序章
”世界は私を見捨てた”
「私の考えは完全なる他責思考だよ。そんなこと言われなくとも私が一番分かっているさ。でもね、それが悪だとは思わないんだ。」
「それはなぜですか?」
「考えてみろ。人はいつの時代も互いのせいにし、互いに罪をなすりつけ合って生きてきたんだ。賢い選択だとは思わないか?しかし正直に,誠実に生きるのは紛れもなく善であることは認めよう。だが善だけを貫いて何になる?周囲からの信頼、評判?そんなものを得たところで何の腹の足しにもならないだろ?」
「そんなことないですよ。現に私は正直に、誠実に生きて功を奏した人をこの目で何人も見てきたのですから」
「すまない。言い方に語弊があったね。訂正しよう。もちろん善を貫いたことで功を奏した人間がいることは認めざるを得ない。だがその人間たちは多くのものを犠牲にした。自身の時間、快楽。数え出したらキリがないよ。全くもって滑稽だとは思わんか?善を貫き通さずとも、得られた利益は同等、いや、それ以上だったというのに!同じ人間として恥ずかしい。侮蔑の意を込めて拍手を送りたい気分だよ!」
「………」
「あぁ、すまないね。興奮してしまったよ。少し話を変えよう。君はこの世に悪は存在すると思うかい?」
「えぇ。私は記者としていろんな現場にも赴き、また死刑囚との面会の回数も数知れません。そんな中、共通して私が直感で感じることは『紛れもなくこいつらは悪だ』ということです」
「そうか。ちなみに君のその直感とやらは、私のことをどう感じとった?」
「悪でしょうね。」
「即答だね。将来有望だ。…まぁそうだろう。私は悪だ。『世間一般的に見れば』だがな。」
「それはどういう…」
「私の中ではこの世に悪など存在しないのだよ。」
「なぜその様に思うのですか?」
「君らの言う悪は私の中では善だ。特撮のヒーロー番組があるだろう。大抵は世界征服を目論む者とそれを阻止する者の2者の話だろう?世間は世界征服を目論む者を悪、それを阻止する者を善と見なす。だが私が思うのはこれら2者はどちらも信念を持っていると言うことだ。君は信念を抱くことをどう思う。」
「それは素晴らしいことだと思います。」
「そうだろう?私も同意見だ。つまり君らの言う善と悪の戦いは信念と信念のぶつかり合いなんだよ。勝ち負けは力によって決まるのではない。信念の強さによって決まるのだ。むしろそれに気付けずに表面的で目に見えないものだけで善悪を決める君たちこそ真の悪なのではないか?」
「………」
「私はこれで失礼するよ。次の予定があるのでね。君との会話は楽しかったよ。やはり頭の作りがいいのだろうね。これからの活躍を期待しているよ。」
「………」