3・消えた聖女もどき
青空が広がる爽やかな朝、王城は混乱を極めていた。
昨日、異世界から召喚された聖女たる少女が、まるで霧か霞ように消えてしまったからだ。
夕暮れに王太子から休むよう促され、侍女の案内で王城の奥にある客室へと入った。
少女はお茶をはじめ、全ての飲み物や食事を断り、また身の回りの世話さえ拒否した。
城の者達は、突然見知らぬ世界に呼ばれ、生涯帰ることが出来ないと知った、その精神的苦痛を思い、独りになりたいのだろうと気を利かせた。以降、誰も少女に関わろうとしなかった。
ただ侍女が部屋を出る際、この世界の詳細な位置がわかる地図を持ってきてほしいと頼まれ、その侍女は至急探し出し、少女に渡した。
その際、魔王国の位置と各国の王都など大きな街の位置も聞いてきたので、侍女は分かる範囲で教えた。
少女は少しの間、地図を眺め、侍女に礼を言って地図を返した。
それが少女を見た最後だった。
早朝、少女の様子を確認するため、まだ薄暗い部屋に侍女が入ると、少女の姿はなかった。
ベッドに入った形跡もなく、また部屋の家具が不自然に動かされたり、持ち出された物はなかった。
少女だけがキレイに消えていた。
まず、王太子と城に泊まった宰相が叩き起こされた。
夜更けまでハズレ聖女の処遇について、王と王太子、宰相と最も影響力を持つ貴族の重鎮で話し合っていた為、寝不足でフラフラの二人は、聖女の部屋まで引きずるように連行された。
他国の間者に誘拐された?
自ら出奔した?
神の御心により、異世界に帰された?
様々な憶測が飛ぶ中、王太子はフラつく頭を必死にフル回転させる。
夜だからこそ、城内は厳しい監視と厳重な警護がされている。
まず他国の誘拐説はあり得なくもないが、昨日召喚されたばかりの聖女を、即誘拐したなんて現実的ではない。
たとえ、間者を城に潜り込ませ、誘拐を計画していたとしても、召喚後のあの聖女を見たら思い留まる。
そもそも、連れ去るなんてほぼ不可能な位、この城の警備は硬い。
ましてや、あの貧弱で無能な少女が誰にも気付かれず、単身で出奔したなんて絶対に不可能である。
では、元の世界に帰れたというのか?
ふと、王太子は応接室から出る前、少女が淡々と言った言葉を思い出す。
“魔王封印のご依頼、確かにお受けしました。近日中に必ず、達成しお知らせいたします。”
『まさか…な』
王太子直属の側近から、王がこの部屋に急ぎ向かっていると知らされ、出迎えるために思考を切り替える。
召喚されたばかりで右も左もわからない、神力も魔力も身を守る術もないハズレ聖女が、警備が厳重のこの城を抜け、広い大陸と海を移動してあの魔王国に単身、向かうなんて無謀どころの話ではない。
そもそも、偽物とはいえ、神珠は王太子が持っている。
運良く、魔王の元に辿り着いたとて、封印するために必要な神珠すらなく、どうするというのか。
王太子は笑い飛ばし、聖女が消えたこの件をどう処理するべきか、頭を悩ますのだった。
それから数ヶ月ほどの月日が流れた。
消えた少女の行方を探すことはなかった。
消えた事を好都合とばかりに、表向きは聖女の召喚に成功したが、聖女自身が儀式の負荷に耐えきれず、消滅した……という事にされた。
少し苦しいその言い分に、他国に嘲笑され、民の間でいらん憶測が飛び交ったが、何とか収拾がつき始めたそんな頃。
王太子の執務室。
書類の山に囲まれ、重厚な造りの机に齧り付く勢いで、政務をこなす王太子。
未処理の書類の山に手を伸ばすと、手元にコロンっと紙に包まれた何かが転がってきた。
刺客かと身構えたが、部屋には自分以外の気配はない。
“何か“を見ると、まず包む紙が薄く製紙されており、表面がツルツルしていて、均等に線が入っている。
この世界の製紙技術では、こんなに薄くツルツルした紙を作ることは出来ない。
王太子はドッと、汗が噴き出るのを感じた。
恐る恐る、紙を開くと中から真っ黒な何かのツノの先端が入っていた。
王太子は真っ青な顔で立ち上がり、震える手でそれらを持ち上げる。
執務室を飛び出し、早足で……途中から全力で廊下を走り、王の執務室へ扉を守る騎士を押し除け、飛び込んだ。
王太子の手にある紙には、拙いこの国の文字でこう書かれていた。
“魔王封印のご依頼、達成いたしました。ヤマダ(仮)より”
その日、王城はかつてない程に、混乱を極めたのだった。