エピローグ
魔王国の王都から、少しだけ離れた小さな村に、レンガ調の可愛らしい雑貨屋があった。
ちょっと変わった経歴を持つ夫婦が、周囲に親しまれながら、仲良く営んでいた。
しかし、この年の春先に、短命のヒト族の奥方が体調を崩し、今は休業している。
雑貨屋の二階が、夫婦の居住スペースとなっており、寝室の小窓が開いていた。
その開いた小窓から、室内に気持ちの良い風が入る。
「心地の良い風ですね。良い天気です。」
「ねぇ、ヤマダ(仮)お婆ちゃま。お婆ちゃまが魔王様だった時は、今日みたいな青い空が見えなかったって本当?」
「はい、そうだったんですよ。ニカ。昔の魔王国はどんより曇り空ばかりで、いつも雷が鳴っていましたね。でも、神様の神託の日から、青空の日が増えるようになったのです。」
ベッドからゆっくりと体を起こし、ニカと呼んだ孫娘の黒髪を、シワシワの手で撫でる。
齢八十となったヤマダ(仮)が、くすぐったそうに笑うニカに微笑みかける。
あの公開プロポーズ?で、見事魔王(仮)をごり押……射止めたヤマダ(仮)は、正式に夫婦となり、双子の息子と娘を一人産んだ。
ヤマダ(仮)が息子を背負い、魔王(夫)もまた背と胸に娘と息子を抱え、互いに協力し合い、公務に勤しむ姿は魔王城の名物となった。
怒涛の日々だった。
あの神託通り、人々から徐々に魔力が失われ、世界は混乱した。
魔力に依存した生活を送っていた人々は、火を自らの手で起こす事もままならず、生活は荒れに荒れた。
初めは自暴自棄になったものの、ヒトとは不思議な事に、ある日突然、開き直る。状況を受け入れたともいう。
そうなると、不便な生活を楽しむ者達が現れ出し、知恵を出し創意工夫をし始める。そこから、新しい商機や事業展開の可能性を見出し、一気に世界が動き出した。
そして魔力のない世界から来た、魔王ヤマダ(仮)の持つ貴重な経験や知識が求められ、魔王国は各国からの研究者や、商機を見出した商人と技術者で溢れかえった。
一時はパンク寸前になった魔王国だが、歴戦の前魔王(夫)と、友好国のカーデン王国、アルベルト国王の手厚い助力により、この国もまた大きく発展した。
これには、カエル宰相もニッコリである。
いや、この宰相、開発されていく様々な技術を、まるで元から知っていたかのように、得意げに使いこなし、魔王(夫)を悔しがらせていた。
そうこうしていく内に、世界は魔王国を中心に、徐々に安定していき、魔王ヤマダ(仮)は成長した長男に魔王の座を、平和的方法(腕相撲)で明け渡した。
引退後、ヤマダ(仮)と魔王(夫)夫婦は、自由ライフを探す旅へと洒落込んだ。
この旅で起こった珍道中は、これまた別のお話となるのだが。
その旅を終えた夫婦は、魔王国の王都のすぐ近くの小さな村で、雑貨屋を始めた。
薬草採取が趣味の魔王(夫)たっての希望である。
夫婦で、森に薬草を採取に行ったり、店の裏にある小さな畑で育てたり、そうして手に入れた薬草や趣味で揃えた日常品を、細々と売っていた。
店には、よくどこかの国の引退した王族や、元ギルド総長が遊びに来たり、魔王城の宰相や元側近も、夫婦の様子を見に度々やってくる。
また夫婦の子供達や、その孫達が顔を見せにやってきて、店はいつも賑わっていた。
そんな穏やかで幸せな日々。
しかし、高齢となったヤマダ(仮)は、静かに弱っていき、とうとうベッドから動く事が困難になった。
一番末の孫娘が、そんな祖母を心配して、毎日のようにお見舞いにやってくる。
祖父譲りの褐色の肌に金色の瞳。少し癖のある黒髪。
「ニカ、お婆ちゃまそっくりの細目って、虐められたりしていませんか?そういう輩がいたら、お婆ちゃま直伝の技を、遺憾無く発揮していいですからね。」
「イヒヒ、大丈夫だよ。ニカ、お婆ちゃまと同じ目、大好きだもん!それにお爺ちゃまがお婆ちゃまの目は、可能性の塊って言ってたよ。」
「あらまぁ。」
幼い孫娘の両頬を両手で包み、嬉しそうに撫で回す。
ニカも嬉しそうに、イヒヒっと笑った。
「懐かしい笑い方。うふふ、神様ったら最後に逢わせてくれた。生まれてきてくれてありがとう。桜子さん……。」
「?」
キョトンと首を傾げるニカ。そのほっぺたをプニプニと優しく伸ばす。
「さて、可愛いニカには、お爺ちゃまとお婆ちゃまのラブラブ秘話を、余す所なく披露してあげましょうかね。今夜は徹夜ですよ。」
「やめよ、バカタレ。心にしまっておけ。」
「あ、お爺ちゃま!どこ行ってたの?」
「おお、ニカ。居間に置いておいた、オヤツはちゃんと食べたかな?爺ちゃまは、魔王城までちょっと行っておったのよ。ニカからも、とと様に言っといてくれ。年寄りに無理させるでないとな。」
ふ〜と、息をついてヤマダ(仮)の、ベッドの端に腰掛ける魔王(夫)。
年寄りというが、長髪だった髪を短く切ったものの、魔力の影響でどう見ても、四十代前半位にしか見えない。
「あら〜、嫌味ですかね。こんなシワシワな老婆を目の前にして。ほほ〜?」
「ち、違うわい!我とて、魔力が少なくなってきて、それなりに老いてきたであろう……ほれ、城の者達からの見舞い品だ。これの他にもまだあるぞ。皆、お前を心配している。」
「ふふ、ありがたいですねぇ。」
ニコニコと花束や果物を受け取るヤマダ(仮)。
そんなヤマダ(仮)の真っ白になった髪に、魔王(夫)が微笑んで口づける。
「………ニカ、帰るね!」
祖父母のイチャつきを見せられ、照れたようにニカは帰り支度を始める。
魔王(夫)が心配そうに
「なんと、もう帰るのか……。送っていってやろうか?」
「イヒヒ、お兄ちゃまがそろそろ迎えにきてくれる頃だし、大丈夫〜。お爺ちゃまはお婆ちゃまと居てあげて。」
じゃあまたね〜と、身軽に部屋を出て行ってしまう。
パッと窓から外を見ると、馬に乗ったニカの兄が、のんびりと向かってくるのが見えた。
「なんとも……、あの身軽さ誰に似たのやら。」
「そうですね。鈍臭い魔王(夫)さんではないですね。」
「我は鈍臭くないわ!……まったく。調査の結果を聞いてきたぞ。やはり、徐々にではあるが、呪縛の黒の術式が薄れてきているそうだ。あと、数十年もすれば、術式を持って生まれてくる赤子はいなくなるそうだ。」
「そうですか。それは、何よりです。」
あの神託の日から、六十年以上経ち、種族関係なく、殆どの者が魔力を完全に失い、また持たずに生まれてくるようになった。
その為、初代魔王の魔力で縛られた呪いもまた、失われていくのではと、昨今の魔王国で、大々的な調査が行われた。
結果、魔族を苦しめてきた呪縛も、神の力により消えつつあるようだった。
「しかし、その反面、魔族達の寿命も急激に短くなってきているそうだ。いずれ、ヒト族と同じ位になるであろうな。これは仕方があるまい。」
「なるほど。そうですか。」
調査結果を聞き、ヤマダ(仮)は静かに息を吐いた。
ヤマダ(仮)の、いつもと違う様子に、魔王(夫)はそっと肩を抱いた。
「どうした?寒いか?」
「大丈夫です。寿命の件は残念ですが、調査結果を聞いて安心したら……少し……気が抜けました。」
「……そう……か。そうだな。少し休め。」
優しくヤマダ(仮)をベッドに寝かし、布団をかけてやる。
「くくっ、そういえば、会ったばかりの頃のヤマダ(仮)は、ベッドで眠らんかったな。」
「あれは……ふふ。ベッドやお布団なんて物で、眠った事がなかったんですよ。結婚してからですね。ベッドで眠る事ができるようになったのは。」
「そうだったな。なかなか眠れんお前を、我が必死で寝かしつけたものだ。子守唄まで歌ってな。お陰で、子供の寝かしつけでは、我の右に出る者はいなかった。」
二人だけとわかっていても、まるで内緒話をするかのように、ヒソヒソと声を潜めて、思い出話をする。
ひとしきり笑い合い、少しだけ間を空けて……。
「魔王(夫)さん。少し疲れました。ちょっと先にお休みしますね。」
「うむ、よく休め。我も少し後片付けをしてから、すぐに休む。……約束したからな。地獄の底まで面倒見てやると。」
ヤマダ(仮)は、少しだけ微笑むと静かに目を閉じた。
わすかに聞こえる呼吸音。
その音が止むまで、魔王(夫)は真っ白になった髪を撫で続けた。
ここまで、お読みいただき、ありがとうございました。
ちょっとだけ、書きたい登場人物のその後などがあるので、ゆっくりと更新していきたいと思っています。




