三章 記憶の美術館
次の日、咲が起きてくると、新が既に待っていた。
「咲、おはよう」
「うん、おはよう」
咲も目の前に座ると、記也が「飯、食うだろ?」と二人に朝食を持ってきてくれた。
「ありがとうございます」
「いいって。こういう時だからこそ食べねぇとな」
記也はいつもの笑顔で新の肩を叩く。彼はいつも明るく、元気をくれた。どうやら小さめだが野菜もどうにか栽培しているようだ。
遠くでは、歌声が響いてくる。どうやら実弘と麻実が歌って和ませているようだ。
「本当にきれいな歌声ですね……」
「そうだな。本当に元気をくれる」
こんな世界になってしまっては、どうあっても争いが起こってしまうだろう。そうなる前にここだけでも争いをなくそうとしているようだ。既に、パニックで戦争になっているところもあるらしいと記也も聞いたようだ。
「本当に、スズ姉が広い研究所を何棟か持っててよかったぜ……」
「そういえば、叶恵さんに譲ったところと別に研究所がありましたね」
涼恵は所長としての地位を若くして娘に譲った後、たまに顔を出しては他の研究所で調べた研究を叶恵に渡していた。どうやら涼恵自身もほかの研究をしたかったらしい。目の前の、双子の弟や佑夜などもそれについていき、代わりに信用出来る有能な人を役職に任命してくれたようだ。
「本当にすごいですよね、涼恵さんもばあちゃんも……」
「あの二人に勝とうなんて百年……いや千年ぐらいはえぇよ」
記也がケラケラと笑う。それにつられて二人も笑いだした。
「それじゃ、出かけるなら気を付けていけよ」
記也はそう言うと、ほかの人達に朝食を持っていった。
そのあと、全員が集まってくる。それを見計らって咲が昨日もらった本を見せた。
「これは……?」
新が首を傾げると、咲は「実は」と話し出した。
「おばあちゃんが渡すように言ってきたんだって。昨日は白紙だったんだけど……」
「文字が出てるな」
「うん。手をかざしたら浮き出てきたんだ」
事情を説明すると、「なるほどね……」と義久は考え込んだ。
「ようは、俺達の記録が書かれるってことだよな?」
「うん、そう言うことだと思うよ」
内容的にも、そうだろう。
「すごいじゃんか!」
夏人が身を乗り出す。それを見ていた羽菜が「まぁまぁ、落ち着いてください」と苦笑いを浮かべながら飲み物を置いた。
「羽菜さん」
「また出かけるんですよね?ゆっくりしていってください」
優しく笑って彼女は別の人のところに飲み物を渡しに行った。
「それじゃあ、今度はどこに行く?」
実涼が尋ねると、「ちょっと離れたところに美術館みたいなところがあるよ。多分、あの絵の近くかな?」と月菜がアルターの力で調べながら答えた。どうやら、その美術館の影響であの絵が出現しているらしい。
「じゃあ、今日はそこだな」
「そうだね。リーデルもいい?」
「あぁ、ワガハイはお前達に従うだけだからな」
それならと立ち上がる。そして近くにいた佑夜に「行ってきます」と声をかけて外に出た。
怪盗服になった七人は美術館の前にやってくる。
「……あれ?そこにいるのは……」
新が入り口前にいる青色の髪の男性を見る。その人はこちらに気付き、声をかけてきた。
「お前達もここに来たんだな」
「裕斗さんもここに用事ですか?」
「あぁ。涼恵に言われてな」
相変わらず人使いが荒い、と言いながらも特に気にしてなさそうな裕斗に「ここ、何があるんですか?」と聞いた。
「ここにも閉じ込められている人がいるそうだ。……お前達も助けに来たのだろう?」
「はい、そうですね」
「なら、途中まで一緒に行こう。そちらの方が安心するだろう」
そうして、裕斗も一緒に行くことになった。
エネミーを倒しながらしばらく歩いていると、目の前から歩いてくる人がいた。その人は茶髪で、一瞬捕らわれている人かと思ったのだがそうではないらしい。
その人は新を見て目を見開いた。
「……暁?」
そして、父の名前を呼んだ。
「え、いえ、オレは新で、暁は父の名前ですけど……」
新が戸惑ったように告げると、彼は「……あぁ、なるほどな」と呟く。
「もうそんなに経っていたのか……」
「あの……?」
「そっちの子は……悠の娘か」
全員が戸惑っているとその人は咲を見て、そう言い当てた。驚いていると「あいつの面影かあるからな」と彼は笑う。そしてポケットからイヤリングと手紙を取り出し、
「これをお前の母親に渡してくれないか?」
そう、頼んできた。よく分からないが、知り合いなのだろう。咲が頷くと「ありがとう」と優しく頭を撫でながら笑った。
「それじゃあ、気をつけろよ」
その人はそれだけ言って、その場を去っていく。なんだったのだろうかと思いながら先に進んでいく。
二階に上がったところで、棺に縋りついて泣いている金髪の女性を見つけた。
「失礼、どうして泣いているのですか?」
裕斗が尋ねると、その女性は泣きはらした顔をこちらに向けてきた。
「大事な人を亡くしたんです。この人と将来を誓い合ったのに……」
その女性はなおも泣いていた。よほどこの人のことが大事だったらしい。
「あの、お名前は……」
「……レスバナ……レスバナ・ヒネーテ」
義久が名前を聞くと、「恋人」という言葉が浮かんだ。
「……恋人だったんですか?」
新が尋ねると、「……婚約者だったんです」と悲しげに答えた。
「でも、私を守って……この人は、死んでしまったんです……」
「……そうだったんですね……」
エネミーはただでさえ強い、ほかにも強い敵はあまたといるだろう。そんな中、ここまで生き残っていることの方が奇跡なのだ。
「……お嬢さん、ここは危険ですよ。お気持ちはわかりますが……」
「もう、いいんです。ここで死んでも……」
裕斗が立ち上がらせようと手を差し出すが、彼女は首を横に振った。
夏人は少し考えたが、不意に口を開く。
「レスバナさん、もしあなたがここで死んだとして……それはあなたにとっても、ほかの人にとっても幸せですか?」
「え……?」
「俺は、そうは思わないです。俺は確かに、誰かを失ったことはありません。でも……きっと、婚約者さんはあなたが死ぬことは望んでいないと思います」
いつもはメンバーのムードメーカーである夏人がそんな風に言うとは思わなかった。
夏人は幼い頃から明るく、考えるより先に動いていることが多い。そこが彼のいいところでもあるのだが。
それを聞いたレスバナはうつむいて考え込んだ。
「……あの人は、私のことを守ってくれた……それは……生きていてほしいから……?」
「そうですよ。俺も、婚約者さんがどんな人なのか分からないけど……男の人ならさ、一人で逃げることだって出来たと思うんですよ。でもそうしなかったのはあなたが大事だったからです」
「……そう、なのかな……?」
レスバナは涙をぬぐう。そして立ち上がって、
「……ありがとう、話したら楽になったわ」
悲しさを宿しながらも覚悟を決めたように、笑った。
「俺は二人を涼恵のもとに送り届けてくる」
裕斗の言葉に頷き、レスバナを任せる。
「待って、これ持って行って」
レスバナが夏人に渡してきたのは、音符がついたネックレス。
「男の子に渡すものじゃないけど、おばあちゃんからもらったものなの。役に立てて」
そう言って笑顔を浮かべるレスバナは、憂いのない表情を浮かべていた。
それを見送った七人は進んでいく。
「それにしても……」
実涼が周囲を見渡す。そこら中死体だらけで、何かあったのだと知るには十分すぎた。
実涼は情報屋の関係上、慣れているのだが特に月菜は顔を青くしていた。
「見なくていいよ」
咲が月菜を抱きよせ、目を手でふさぎながら歩く。
(本当に……何があったんだろう……?)
不安になりながらも、広場まで進んでいく。
そこには黒髪の男が立っていた。その男の周りの草木は死に絶えている。この男は何者なのだろう……と冷や汗を流していると、
「……タナトス、か」
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。振り返ると、佑夜に似た青年と愛斗が歩いてきていた。
「慎也さん?それに愛斗さんも……」
咲が呟く。それに「あぁ。嫌な予感がしてな。ここに来たんだ」と慎也が笑いかけた。そして、目の前の男を睨む。
「そいつは命を枯らすんだ。今は草木だけだが、油断すると本当に命を刈り取られるぞ」
その言葉にゾォ……と背筋が凍った。それにタナトスと呼ばれた男はクスクスと笑う。
「贖罪の巫女の手先か。そいつらを守りに来たのか?」
「そうだよ。……君みたいな奴と戦わせるのは危険だって判断したみたい」
「自分は前線に出ないのにか?」
「まさか。涼恵さんはむしろ佑夜と一緒に常に前線で戦ってるよ。見渡せるんだから分かってるでしょ?」
愛斗も睨みつける。普段の軽い雰囲気はなりを潜め、怒気が放たれている。
よく見ると、黒い石があることに気付いた。それを壊せばいいのだろう。
「……あれを壊すなら気を付けて。直接触れたらダメだよ」
愛斗が小さく呟く。そして二人がタナトスに近付き、引き付けてくれた。
七人はアルターを召喚して呪文で攻撃を加えていく。集中していたからか、後ろからビームが放たれそうになっていることに気付かなかった。
「危ない!」
慎也が叫ぶが、間に合いそうになかった。
しかし、夏人が持っていたネックレスが守ってくれたようで当たることはなかった。
「……なるほどな。あの様子だと心配しなくてよさそうだ」
「そうだね、ボク達は目の前の敵があの子達に行かないようにしようか」
それを見ていた二人は再びタナトスの方を見る。そして引き付けていると壊れた音が聞こえてきた。
合流した七人はタナトスに呪文を唱える。
「――新!闇呪文は唱えるな!」
慎也が必死に止める。それを聞いて新はすぐに口をつぐんだ。
「どうしてですか?」
「闇呪文は反射するみたいだ。さすが、死の神様だな」
「光呪文が弱点みたいだね」
「それだったら……」
咲が光呪文を唱える。すると露骨に避けるしぐさをした。それに確信を得たほかの人達は咲の攻撃が当たるように作戦を練る。
「……ベタだけど、ボク達が引き付けて……って感じにする?」
「そうですね……ジョーカーの呪文攻撃が当たらないことにはどうしようもなさそうですし」
愛斗の言葉に義久が頷く。
そうと決まったなら、やることは簡単だ。新が拳銃を使って攻撃し、慎也と愛斗は近付いて剣で追撃し、その後ろから呪文を放つ。
「厄介だな……」
タナトスが呟き、力をため始める。それが危険で、おそらくレスバナが巻き込まれた攻撃だということは容易に理解出来た。
「ジョーカー!」
リーデルが咲に呼び掛けると、彼女は光呪文を唱えた。
タナトスの力と咲の光呪文が相殺し、なんとか被害は抑えられる。どうするかと考えていると、後ろから「祝福の翼」と声が聞こえてきた。それと同時に強力な光呪文が飛んできてタナトスに当たる。
「お、お母さん……?」
「危険そうだったからね。余計なお世話だった?」
「いや、ありがたかった」
そう、悠だ。彼女はどうやら近くを通りかかったらしく、声が聞こえてきたからあわててやってきたようだ。
タナトスは膝をついて悠を睨んでいた。
「世界をこんな風にしていて、無事でいられると思っていないでしょう?」
悠が伝えると、「まったく……嫌な奴と出会っちまったな」とタナトスが呟いた。
「まぁ、贖罪の巫女様やその守護者様と会うよりはマシか……」
「涼恵と佑夜のことか。……まぁどうでもいいさ。とっとと地獄に戻れ」
慎也がそう告げると、タナトスは「フン。……俺が戻ったところで、まだ仲間がいるぞ」と吐き捨てて闇へと消えていった。
それを見届けた後、悠が「大丈夫だった?」と聞いてきた。
「うん。……あ、お母さん」
「どうしたの?」
「これ、男の人から渡されて……」
忘れないうちにと悠に茶髪の男性から受け取ったものを渡すと、「これ……」と目を丸くした。
「……まさか、安村君が……?」
そう呟きながら、手紙を読み始める。みるみるうちに悠の瞳からは涙が流れ始めた。
「よかった……生きていたんだ……」
「お母さん?知り合いだったの?」
「うん。お母さんが高校だった時の、知り合いだよ」
涙を拭いながら、娘の質問に答える。
「……そう、なんだ……」
「ありがとう、咲」
娘の頭を撫でながら、悠はお礼を言った。
一緒に涼恵のところに向かうと、悠は「それじゃあ、私は仕事に行くからね」とすぐに外に出た。それを見送り、食事を取ってそれぞれの部屋に向かう。
悠が少し歩くと、茶髪の青年を見つける。
「……安村君」
そう声をかけると、彼は振り返った。
「……悠。なんで会いに来たんだよ、せっかくお前の娘に預けたってのに」
「会いに来るに決まってるでしょ。……生きててよかった」
悠がまた涙を流すと、安村はその涙を拭う。
「……あいつと結婚したんだろうし、今更だけど。お前のこと、好きだった」
その言葉を聞いて、悠はコクッと頷いた。
「……ありがとう、安村君」




