7・ヤマダ(仮)、クエストを受注する
「私のランクは、鉄ランクだそうです。」
「最下位のランクだな。まぁ、貴様は魔力も無ければスキルも属性もないのだ。ランクが付いただけマシよ。」
茶髪の受付嬢の説明によると、冒険者は下から、“鉄、“真鍮”、“銅”、銀”、“金”、“白金”、“日緋金剛”にランク付けされる。
成り立ての冒険者のほとんどは、最低ランクの鉄か真鍮から始まることになる。
また、受けられるクエストにも制限があり、同ランクかその下のランクの物しか受けることが出来ない。
鉄から銅の下位のランクは、コツコツと依頼をこなしていけば、時間はかかるがランクを上げていくことが可能である。
だが、銀以上のランクに昇格するには、実績と経験、ギルドや国への貢献度、それを踏まえてのギルド長からの推薦が必要となる。
最高ランクの日緋色金剛ともなると、更にその国の王の承諾が必要になる。
そのため、大抵の冒険者は銅ランク止まりになってしまう。
「ランクが上がらず、先ほどのような輩が、鬱憤ばらしと小銭稼ぎに愚行をすると……。嘆かわしいことだ。」
ヤマダ(仮)は、鉄で出来たカードを懐にしまうと、クエストボードを確認する。
「私が請け負える内容の物は、このや、くそう、薬草?探しと、のう、じょの?」
「夜間の農場の見回りだな。王都から離れた町で鉄ランクがやれる仕事はこんなものだろう。貴様もだいぶ、文字が読めるようになってきたな。」
我のお陰よ、讃えよと自慢げな魔王。
ヤマダ(仮)は少し考え、手の中の魔王を揉み揉みしてから、クエストボードに貼られた薬草採取と農場の見回りの受注届を千切り、受付に行って仕事を受注した。
町の外の、森の中。
この森は大きく、ヤマダ(仮)達が滞在する町を含む、カーデン王国の王都を囲むように存在している。またとても広く深く、凶暴な魔物も多く生息している。
ヤマダ(仮)は、茶髪の受付嬢が厚意で貸してくれた籠を片手に、キョロキョロを辺りを見回す。
「確か、ポポタン草とセセズナ草を10本束を5つずつですね。」
「ポーションの材料だな。セセズナ草は根から抜け。根も入れると効果が上がる。」
「どんな植物なのですか?」
「む、見たことがないのか。ポポタン草は小指くらいの大きさの綿毛のような花があり、葉が長くギザギザしている。セセズナ草は三つに分かれた小さな葉があり、根はやや太めで白い。我が子供の頃は、この根を煮てよく食べた。保存食にもなるし、胃の消化や吸収を助ける。」
ホレ、そこにあるぞと示す方向の雑草の中に、セセズナ草が咲いていた。
「流石は魔王さん。随分と詳しいですね。」
「……我とて、色々あるのだよ。お、ホレ、そこのベラココ草も採っていくといい。良い値で売れる。」
ヤマダ(仮)は、しゃがみ込み一心に薬草を採取していく。
ある程度、薬草を摘み終えた頃、ふとヤマダ(仮)は薬草の束をまとめる手を止めた。
「存外、早くに摘み終わったな……。どうした?ヤマダ(仮)」
「お静かに。」
唐突にヤマダ(仮)は、薬草の入った籠を草むらの中に隠し、大きな木の上にスルスルと登って身を隠した。
少しすると、森の奥から鬼気迫る悲鳴と、慌しく草木をかき分ける音が聞こえてくる。
「オークか。」
若い冒険者の男女を、一匹の豚頭の巨体が太い棍棒を振り回して、追いかけていた。
先頭に動き易そうな革の鎧に弓を持った女性、その後ろを鉄の鎧と折れた剣を持つ青年、杖を持った小柄な少女がボロボロの姿で走っていく。
杖を持った少女が、木の根に躓いて転んだ。
「ナコル!クソ、こっちだオーク野郎!!」
前を走っていた青年が、少女を助けるために折れた剣を振り回し、オークの気を引こうとする。
しかし、オークは青年を無視して、転んだ少女に向かっていく。
その様子を木の上から眺めているヤマダ(仮)と魔王。
「おい、助けなくてよいのか?」
「?、なぜ?」
心底、不思議そうな顔をするヤマダ(仮)。
その間に、オークは涎を垂らしながら、転んだ衝撃で動けない少女に迫っていく。
革鎧の女性は、青年に何かを耳打ちした。
「………ッッッ!ナコル……すまんッ!」
「えっ、オルディン……?待って……ウソ、助け……」
オークが少女に気を取られている隙に、苦悶の表情の青年と女性は、一斉に森の外へ向かって走り出した。
自分が犠牲にされたと気づき、絶望する少女。
少女の背後で、棍棒を振り上げるオーク。
「イヤァァァアアアッ!」
棍棒が絶叫する少女に当たる瞬間、バチンッと薄い結界に弾かれた。
木の上で、魔王が初級の結界魔法を発動させたのだ。結界はすぐに割れ消える。
「今の我には、これが限界か。小娘、疾くと逃げよ!」
その鋭い声に少女のみならずオークも、声のする木の上のヤマダ(仮)の存在に気がついた。
結界を張り声を上げた魔王は、ヤマダ(仮)の手の中。
自然とオークの怒りが、ヤマダ(仮)に向く。
その隙に、少女はなんとか起き上がり、走って逃げていく。
「あらまぁ、魔王さんたら。仕方ないですね。」
怒りの咆哮を上げるオークに、特に怯える事もなくヤマダ(仮)は、隠れていた木の枝から軽く飛んだ。
振り回される棍棒をヒョイヒョイと避け、フワリとオークの両肩、頭を足で挟む形で着地。
暴れるオークの反対方向に、思いっきり体を捻り回した。
オークの視界が、グルンッと“一周”する。
「人の獲物を横取りするなんて、はしたない真似してしまいました。」
「オークは金になるぞ。よいではないか。」
音もなく地面に着地するヤマダ(仮)。その背後で大きな音を立ててオークが倒れた。