七章・一 存続の世界
「オレ達は、この世界を存続させたい」
新の言葉に蓮は目を丸くする。
「……聞いていたの?二人は死ぬことになるんだよ」
そして、必死に止めようとしてきた。蓮も涼恵も、きっと「女神」になる覚悟はあったのだろう。
「分かってる。……でも、ここで逃げたらきっと、後悔するよ」
……でも、分かっている。きっと、どっちを選んでも後悔するなんてことは。
でも、それでも。自分達は、この世界を存続させていきたい。それに、
「だって、おばあちゃん達には……人間として生きてほしいもん……」
女神になるなんて、どんな感じなのか分からない。今だって、蓮と涼恵が女神に近付きつつあるのだろう。それでも、自分達を死なせたくないと言ってくれる人達を、「人のまま」にしたかった。
「……そっか、ありがとう」
「でも、存続したとしても私達は人ならざる者になる。もちろん、人間に戻る方法を探すけど……私達のためだって言うなら、もう少し考えた方がいいよ」
蓮と涼恵はそう言ってくれたが、咲と新は首を横に振る。
「考えた結果です。……だから、まだこの世界を見捨てないでください」
新の言葉に、涼恵は目を伏せる、そして、
「……そう、だね。君達みたいな人がいるなら……まだ、捨てるには早いのかもしれない」
そう、呟いた。
「二人の意志は分かった。……涼恵、そっちは任せた」
「了解。……君達はこっちで待っておこうか」
蓮の声に涼恵は頷き、幼い子達――畑野 まさきと松本 ちく、小松 ふうこを連れて佑夜とともに少し離れた場所で待機する。
「……涼恵さん、本当にいいの?」
三人の子守をしながら離れたところで見守っている涼恵に佑夜が声をかける。
「……二人が決めたことなら、私は干渉できませんから。それに、あの子達を見ていたら人も捨てたものではないですしね」
「……そうか、そうだね」
寂しげに笑う涼恵に、佑夜は胸が締め付けられる。
きっと、咲と新が再構築を選んで自身が女神になることになっても、彼女は明るくふるまうだろう。だって、二人が生きていてくれるから。
(存続する……つまり、二人の命をフィクサーの封印のために使うということ。だからこそ、涼恵さんも蓮さんも、辛そうな顔をしているんだ……)
存続するとしても、異世界と混ざったこの世界は長い時をかけないと元通りにはならない。その間、自分達は人でも神でもない存在になる。
それ以上に……罪のない子供二人の命を使うことに、押しつぶされそうなほどの罪悪感を抱いているのだ。
「……本当は、変わってあげたいけど……」
「ボク達じゃ、どうすることも出来ないもんね……」
人間が「神様」を望んだから生まれてきた。その弊害が今、起こっている。
神様は「生贄」になりえない。それは大昔から植え付けられた考えだ。それが今や涼恵達の足枷となっている。
佑夜は優しく涼恵の手を握った。
「……涼恵さんも蓮さんも、何も悪くないよ。二人が悪いのなら、ボク達だって悪いから」
「……うん、ありがとう」
その言葉に、涼恵は涙を拭う。
遠くでは咲と新が「どうするの?」と蓮に聞いていた。
「そうだね……フィクサーはボクが倒せる。でも、そのあと封印をしないといけなくなるね。……本当にいいの?」
何度も確認してくる蓮に、二人はコクッと頷いた。
「……そっか。分かったよ、ここまで言っても変わらないなら覚悟が決まっているんだろう」
それだけ言って、咲からあの本を受け取る。
本がひとりでに開くと、
『我は神に代わり人々を導き守る者。今、彼らの決意、聞き届けたり。我はこの世を存続することを宣言する。彼らの決意に祝福を与えたまえ』
蓮の口がそう紡いだ。その声はこの世のものではないと思わせるほど、威厳のある声だった。
同時に本が黄金に光り始め、蓮と咲、新の周囲に何かが浮かんでくる。
「……メシア、マリア」
蓮が声をかけると、どこからか誰かの声が聞こえてきた。
「どうした?」
「どうか、二人を守ってあげて」
「分かりました」
彼らは本物ではなく、異世界で生まれたイメージ上の救世主と聖母だ。だからこそ、蓮も自ら頼むことが出来る。
彼らはそれぞれ咲と新のアルターとして仮面の中に入った。同時に、力が湧いてくるのが分かった。
「それじゃあ……行こうか」
蓮に連れられて、全員は塔を駆け上がった。
「……行ったね」
「そうですね。……私も、力を貸してあげますか」
それを見送っていた涼恵は手を組んで祈り始めた。
最上階まで駆け上がり、目の前の光景に戦慄する。
そこには今まで見てきた中で一番大きな球体が置かれていた。それに映っていたのは蓮の過去。
白い髪の守り神が悪神と戦い、その身をもって封印していた。
(これと同じような存在を封印するのか……)
今更ながら、背筋が凍った。
守り神ですらその身を捨てて悪神を封じたというのに、それを人間である自分達がやるというのか。
蓮と愛良がギュッと、咲と新の手をそれぞれ握った。何も言わなかったが、それだけで不安が和らぐ気がした。
(大丈夫、ボクは守り人になる……二人が解放するために探して……)
蓮がそう考えていると、後ろから気配を感じた。
そこに立っていたのは、黒いローブを着たあの男。
「……フィクサーか」
「フン。あんときは贖罪の巫女の守護者に痛い目に遭わされたからな」
忌々しげにフィクサーは吐き捨てる。
「それは今までと違って壊せない。だからまずは奴を倒すところから始めるぞ」
愛良が伝え、全員が武器を構える。同時にライム色の光が彼らを包み込む。
それは涼恵からの力だった。彼女が今まで乗り越えてきた、「希望」の力。
「これは……?」
「贖罪の巫女様だからね、罪を裁く力を渡してくれたのかもしれないね」
罪を裁く力……?と考えていると、「審判」という言葉が浮かんだ。
「ボクは断罪の女神で、罪を裁くことは出来ても罪の重さははかれないからな……お前達に必要なものはボクの「断罪」の力より、「審判」の力だろうな」
この罪深い世界に必要なものは、罪の重さをはかりその罪に応じた赦しを与える力だろう。
「なんだ、その力?」
フィクサーは戸惑ったように声を出す。
「よかったな、お前は「有罪」、だそうだぞ」
新がニヤリと笑う。
後ろには、フードを被り天秤を持った女性の姿があった。
『お前の罪は決して許されることはないだろう。――さぁ、地獄で永遠の苦しみを受けるがいい』
そう言いながら、ライム色の光を放つ。それは光呪文でも、万能呪文でもなく。
「グッ……!?」
――特殊な、「贖罪の巫女」の力。
罪深いものはその力に耐えることなど、不可能だった。
それを狙い、怪盗達は動き始めた。
「咲と新……いや、ジョーカーとクラウンは、力をためて。ボク達が守ってあげるから」
蓮が二人に指示を出す。フィクサーはふらふらしながらも睨みつけていた。
「フィクサーは動けないよ!このまま叩き込んでいいと思う!」
月菜が解析しながら叫ぶ。思えば彼女も、かなり成長した。
「私、後方で下の階に被害が行かないように守りながら援護するね!」
実涼が階段の前に立ちながら呪文を唱える。彼女にも知らない一面があって、本当に驚いた。
「攻撃は引き付けておく!」
「ジョーカーとクラウンは力をためていて!」
義久と夏人がそう言ってフィクサーと向き合う。義明は兄のように導いてくれたし、夏人はムードメーカーとして明るくふるまってくれていた。
「ワガハイはお前達を守ってやる」
――そして、リーデル。彼がいなかったら、きっとここまで来ることが出来なかった。
それに、蓮や涼恵達も。ずっと自分達を支えてくれていた。
動けるようになったフィクサーは仲間達を傷つけている。それに怒りが湧いてきた。
咲と新は手を組む。神に祈るように。
「これで――終わりだ!」
二人の叫びとともに、呪文が放たれる。
それはフィクサーの胸を貫き、なすすべもなく倒れ込みそのまま消えていった。
無意識のうちに、咲と新は黒い球体に触れていた。そこから、淡い光が溢れ出る。
――あぁ、ここで……。
二人は目を閉じ、その光に包まれた。
仲間達の悲鳴を最後に――。