6・ヤマダ(仮)的、テンプレ回避術
早朝、ヤマダ(仮)は、冒険者ギルドの前に立っていた。
「ふん、文句を言っていた割に、結局は我の案に乗るのか。」
「ほかに代案も思いつきませんでしたし。異世界に来たらまず冒険者ギルドを訪ねるのが、ファンタジー界のセオリーというモノです。」
悪びれもしないヤマダ(仮)。
冒険者ギルドは、石壁の頑丈な造りの建物だった。
躊躇することなく、木製の分厚い扉を開いて中に入ると、建物の中にいた屈強な冒険者達が、一斉にヤマダ(仮)達を見た。
「ヤマダ(仮)よ。まず、その珍妙な出で立ちを、どうにかするべきではないのか?悪目立ちしているぞ。」
「なんと!この格好の何処が珍妙なのですか?この服は“制服”です。私の年頃の女子にとって、いわば戦闘服ですよ。因みに、種類はブレザータイプ。この上品な茶色のブレザーに、臙脂と紺のチェックのスカート。シックな光沢のある赤いリボンに、学校指定の白ソックスとレトロなローファー…、聖アプリコット女子学園の制服ですよ!」
そして顔のはメガネをマスクというものです。と、胸を張るヤマダ(仮)に、珍しく感心する魔王。
「ほう、学園。学び舎か。なるほど、貴様はそのセイ……何とか学園に通っていたのか。」
「いいえ、通っていません。おっと、あそこが受付のようですね。」
「………。」
行きましょう!と、早くも疲れた雰囲気を醸す魔王をポケットにしまい、屈強な冒険者達の間をすり抜け、エプロンをかけた女性がいる受付に辿り着く。
「冒険者登録をしたいのですが、受付はこちらでよろしいですか?」
「はいはぁ〜い、……ええと、あなたが?」
声をかけられ、振り返った茶髪の受付嬢はヤマダ(仮)を見て戸惑う。
そんな二人の様子を見ていた、人相の悪い中年の冒険者三人組が絡んでくる。
「おいおい〜、ヘンテコな格好の貧相なお嬢ちゃんが冒険者とか、冗談じゃないぜ〜」
「お嬢ちゃん、悪い事は言わねぇやめときなぁ!金が欲しけりゃ、いい娼館紹介してやるからよぉ」
「可哀想な事いうんじゃねーよ、器量に自信がねーから、あんな風に隠してんだろ〜」
ギャハハハと、その冒険者達は朝から酒の匂いをさせて嘲笑う。
受付嬢は登録するための用紙を差し出し、ヤマダ(仮)を心配そうに見つめる。
「あの人達、朝まで呑んでたみたいなの……いつもあんな感じだから、気にしないでね。」
「問題ありません。それより、申し訳ありませんが、私はこの国の読み書きを覚えたばかりでして。間違いがないか、確認していただいてもよろしいですか?」
「あら、そうなの〜。今は混んでいないし、構わないわよ。」
受付嬢と一緒に、拙い字で用紙を埋めていく間も、酔っ払い中年冒険者達はヤマダ(仮)に向かって、品のない野次を飛ばしていく。
「はい。書き漏れもないし、これで大丈夫〜。あとはこの測定器に手を添えてね。あなたの今習得しているスキルや魔法の属性、魔力量を測って初期のランクを決めるの。測定終わったら、すぐにギルドカードが出来るからね。あ、そうそう、ギルドカードを破損すると、中の情報、消えちゃうから気をつけてね。」
差し出された金属の板に手を乗せると、文字が浮かび上がってくる。
「ええと、まだスキルは持っていないのね……。え、属性無し……?んん、魔力が……“0”!?魔力無しなの??」
受付嬢は思わず、嘘でしょ!?と驚きの声を上げてしまう。
それを耳聡く聞いていた酔っ払い中年冒険者達が、わざわざ受付まで来てヤマダ(仮)の測定結果を覗く。
「おおっ、マジだ!とんでもね〜新人誕生じゃねーかよ!」
「こりゃ、オメー死んだな!やっぱ、冒険者なんてやめて田舎に帰んなよぉ。」
大袈裟に騒ぎ、ヤマダ(仮)を挑発してくる。
こうして、新人にちょっかいをかけては先に手を出させ、やられたから殺り返した理論で、新人の将来を潰す悪質な冒険者達だった。
ギルドの規約により、どんな理不尽があっても先に暴力を奮った以上、自己責任で片付けられてしまい、大怪我を負っても命を奪われても罪に問う事は出来ない。先に手を出したら、負けなのである。
こういったトラブルを穏便に避けるには、賄賂を払うしかなく、それが更に彼等のような者を増長させていた。
受付嬢は、ハラハラと心配そうにヤマダ(仮)の様子を伺う。
「どうしたぁ、嬢ちゃん。なんか言ったらどうだい?」
「……………。」
「ああん、大先輩を無視するったぁ、いい度胸じゃねーか!」
「……………。」
「おいコラ、女だからって、手ぇ出されねーとでも思ってんのかぁ?」
「……………。」
「おい、無視すんな!」
何処を見ているかわからない目で(実際、メガネ越しでよく見えない)、冒険者に体を向けつつも何の反応もしないヤマダ(仮)。
「おい!」
「……………。」
「聞いてんのか!?」
「……………。」
「おい……」
「……………。」
大袈裟に脅しても、どんなに殴るフリをしても、ヤマダ(仮)は怖がったり嫌がったりする素振りを微塵も見せず、それどころかピクリとも動かず、ただじっと冒険者達を見ている。
じんわりと、呪いの人形の前にいるような、恐怖を感じる冒険者達だが、意地でも引くわけには行かず…。
完全に“無”になった女の子の周りを、大声を張りあげ、腕を振り回して、一生懸命にアピールする中年のおじさん達と化した。
さながら、焚き火の前で呪文を唱え、踊り狂う太古の部族のようにも見える。
「ブフッ」
そんなシュールな世界観が、受付嬢の笑いのツボに入り、思わず吹き出した。
それにつられて、一気にギルド内が笑い声に包まれる。
「クソッ、覚えてろ!」
自分達の滑稽さに気が付いた中年冒険者達は、顔を真っ赤にして、逃げるようにギルドを出ていった。
ヤマダ(仮)は、受付嬢から身分証となるギルドカードを受け取り、簡単にギルドの規則やクエストの受注方法などを学び、依頼書が貼られているクエストボードへ向かう。
「あんなテンプレな悪人が出てくるとは、びっくりです。」
「……お前ならあんな三下ども、容易く蹴散らせたのではないか?」
「ああいう輩は、下手に構うと面倒くさいので、無関心と適度にいい感じの恥をかかすのが効果的なんです。ただ、やり過ぎると、逆恨みをしてくるので注意が必要ですが。」
何事もほどほどが一番です。と、見せ場を華麗にスルーしたヤマダ(仮)であった。