4・ヤマダ(仮)の行方
王城が二度目の大混乱に陥る、数刻前。
王城の長い廊下を、一人の小柄な侍女がティーワゴンを押していく。
城の者達は誰一人、彼女を気にすることなく、すれ違っていった。
王太子の執務室に辿り着き、侍女は控え目にノックをし、スルッと部屋に入っていく。
「失礼いたします。お茶をお持ちいたしました。」
書類の山に埋もれる王太子は、侍女に見向きもせずに、黙々と執務を進めている。
侍女は一礼をすると、静かにお茶を注ぎ、カップを王太子の側に置いた。
再び一礼をし、未処理の書類の山を横切り、スルッと部屋を出た。
カラカラとティーワゴンを押し、調理場へ戻っていく。
広い調理場に入り、押してきたワゴンを洗い場の隅に置くと、忙しく動き回る料理人やメイド達の間を、スルスルとすり抜けて裏庭に出る。
「メリーって子から聞いたんだけどさ〜、ほら、姫様付きのメイドの!そう、聖女様のウワサ……」
ゴミ置き場の陰で、下級のメイド達がコソコソと話している声が聞こえる。
侍女はそっと身を隠し、聞き耳を立てた。
「聖女様って……王様達がせっかく儀式して呼び出したってのに、儀式に耐えらんなくて、死んで消えちゃったんでしょ〜。それがどうしたって?」
「そ・れ・が!儀式で死んだんじゃなくて、無能で不細工すぎて秘密裏に処分されたんだって。」
「はあ?流石にデマっしょ〜」
「メリーが、王妃様と姫様が話しているの聞いたって。だから、マジだって!」
ギャ〜、怖〜い!と震え上がる下級メイド達。
侍女はふむむ、と頷き、自分の顔をさする。
その時、調理場の方からガシャーンと、物をひっくり返す、けたたましい音が響いた。
「誰だ!ワゴン、こんな所に置いたヤツはッッ!」
料理長の怒りの声が轟く。
下級メイド達は、蜘蛛の子を蹴散らしたように逃げていく。
侍女も逃げるように裏庭を進み、厩舎と馬車を停めておく区画に辿り着いた。
御者が出発の準備をしている、貴族仕様の馬車に目を付ける。
長いお仕着せのスカートを体の前にかき集め、御者が馬を宥めている隙に、車輪をくぐり、馬車の底に腕力だけでへばり付いた。
しばらくして主人を乗せた御者の馬車は、屈強な兵士が守る門を抜け、底に侍女をへばり付かせたまま、王城を走り去っていった。
王都から少し離れた、小さな町の古びた宿。
藁を詰めた質素なベッドが一つ、窓辺には古ぼけた木製のサイドテーブルがあるだけの、狭い部屋の扉が開いた。
「私って、不細工ですかね?」
「……なんだ、いきなり。」
侍女がズカズカと部屋に入るなり、サイドテーブルの上に転がっていた、拳サイズの玉を拾い上げた。
「不細工ですかね。」
「知るか、うぬウォッ!我を振り回すなっ!……普通だ。可もなく不可もない顔だッッ」
「普通。よかった、それは何よりです。」
喋る金色の玉をそっとテーブルに戻すと、侍女は着ていたお仕着せを掴み、勢いよく脱ぎすてた。
そこには召喚時と全く同じ姿、服装をした、ハズレ聖女の少女が立っていた。
「聖女よ。そもそも我、貴様の素顔をマトモに見た記憶がないのだが……」
「私のことはどうぞ、ヤマダ(仮)と。」
重い前髪と分厚いガラスで目元が隠れ、口元も紙か布のような物に覆われていて、表情は全くわからない。
それでも、何となく上機嫌な雰囲気を感じる。
「ヤマダ(仮)よ、その様子だと首尾は上々だったようだな。」
「はい、お陰様で。無事に“貴方”を封印したと報告できました。魔王さん。」
パッと両手を広げ、聖女ヤマダ(仮)が淡々とした声で告げる。
「これで私は、ヤマダ(仮)は自由になりました。」