一章 崩壊する世界
ここは、過去に比べて分かりやすく衰退した東京。……いや、世界中がすべて衰退していると言った方がいいだろうか?
一緒に高校に向かっていた白髪に青い目の少女――雪代 咲と黒髪に灰色の目の少年――雨宮 新が不安げに話していた。
「今日も暗いね……」
「仕方ないよ、なかなか空も晴れないから」
二人はいとこで、親の仲がいい影響で二人も仲良くしていた。高校まで同じで、周囲から「兄妹みたいだ」と言われるほどに。
そんな二人に、茶髪の少女が駆け寄ってくる。
「先輩!おはようございます!」
「おはよう、実涼」
彼女は秋原 実涼。かの有名な「ホープライトラボ」の元所長・森岡 涼恵の孫娘であり、いわゆる社長令嬢で父親である風のように人を助ける仕事をしたいと勉強中らしい。とても明るく、落ち着いている祖母とは違い天真爛漫な少女だ。
「本当に元気だね、うらやましいよ」
「咲先輩は大人しいぐらいが本当にいいですよー」
実涼が笑って答える。実際、咲は大人しいぐらいがちょうどいい。正反対の二人が親友なのは祖父母の代からかかわりがあるからだ。
そこに茶髪に緑色の目の青年――高城 夏人もやってきた。
「三人が一緒なんて珍しいな!いつも実涼は寝坊するのに」
「もう!遅刻しなければいいんですー!」
いつもの、二人のやり取りに新と咲はクスクスと笑った。
そんな平和な日常がたった一日で崩壊するなんて、誰が思っただろうか。
昼休み、四人は先輩で咲と新の親戚の兄である成雲 義久と実涼と同じクラスでいとこの森岡 月菜と一緒に弁当を食べていた。
「それにしても……今のこの世界を見ていると昔の話が嘘みたいだな」
義久が呟く。
祖父や父から聞いた話だと、昔は世界中が栄えていたらしい。未来はもっと便利になるのではなんて言われていたそうだ。
しかし、現実はどうだ。崩壊間近とさえ言われているのだ。……本当に、未来なんてあるのだろうか。最近は、そんな世界を打開するべく優秀な学生を育てる高校が出来たほどだ、かなり厳しい状況なのだろう。
「それに、お前らのじいちゃんとばあちゃんもどっか行ってしまったんだろ?どこ行ったんだろうな」
夏人が咲と新を見る。
「そうなんだよね……どこ行ったんだろ?」
二人は首を傾げる。両親は大丈夫と言っているが、やはり心配なのだ。
その時だった、声が聞こえてきたのは。
『やはり、この世界は壊さなければならぬな……』
その言葉と同時に、異様な空気が漂う。
気付けば、世界がおかしなことになっていた。ほかの学生達もパニックになっている。
「皆さん!学校内に避難してください!」
教師達に言われ、六人も慌てて教室に戻った。
窓の外はもはや元の世界の面影はなかった。
「ど、どうしよう……!」
月菜が不安げに尋ねる。その時、学校に黒髪の男性が入ってきた。
「皆さん、無事ですか!?」
その男性を見た月菜をはじめとする六人は驚く。
「お、おじいちゃん!?」
そう、彼は月菜の祖父の恵漣。どうやら世界がこうなったと同時に彼はすぐに駆け付けたらしい。
「あぁ、本当によかった……皆さん、ついてきてください。避難場所に連れていきます」
そう言って、恵漣は校内にいた人達を案内する。
彼と一緒に、記也も来ていた。彼を追いかけていると六人はふと横を見た。
そこには森が出来ていた。東京の、しかも都市部にこんなものはない。気になってそこに行くと異様な化け物に襲われてしまった。
「ヒッ……!」
小さな悲鳴をあげる実涼と月菜を後ろに庇い、咲と新が来るであろう攻撃を受ける覚悟を決める。
しかしその瞬間、炎と風が飛んできた。
「ちゃんとついていかないとダメでしょ」
「俺達が来なかったらどうするつもりだったの?」
その声は聞いたことがある。風花と義明だ。義明は義久の祖父だ。
「じ、じいちゃん……」
「ここは任せて、お前達は早く避難して」
義明に言われ、六人は慌てて建物の中に入った。
避難場所じゃないからか、物資はなかった。……いや、そもそものども乾いていない。
「ど、どうしよう……」
「とにかく、今はあいつらにバレないように過ごした方がいいと思う……」
夏人の言葉に月菜は「で、でも、飲み物も食べ物もないんだよ?」と不安げに聞いてきた。
「それはオレがどうにかするよ。咲、それでいい?」
「うん。……私もついていくよ、新」
二人がそう言って外に出た。
外は暗く、本当に別世界になっていた。
「……ここって、一体……?」
「分からない……でも、なんか頭がくらくらする……」
咲の言葉に新が「大丈夫?」と首を傾げた。
「大丈夫。……でも、ここはおかしいよ」
そう言った途端、怪物が目の前に現れた。今は二人きり、どうすることも出来ない。
「ど、どうしよう、新……」
逃げようにも、囲まれてしまっている。戸惑っていると、二人の頭に声が響いた。
『この世界は今、混沌に包まれている……』
『あなた達はそのままでいいの?この世界はあなた達にかかっているのよ』
その言葉に二人はハッとなる。
『目の前のやつが憎いか?』
『さぁ、目覚めなさい』
その声とともに、頭の中が割れそうになるほど痛くなる。
二人は顔に触れた。そこにはあるハズのない仮面が張り付いていた。
そのまま、二人は勢いのままはがしてしまう。同時に力が湧いてくるのが分かった。
二人の後ろには、喪服のような服を着た男女がいた。
「来い、タナトス!」
「おいで、ニュクス!」
その言葉とともに、闇呪文が周囲に飛んだ。同時に怪物達が倒れて消えていく。
怪物がいなくなったことを確認し、二人は息を吐いた。そんな二人の前に、マスコットのようなネコが出てくる。
「お前ら、もしかして「トリックスター」か?」
「え、トリックスター?……というより、ネコがしゃべってる!?」
まさかしゃべるとは思っていなかった二人は後ずさりした。それを見てネコはため息をつく。
「……あのお方達に頼まれて来たんだよ。伝言を持ってきたんだ」
「あのお方……?」
「あぁ。……「怪盗」としてこの世界を見て回れ。そして選択しろ、だと」
そう言うと、ネコは新の肩に乗る。
「なんで乗るんだよ」
「ワガハイもお前達について行けって言われてるんだ」
どうやらついていく気満々らしい。仕方ないとそのまま少し探索した。
「それで、オレ達はどうしたらいいんだ?」
ネコに尋ねると、「ワガハイも聞いただけなんだがな」と前置きして、
「どうやら何人か閉じ込められているらしい。その人達を助けながらこの世界の結末を選択することが役目だと」
「どういう意味?」
「それは自分で聞いた方がいいんじゃないか?」
誰に聞けばいいんだ……?と首を傾げるがネコはそれ以上何も言わない。
世界はやはり、どこにも光がない。街灯も、月明かりすらない。それでも明るく見えるのはこの世界がおかしいからかもしれない。
ある程度食べられそうなものと飲み物を持ってきて四人が避難している建物に入った。
「これ、なんとか持ってきたよ」
「ありがとう、二人とも」
「……ところで、お前らのその服装は?それにそのネコ……」
義久が二人にお礼を言うと、夏人が新の肩に乗っているネコを見る。実涼はネコを抱え、月菜と肉球を触る。
「おー、柔らかい」
「ぷにぷに……」
「にゃ、ニャめろ!」
二人にいじられ、ネコはジタバタと暴れていた。
「こらこら、二人ともやめなさい」
咲が止めると、二人は「はーい」と離した。
「ふぅ……ありがとな」
「いいよ。……そういえば、あなた名前は?」
そう言えば聞いていなかったとネコの方を見ると、彼は「あぁ」と思い出したように声を出した。
「そう言えばまだ名乗ってなかったな。ワガハイはリーデルだ」
「いや、それよりもなんで二人はそんな姿しているんだよ?」
夏人に再び聞かれ、咲と新はようやく自分の姿に気付く。
二人とも、怪盗のような服装をしていたのだ。
「……いつの間に」
「さっき、エネミーを倒しただろ?その時力を解放したからその姿になったんだよ」
リーデルがため息をつきながら説明する。
どうやら、この世界はとある神とやらのせいで異世界と融合してしまったらしい。その異世界では先ほどの怪物――エネミーとやらが襲ってくるという。
「それに対抗しうる力がさっきの「アルター」ってやつだ」
「なるほど……」
「……あぁ、そうそう。お前ら……サキとアラタか?」
突然聞かれ、二人は「え、うん」と頷いた。
「ちょっと来い。あのお方達に連れてくるように言われているんだ」
本人だと分かったリーデルは二人を連れて外に出る。
外には青い扉があった。
「ここに入れ」
「え、リーデルは?」
「ワガハイは入れないんだ。使命を果たすまではな」
その使命というのがどういうものなのか分からないが、二人はとにかく入ることにした。
気付けば、エレベーターに乗っていた。机に座っている白い髪の女性と黒い髪の男性がそこにはいた。
二人は咲と新に気が付くと立ち上がった。二人は目元だけの仮面を半分ずつに分けてつけていた。
「ようこそ、ファントムゲートへ。ボクはここの主の代理人のピース」
「同じく、代理人のガーディ。オレ達はお前達の旅の手助けをする者だ」
二人は片目だけの瞳を彼らに向ける。女性の方は青い目、男性の方は灰色の目だ。
「さて……リーデルから聞いただろうが、この世界は異世界に包まれてしまった。今後、どうなるのかは分からない」
「お前達には選択してもらわなければならない。この世界の存続が、再構築かを」
ピースとガーディの言葉に二人は驚きの目を向ける。
「聞こえただろう?「この世界を壊すべきだ」と告げた声を。あいつは神と名乗っているが、ただの悪魔だ。そうだな……仮に「フィクサー」とでも言おうか」
「奴は一部の人間を閉じ込め、お前達に選択を与えている。奥底でお前達を見ながらな」
「……私達、どうしたら……」
咲が目を伏せると、ピースがこう告げた。
「それはお前達が決めなければいけない。ボク達は選択するまで手出しすることは許されていないんだ」
「先ほども言った通り、オレ達はお前達の旅路の手助けをするだけだからな」
「…………」
「そうだな……一つアドバイスだ。閉じ込められた人達を救っていけ。そしたらおのずとお前達の答えが出るはずだ」
そう言うと、エレベーターが止まる音が聞こえた。
「さて、そろそろ時間だな。また来るといい」
ハッと気付くと元の場所に立っていた。足元にはリーデルが二人を見ていた。
「どうだった?」
「……とにかく、世界の危機だってことだけは理解したよ」
リーデルの言葉にこう答えるしかない。実際、よく分からないことが多い。
「そうか」とリーデルは頷き、四人を連れてきた。
「多分、この異常事態のせいだろうな。こいつらも覚醒したらしい」
四人もいつの間にか、怪盗服になっていた。夏人が「まぁ、やるっきゃないって感じだしな」と頬をかく。
「で、でも、私戦えないよ?」
月菜がオロオロとしている。それにリーデルは「お前は情報特化型なんだろうな」と言った。
「たまにいるんだと。サポート型のアルター使いがいるんだって」
「そういえば、アルターって何?」
実涼が首を傾げる。
「アルターはいわば「もう一人の自分」だ。心の中の、抑圧された部分。それを表に出すことで力を得るんだ」
リーデルが説明したその時、後ろから足音が聞こえてきた。
ハッと振り返ると、そこには茶髪の女性と銀髪の男性が怪盗服姿で歩いてきていた。
「君達、大丈夫?……って」
「咲ちゃんに新君?それに実涼……?」
「おばあちゃん!」
彼らは涼恵と佑夜だった。大きな研究者の元所長とその補佐役の一人で、よく可愛がってくれていた。どうやら六人を探しに来たらしい。
二人が避難先に連れていき、彼らの話を聞く。
「……なるほどね。それじゃあ、君達は出かけるんだ」
涼恵が尋ねると、新が「はい」と頷いた。
「分かった。それじゃあ、これを持って行って」
涼恵が渡してきたのはライム色の石がついた腕輪。
「それを持っていたら旅先とここを行き来できるんだ。手当ぐらいならしてあげられるからさ」
「ありがとうございます」
「それから、ボク達はこうやって探索している時はコードネームで呼び合っているんだ。何があるか分からないからさ。涼恵さんが「プリエール」、ボクが「ブレアー」ね」
佑夜が優しく笑いながら伝える。
「コードネーム……」
「うん。まぁ、あまり意味ないかもしれないけどね……」
「まぁまぁ、そうした方が何かあった時に対処できるかもしれないんですから」
二人の言葉を聞きながら、六人は背を向けた。それを見た二人は「気を付けてね」と手を振る。
さぁ、始まるよ。
この世界を「存続する」か「再構築する」かを決める旅の話が。