入ります」
「?」
「海河童の野営が近くにあったんです。目に着くとまずい」
そうして翼馬神社から離れた所へ向かう。
「何か姿を隠すのに適当な場所ありませんかね?もしあっちの世界に行くのを見られたら…」
「この時間帯のこの辺の住人が外の様子を確認するのは聞き慣れない大きな音がした時ぐらいですよ」
彼女は特に気にする様子でもなくコムロのお面を付けると近くの家の塀に異世界へのゲートを開いてさっさと中に入って行った。俺は周りをキョロキョロしながらもコムロのお面を付けて彼女に続いて中に入る。
鍾音岬の時は雑コラみたいな出鱈目な大きさの鐘楼や海賊船の様な船、彩度の低くなった周囲の物体に驚かされたがこちらは辺りから人の住む建物が全て消えてなくなっている。辺りにはおどろおどろしい草木が点々と生えていて、真ん中には白い幕を下ろした野営がぽつんと建っていた。
「あれ…」
「どうかしました?」
「い、いえ。野営の近くにコムロがいないなって。意識してないから見えてないだけですかね」
「良い着眼点です。それがまさに私がコムロのお面を持ちながら翼馬神社から離れた場所からこちらに来た理由です。さて…」
コンコさんは頭からキツネの耳を生やした。彼女は耳をピンと立てると両手で耳の後ろを支えながら目を瞑る。…ひょっとしてそれで集音の指向性が高くなるんだろうか。野営は白い幕で覆われていて中が見えない。今はコンコさんを信じよう。
時間が経てば経つほどコンコさんの表情が険しくなっていく。何かまずい事でもあったんだろうか。何が聞こえたのか、何が分かったのか尋ねたい気持ちをグッと堪えた。やがて彼女は両手を耳から離すとこちらを向いた。
「まずいです綾葉さん。海河童の頭領、ハウサの指示でコムロ1人も入れない様に微弱な結界が張られています。中は6体の海河童がいて、そこを突破出来ればモロコシさんに会えるはずですが今の彼らに見つからずに侵入するのは至難の業です」
「そんな…」
「あの野営に寄ったハウサはヒラツラミが中津町を出たのを見たと言っていたそうです。神慰祭の2日前で出かけるにしては随分早いので真偽の事は疑わしい所ですが私達がヒラツラミのお面を付けて彼らの所に行っても騙せる可能性は非常に低いですね…」
何とか侵入するいい方法はないものかと一緒に考える。コンコさんはて陽動作戦を提案したがこれは彼女が無事に戻れるか分からないと言う点で却下した。モロコシさんを見張っている6体は海河童達の中でもかなりエリート揃いらしいので下手をすれば囲まれ殺害される可能性だってあるかもしれないのだ。もっと他にいい方法があるはず。
しばらくしてふと思いついた。
「そう言えばモロコシさんはまだ生きてるんですよね」
「そうですね。まだ魂は体から完全に切り離されていません」
以前耳にした事がある。幽体離脱しても人が死なないのはシルバーコードと言う紐で繋がれているからという話だ。モロコシさんはまだ生きているのでこれが体から伸びているはず。俺の考えている事を察した様で聞かれる前に彼女は意見を言う。
「ちなみにモロコシさんのシルバーコードを手繰り寄せる案とかそんな話なら却下ですよ。鮮度を保つためだけに繋いだままにしてあるだけで切られたら一環のおしまいです。体から距離も離れているためそのリスクも高過ぎます」
「俺自身が幽体になりさえすれば侵入までは簡単にできます」
「ああ、なるほど、その手がありましたか」
その路線でコンコさんと作戦を練り込む。言うは簡単だがどうやって幽体離脱したものか思ったが、その点は彼女の術を使えば幽体離脱させるのはそう難しくないらしい。体を翼馬神社に置いて実行すればモロコシさんと接触した時点ですぐに俺を覚醒させて戻す事が可能なのだそうだ。シルバーコードは彼女の術を使って隠すので海河童に切られそのまま死亡してしまう恐れもない。
考えられる作戦の中では成功率も安全性も高い方だが、もし海河童の気分でつまみ食いでもされたら幽体離脱したまま死亡する可能性はある。隠してもシルバーコードは伸びているので意図せずして切られる事だってないとは言い切れないのだ。そうした考えられる危険性についてコンコさんから説明をしっかり受けた。
「先ほどもい言いましたがモロコシさんを見張っている海河童達はエリートです。策を見破られ命を落とす可能性だってないとは言えません。本当にいいんですね?」
もしも万が一の事があってコンコさんにさえ助ける事ができなければ俺達は黒崎島に送られ魂を啜られ齧られる。あるいは奴隷として永らく働かされ弱った所をそうされるのかもしれない。不安はある。それでも決意は揺るがない。
「強力なバックアップが付いてるんです。必ず成功させますよ」
「…分かりました」
俺達は一度元の世界に戻った。頭を下げて境内に入り中に入る。どこかしこ傷んではいるが清掃は行き届いていて綺麗だ。俺はコンコさんに言われるままに横になって後の事を任せる。彼女は術を使って素早く俺の魂を引き抜いた。
「ふう…やり方は知っててもやるのは初めてだったので緊張しましたよ」
うっかり失敗して死ぬ可能性あったのか俺。まあ成功したしいいか。にしても目の前に自分の体があるって変な感覚だ。
「幽体になった時点であの世界に行くわけじゃないんですね」
「死んですぐはしばらく留まりますよ。時間が経てばあちらの世界に勝手にスッと行きますし、導き手がいればそれに連れられてあちらの世界に行く事もあります。死神、あるいは海河童。この辺で魂を回収しているはずなのであたりを探してください」
「げえっ、死神に遭遇するリスクがあるんですか」
「今日は魂回収の曜日じゃないので問題ありません」
毎日回収してる訳じゃないんだ…。
「とにかく海河童を探しに行って来ます」
「シルバーコードを通して連絡できますので何かあれば気軽にどうぞ」
そうして翼馬神社を出て外を歩きだしてみたはいいが海河童はどの辺にいるんだろう。神慰祭の時は日常的にこの辺りにいるんだろうか。いや、そもそもこちらに世界にいるものなのか?あんな図体でそこらを歩けばそこら中で話題になりそうなものだが…。でもモロコシさんが意識が戻らないのが海河童が魂を連れ去ったからなら、現世での状況は把握していないとおかしい。
頭の中であれこれと考えていると急に何者かに頭を掴まれた。指は4本、それぞれの間には薄く丈夫な膜がある。その手がグイッと手前に引き込むとあちらの世界に連れて行かれた。なるほど、世界を行き来できる妖怪にとっては腕だけ別世界に飛ばして幽体を引きずり込むなんて事もできるのか。なるほど。
幽体であちらの世界へ行くと肌寒い感じがする。生身で行った時とは全然違う。俺を捕らえた海河童は俺をまじまじと眺める。
「はぁ…大して美味しくなさそうな魂だな。まあないよりマシか」
何か酷い言われ様だ。俺は海河童に連れられ野営の中に入って行く。仲間の海河童が目を輝かせて持ち場を離れやって来た。
「おっ、新しい魂か!」
「まあな」
「うわあ…干した小魚より栄養少なそう」
「うるせーな、魂は魂だよ」
何か腹立って来たな。まあ腹の足しにもならないと言って放されるよりマシか。
『海河童的には質より量なんですよ』
気を遣ったコンコさんからの励ましの言葉が来た。喜んでいいか悲しんでいいかも分からない。
俺は幽霊達のいる場所に連れて行かれた。中にいる人はこれからどうなるのか不安がっていたり、泣いたり、途方に暮れたりしている。ここにいる殆どが死んでいるか死にかけていると思うと色々と思う所があるが今はまずモロコシさんだ。場所はそう広くない上、魂が輝きを放っていて目立つのですぐに居場所が分かった。
俺は壁際でぼーっと突っ立っているモロコシさんに話しかけた。
「モロコシさん、モロコシさん…!」
声をかけるとモロコシさんは驚いて振り返った。
「あ、綾葉さん!?どうしてここに…。私、庇ったはずですよね?」
「俺は生きてますよ。モロコシさんもです。さ、一緒に帰りましょう」
そう言って彼の手を握ろうとすると彼はその手を引っ込める。
「…私は帰れません。どうやってここへ来たか知りませんが、私の事は放っておいてください。私はもう死んだ人間なのです」
「生きてますよ!」
どうしてしまったのか分からないがモロコシさんは元来た世界へ帰ろうとしない。それだけではない、何やら海河童達が騒がしい。今年は不作らしいからさっさと撤収するとかそんな話をしている。まずい…このままじゃまずい。
後はすぐ傍にいるモロコシさんを掴んで一緒に帰るだけだと言うのにモロコシさんは俺に1人で帰る様に言って聞かない。
「綾葉さん…私は思い出したんですよ。幼い頃、私は兄山の黒淵川で1人で遊んでいた時に溺れた事があるんです。本来はその時に短い一生を終えるはずでした。海河童は溺れる私に尋ねたんです。今死ぬか、成人迎えて死ぬか選べって。溺れながらだったのでロクに言葉にはなりませんでしたが助けてって言えば助けてもらえました。彼らは取り引きに則り魂の取り立てをしたに過ぎません」
俺は黒淵川でモロコシさんが体調不良を起こした事を思い出した。あれはその日の出来事に起因するものだったのかもしれない。彼にとって海河童に攫われ魂を啜られ齧られるのは恩返しのつもりなのかもしれない。彼を無理矢理助けたとして彼は喜ぶだろうか?むしろ恨んだりしないだろうか?
あるいは、無理矢理連れ帰っても恩返しをするために自ら命を絶ったりするかもしれない。俺が助けるのは本当に彼のためになるのだろうか。
『綾葉さん、モロコシさんを捕まえてください!』
コンコさんの言葉にハッと我に返った。そうだ、生き返ってからの事は生き返って考えればいい。今は彼を生還させる方が先だ。俺は意地でも連れて帰ろうと手を伸ばす。しかし彼はスルッと身を躱した。
その時、海河童達が入って来た。非常にまずい。
『時間切れです…』
「モロコシさん!!」
「さようなら、綾葉さん。素敵な人生を」
俺の体は猛スピードで後方に引っ張られる。さっきまで目の前にいたモロコシさんがどんどん遠くなっていく。
コンコさんに揺さぶられて俺は意識を取り戻した。向こうで見聞きした事は彼女も俺を通して確認済みの様で次の手を考えている様子だ。でも…。
「…もう、モロコシさんの事は諦めましょう。彼がああ言うのなら助けに行っても無駄ですよ…」
「モロコシさんは誤解しているんですよ!海河童共がモロコシさんを連れ去ろうとするのを私が助けたんであって彼らがモロコシさんを助けたんじゃないんですよ!!ええい、忌々しい!!」
顔を真っ赤にして怒るコンコさん。俺自身もそれを聞いて頭を殴られた様なショックを受ける。モロコシさん本人の記憶なのだから海河童に助けられた事実は疑いようがないなどと考えていたが、彼の主観視点による思い出は本来の事実関係に大きな欠けたピースがあった様だ。
実際の所は川で1人で遊んでいる所を見守っていたコンコさんが先に海河童に奇襲され、そこをモロコシさんが連れ攫われそうになり、彼女の必死の抵抗でモロコシさんを拉致する事を諦めた彼らはモロコシさんを助けた事にして引き返した。コンコさんはひとまずモロコシさんを安全な所へ移動させ心肺蘇生の必要がない事を確認すると起きるまで傍にいた。それが彼が語った思い出の正しい経緯なのだそうだ。
「もう一回幽体離脱させてください、船に着く前に助けましょう!」
「海河童と一緒に列になって歩くモロコシさんに触れ様にもその前に海河童に捕まって魂を食われて一巻の終わりですよ。次に助ける機会があるとすれば彼らが船に入ってからです。各地の海河童が全員集合するには時間がかかるのでモロコシさんが船に入った後も出航までの時間はまだまだあります。逸る気持ちは分かりますがどうか落ち着いてください」
「…分かりました」
俺は深呼吸をして落ち着く。直接争った事がある彼女が真っ向からどうにかする手段を講じないのだ。力づくでどうにかなるものではない。俺達は一度シカクマメに戻るとモロコシさんの車に入った。俺は助手席に乗る様に言われた。
「今から伊多区の鍾音岬へ向かいます。モロコシさんが船に入るまでは時間がかかるのでしばらく寝ててください。早朝に仕掛けますよ」
「…あれ、コンコさん車は運転できるんですか?」
「豊玉区の稲光と呼ばれた走り、見せてやりますよ」
「えっ?」
そういうと彼女は車に葉っぱを付ける。するとモロコシさんの車がスポーツカーに変身した。俺は無言でシートベルトを締める。鼻の穴を大きくして興奮気味のコンコさんがニッコリ笑う。
「それでは出発進行!」
そうして危険なドライブが始まった。あらゆる風景が長時間露光撮影の様に線を引いて伸びて行く。狭い道なら片輪走行で入って行ったりもする。山道に入ると運転は寄り荒々しくなって、象にでも踏まれたんじゃないかと思う程に車のシートに身体が押し付けられる。
「ひぃぃぃぃいいいや!!!!」
訳の分からない悲鳴を上げるしかできない俺と目を輝かせながら運転するコンコさん。山道を抜けると今度は川の橋に向かう。
「ここここ、コンコさんこっち工事中ですよっ!!!」
「回り道すると時間がかかりますからね」
「いやーっ、考え直してーっ!!」
コンコさんは葉っぱを落とすと橋がローラーコースターのレーンみたいにウェーブを描いてやや上を向いた。彼女は速度を上げて勢いをつけて跳ぶと車は空中で横一回転して着地した。僅かにカラーコーンに後輪がぶつかったが揺れるだけで倒れもしない。
こんな走りに付き合ってたら仮眠どころか永眠してしまうよ。そんな暴走を続けて伊多区の鍾音岬に着いた。俺は駐車場で車のドアを開くと少し離れた所で嘔吐した。運転席でコンコさんはケタケタ笑っている。悪魔だ…いや妖怪だった。
俺はよろよろしながら車に戻る。
「帰りは俺が運転しますからね」
「んふふ、遠慮しなくてもいいのに」
そんなやり取りをしつつ、明日に備えて眠った。あんな運転の後では中々興奮して寝付けるものではないが寝不足が原因で作戦でミスをするなんて事があってはならない。コンコさんだって1秒でも多く俺に寝て欲しいから飛ばし…た訳ないか。それは絶対にない。彼女は単なるスピード狂だ。
せめて目を瞑って休む事で少しでも睡眠効果を得よう…なんて考えていたが疲れブーストであっさり眠りに落ちた。
朝になるとモロコシさんが船に着いたらしく起こされた。俺は車から出て鍵をかける。鍾音岬に向かう足取りが僅かに重い。歩調の速いコンコさんは不思議に思って振り返った。俺は胸中の想いを吐露する。
「モロコシさん…本当に説得できるんでしょうか」
「…分かりません。本当の事を言っても分かってくれないかもしれませんね」
「…少なくとも彼は納得して海河童に恩を返すつもりでいるんです。それが間違いだとしても彼は満足しています。俺の親切心が、彼にとってもし余計なお世話だったらと思うと…本当に今からする事が正しいのか分からないんです」
コンコさんは目を伏せがちにしてしばらく黙る。やがてニッコリと笑うと俺の方に戻って肩を叩いた。
「私は無理矢理連れ戻しますよ。彼からの文句はそれから聞きます。彼のいない人生なんて退屈でしょうからね。私は彼のためと言うより自分のために彼を連れ戻すんです。綾葉さんは違うんですか?」
「コンコさん…。そうですね、一緒に叱られましょう!」
腹は決まった。こうなったら行く所まで行ってやる。
モロコシさんやコンコさん、この中津町に戻ってから俺は人間らしい心の温かみを取り戻していた。今の俺の心の芯にはすっかり火がついて、仕事をしていたあの時の様な情熱が燃えている。もう、尻ごみしたりしない。例えどんな結末が待っていようと成し遂げてやる。
俺達はコムロのお面を付けて異世界のゲートを抜けて船へ向かう。船の様子はやや賑やかだ。
「それで、どうやってあの中に忍び込むんですか?」
「使い魔に確認させたのですが結界を張るには大き過ぎるためか船は相変わらずコムロの出入りは自由みたいです。私が海河童に化けて綾葉さんを船内に連れて行くので、モロコシさんと接触して共に2枚のコムロのお面で脱出してください」
コンコさんは壁抜けをするための葉っぱを2枚とコムロのお面1枚を俺に渡した。それから思い出したようにヒラツラミのお面をくれる。
「頼る機会はないに越したことはありませんがモロコシさんの霊力であれば一時的に誤魔化せるかもしれません。本当にいざという時だけ使ってください。私は船内で他の物に化けながら脱出しますのでご心配なく」
「俺の顔、覚えられてないですかね」
「海河童達はあなたの魂にそれほど興味関心を抱いていなかった様子なので髪型さえ変えれば恐らく問題ないと思います。彼らは人間ほど人間の顔をよく見ていないので」
「前みたいに幽体離脱した俺だけ潜入させてシルバーコードを引っ張るやり方の方が安全で手っ取り早くないですか?」
「幽霊は皆海河童に連れられてやって来るので1人船に近付けば警戒されかねません」
「そうですか…。でもどの道幽体離脱自体はするんですよね?」
「そうした方が海河童は確実に騙せますが私も一緒に潜入する以上はあなたの体だけここに置いて行く訳には行きません。私の術を施して生身のあなたを幽体に見える様にします。それと、作戦は失敗が確定した時点で必ず最優先で撤退します。黒崎島に向かう途中であればまだ奪い返すチャンスはありますから。集合場所は鍾音岬の駐車場付近です」
「了解です」
俺達は準備を済ませると早速と船へ向かった。海河童に化けたコンコさんはどこからどう見ても本物の海河童だ。伝承では神様にさえ化けてみせたそうだが…そんな技量の彼女がバレる心配をすると言うのだから海河童もかなりの力を持った妖怪なのだろう。
船の近くに海河童の集団を見つけた。列の真ん中には幽霊たちが連れられている。俺はコンコさんに手を握られ集団の中に入った。
「おわっ、どっから出て来た」
海河童の1体がコンコさんに話しかけた。
「この野郎、逃げようとしやがってよ」
コンコさんは自然の演技をする。
「へっ、貧相な魂の割に気骨のあるやつだ。列に並べろ」
貧相で悪かったな。
俺は幽霊たちの列に並び、コンコさんは後ろの海河童に紛れて一緒に船に向かう。やがてタラップを抜けて船内への侵入までできた。これだけ沢山いると海河童もどれがどれだけわからなくてコンコさんがどれだか分からない。しかし騒ぎが起きてはいないのでバレてはいないのだろう。
俺も生きた人間である事はバレてない。やがて前列の海河童に従いついて行くように指示された。後列の海河童は解散して各々船内に散らばる。俺は怪しまれない様に下手にキョロキョロしたりせずに黙って集団について行く。
海河童の連中は不作だから撤退すると言っていたのにその割にはかなり人がいるじゃないか。これだけの数の人々が転生できずに海河童達に食べられ啜られてしまう。コンコさんの話によれば海河童達と手を組んでるのはヒラエツキらしいけど…一体どうして…。
いいや、今はとにかくモロコシさんだ。俺はただの人間だ。神様でも妖怪でもない。今自分がどう思ったってこの事態をどうにかできる訳じゃないんだ。余計な事を考えるんじゃない。
やがて幽霊たちが待機する部屋に入った。
モロコシさんのいる場所はやはり一目でわかった。俺は覚悟を決めて足を前に踏み出し、彼の方へ近づく。
その時、俺の方を何者かが掴んだ。
「なあ…俺、お腹が減っちまってよ。ちょっとぐらいつまみ食いしていいよな。そう、こんな貧相な魂の奴とかよ…」
ドクン、ドクン…。心臓の鼓動が耳に聞こえて来るかのようだ。全身でブワッと汗が吹き出し、口の中が渇いた感じがする。その声は聞いた事があった。
「へっ、お前も物好きだな。上物には手を出すなよ」
そう言って俺達を連れて来た海河童が去る。
「それじゃ、場所を変えようぜ。綾葉」
俺の名前を呼ぶその海河童は…ニノトだった。
食パン食べたい