五章 記憶の欠片
ハッと目が覚めると、「やぁ、起きたか?」とガーディの声が聞こえてきた。
「……ファントムゲートか……?」
新が起き上がると、「あぁ。今日はお前だけを呼ばせてもらった」とピースが告げた。
「咲は?」
「贖罪の巫女様との話でちょっと疲れているだろうからな」
そう言われ、首を傾げるが「それで、どうしたんだ?」と聞いた。
「これを渡そうと思ってな」
ピースが鏡を渡してきた。受け取ると、「それはな、記憶を見ることが出来るんだ」とガーディが言った。
「それこそ、贖罪の巫女様の過去とかも見られるかもな?」
そう言って新の目を手で覆った。
朝、新が起きるとポケットに先ほどの鏡が入っていることに気付く。
「…………」
記憶を見ることが出来る……。
涼恵を頭に思い浮かべながら恐る恐るそれに触れると、小さく光った。
気付けば、周囲に雪が降っていた。
「……え?」
明らかに別のところに来てしまったと分かる。
遠くから、誰かが歩いてきた。隠れようとするが、その人物が新に気付いた様子はない。
(……もしかして、相手から見えていない……?)
そう思いながら見ていると、その人物の顔が見えた。
その人は涼恵に似ていた。違いと言えば、巫女服を着ているところぐらいだろうか?
「……異常はなし、と……」
小さく呟く声が聞こえてきた。しかし彼女は新よりさらに先を見て驚いたような表情を浮かべた。
彼女が走り出したため追いかけると、倒れている人がいた。その人は長い銀髪で、どこか慎也や佑夜のような雰囲気がある青年だった。
「だ、大丈夫ですか?」
その女性が抱き上げ、呼吸を確かめながら尋ねる。息はまだあるようだ。
その女性はその細い身体のどこに力があるのか、その男性を背負って元来た道を戻っていく。
「大丈夫ですよ、すぐに温めますから」
そう励ます声を聞きながら。
神社に着くとその人は畳の部屋に彼を降ろし、布団を敷いて寝かせた。そして囲炉裏を焚き、その場から動かなかった。
「姉上?慌てて帰ってきたが、どうしたんだ?」
そこに、弟であろう人が入ってきた。どこか、記也に似ている。
「ちょっと行き倒れの人がいて……」
「なるほどなぁ。兄上にも言ってくるよ」
「ありがとう」
本当にお人よしなんだから……なんて言いながら、その男性は部屋から出ていく。しばらくすると、銀髪の青年が目を覚ました。
「ん……」
「あ、起きましたか?」
それに気付いた女性は顔を明るくした。
女性と男性はそれぞれ「祈療姫」と「幻炎」であることが分かった。二人は意気投合し、幻炎は祈療姫を守ると誓うまでになったらしい。
(これは……もしかして、涼恵さんと佑夜さんの過去の話……?)
それも、ずっとずっと昔の話。
涼恵は「祈療姫」の、佑夜は「幻炎」の生まれ変わりなのだと慎也から聞いたことがある。
「あいつらの仲の良さは異常だからなぁ」
そう言って笑っていたことを思い出す。
ハッと、現実に戻ってきた新は鏡を見た。
「……本当に……」
あれが本当にあった出来事なのだとしたら、結末を知らなければいけない。
なぜだか分からないが、新はそう感じてもう一度握り締めた。
先ほどとは違い、そこは争いが絶えない場所だった。
「カナ、どうする?」
幻炎が祈療姫に尋ねる。彼女は寂しげに笑った。
「……もういいのよ。私のこの血がみんなを狂わせるというのなら……」
彼女は刀をギュッと握った。
「いっそ、私がいなくなったらいいの」
「だ、ダメだ!そんなことしたところで……!」
「みんな、この血をめぐって争っているんでしょう?死者までも「蘇らせてしまう」この血を。……だったら、これ以上争いをさせないためにも、こうするほかないの」
祈療姫は涙を流しながら、幻炎の頬を包み込んだ。
「ありがとう、幸せだったよ」
瞬間、幻炎の悲鳴にも似た泣き声が響いた。
(…………)
新は鏡を一度置き、考え込む。
祈療姫は、人間の愚かさゆえにそれに絶望し、自害を選択した。幻炎も、彼女を失って絶望していた。
(……本当に、いいのか……?)
このまま世界を救うことが、本当にいいことなのだろうか?
「おはよう」
コンコンとドアをノックする音が聞こえてくる。どうやら佑夜が来てくれたようだ。開けると、そこには心配そうな佑夜がいた。
「体調悪い?来なかったから部屋に来ちゃったんだけど」
「あ、いえ……」
「どうしたの?……何かあった?」
少し低くなった声にビクッと震える。恐る恐る佑夜の顔を見ると、いつもの優しい佑夜の顔だったが、その瞳は何かを見通しているようだった。
「……その……二人で、話しませんか?」
これは逃れられない。
そう察した新がようやく絞り出した言葉がそれだった。「うん?いいよ」と佑夜は快く頷いてくれる。
部屋に入れると、佑夜は椅子に座った。そこで鏡の存在に気付いたのだろう。
「あれ?これ、どうしたの?」
と首を傾げられた。
「あ、それは……その……」
どういうべきか悩んでいると、
「……記憶を見ることが出来るものだよね?」
その言葉を聞いて、ハッと顔をあげる。佑夜は「そりゃあ、分かるよ」と笑っていた。
「……それで過去を見たの?」
「……はい。祈療姫と幻炎の……」
「あぁ、なるほど」
それだけで、佑夜は納得したようだった。
「……それを見て、どう思ったの?」
しばらく時間を置いた後、佑夜に聞かれる。
「……迷ったんです」
「迷った?」
「はい。このまま……世界を救ってもいいのかなって……」
佑夜は新の言葉を静かに聞いていた。
「人間って、愚かなんだなって思って……だって私利私欲のためなら、蹴落とすことだって簡単にして……なんていうか……」
うまく言葉に言い表せない。それが悔しくて……つらかった。
「……そうだね。実際、人間って言うのは私利私欲で動くことが多いとは思うよ」
涙を流してしまう新に、佑夜は優しく声を紡いだ。
「実際に、祈療姫と幻炎もそれを見て幻滅したし。……でも、人を思いやれることが出来るのも人のいいところなんだ。よく言うでしょ?自分にされて嫌なことはするなって。涼恵さんは多分、他人のことを考えすぎて疲れているだけだよ」
涼恵の名前が出て、ハッと顔をあげる。
「……ボクは涼恵さんの守護者だからね、ある程度は分かってるつもりだよ。
涼恵さんは他人を優先しすぎるところがあるからね、それゆえに嫌なところもたくさん見る。あの時だってそうだった」
寂しげに笑う佑夜は儚く見えた。
「……だから、新君もあんまり考え込まない方がいいよ。考えすぎると壊れちゃうからね」
ボロボロと情けなく泣いてしまう新の背中を、優しくさすってくれた。
しばらくして、佑夜と一緒に食堂に来た。
「遅かったな、どうしたんだよ?」
夏人が新に声をかける。咲が「何かあったの?」と聞いてきた。
「ちょっといろいろあってね……」
「そうか?なんかあったら言ってくれよ?」
義久も首を傾げる。しかし、新は「大丈夫だ」と咲の隣に座った。
「…………」
咲はジッと新の方を見るが、
「……今日は休もうか」
不意に咲がみんなに告げた。
「急にどうした?」
「ちょっと考え事をまとめたくてね……みんなも自由に過ごしてて」
「先輩が言うならいいけど……」
実涼が複雑そうな表情を浮かべる。
「実涼、ちょっと手伝ってくれる?」
その時、涼恵に声をかけられ、「あ、ちょっと手伝ってくるね!」と彼女は立ちあがった。
そのまま、その日は自由に過ごすことになり咲と新は書庫に向かった。
「……それで、何かあったんでしょ?」
ジロッと咲に言われ、新は「……やっぱり分かるか」と苦笑した。
「そりゃあ分かるよ。いとこだし」
「そうだよな。……朝、涼恵さんと佑夜さんの過去を見たんだ」
その言葉に咲は目を見開く。
「あ、過去って言っても祈療姫と幻炎の時の話だよ」
「……どうだったの?」
「……正直、すっごく迷ったよ。祈療姫は人間の愚かさを嘆いて自害したし……コラプスの話もあったし……」
「……そっか」
沈黙が流れる。しばらくして、咲が口を開いた。
「……私ね、昨日、涼恵さんに聞いてみたんだ。そしたら、諦めているところはあるって、そう言ってた」
「…………」
「でも……諦めきれないんだって」
「……そうなんだ」
新はギュッと手を握る。涼恵だって、何か思うことがあったのだろう。
――人間なんて、どうせ変わらないの……。
そんな言葉が、聞こえてくる気がした。