七章・二 再構築を望む
「この世界は、もうどうしようもないと思う……」
咲が呟く。それに驚いたのは夏人だ。
「きゅ、急に何言ってるんだよ?」
「……だって、人間って変わらないんだよ?存続したところで、意味があると思えない……」
本当は、咲だって認めたくない。でも……どうしても、人が変わるなんて思えなかった。涼恵の過去を見て、話を聞いて、もう無理だと思ってしまった。
「そうかも、しれないけど……」
「……ごめん、私も咲先輩の意見に賛成……」
実涼が目を伏せながら頷いた。
「私、情報屋をやっているからこそ分かるの。人って、簡単に変わらないよ……」
「……話はまとまった?」
涼恵が声をかける。怪盗達は顔を見合わせ、
「……うん。この世界は、再構築した方がいいと思います」
新がそう言い切った。それに涼恵は「……そっか」と寂しげに笑い。
「それなら、その本を貸して」
咲が持っていた本を受け取る。
『我は神に代わり人々を導き守る者。今、彼らの決意、聞き届けたり。我はこの世を再構築することを宣言する。彼らの決意に祝福を与えたまえ』
この世のものとは思えない涼恵の声とともに勝手にページがめくられていき、彼女の周囲は文字で溢れ出た。
その文字は本の中に入っていき、涼恵は本を閉じる。
「蓮、そっちは任せた」
「了解。……ボクも準備しておく」
そしてそれを持ったまま、蓮に指示を出した。
涼恵と佑夜が怪盗達とともに階段を駆け上ったことを見送ると、愛良が蓮に尋ねた。
「……いいのか」
「何が?」
「再構築の件だ」
「あぁ……」
愛良は珍しく不安げだ。それでも、蓮は飄々としていた。
「大丈夫だ。むしろそっちの方が気持ち的にも楽だし」
「……しかし、それだとオレ達は……」
「もう、人間ではいられなくなるだろうね」
そう言うことだろうと蓮は分かっていた。
蓮と涼恵はもともと、神になんてなりたくなかった。しかし、その力ゆえに仕方なくその役目に従事していただけ。
再構築するとなるともう人間には戻れないのだ。
「でも……それでも、あの子達が生きていてくれるならいいよ」
「……そうか」
蓮が決めたことなら、愛良はどこまでもついていくだけだ。それは佑夜も同じだろう。
階段を駆け上がると、そこには黒いローブを着た男――フィクサーが立っていた。
「お前がフィクサーか」
「おー、贖罪の巫女様の方が来たか。お前が俺を倒せるのか?」
「さぁね。そもそもお前を無事に地獄まで帰すつもりないし」
そう言いながら、涼恵は天秤を取り出す。それが傾くと、
「……有罪、だってさ」
ニヤリと、涼恵が笑う。同時に、青い光が怪盗達を包み込んだ。
「……蓮の力か」
「フン、そんなのが何になるって言うんだ?」
「それは自分の身で味わった方がいいよ」
そう言いながら、涼恵の周囲から何かが放たれる。
光呪文でも、万能呪文でもない。それがフィクサーの胸を貫くと、悲鳴が上がった。
「な、何が……?」
「私が持つ「贖罪」の力だよ。……もっとも、君達に必要なのは蓮の「断罪」の力みたいだけどね」
そう言いながら、膝をついているフィクサーを睨む。
「……私の判決は絶対だよ。何人たりとも逃れることは出来ない」
そして、冷たく言い放った。その声は本当に涼恵のものかと思うほど、不気味なものだった。
「みんなはそこでジッとしててくれる?」
佑夜に言われ、怪盗達は動けずにその場にとどまった。
涼恵と佑夜が戦っている間、怪盗達は自身の中に力が湧いてくるのが分かった。
再び、天秤が傾くと同時にフィクサーに攻撃が当たる。佑夜も狐火を放って追撃する。
「――今だ!」
涼恵が叫ぶと、怪盗達の頭には同じ呪文が浮かんだ。
「『ライト・オブ・ホープ』!」
叫んだのは、ほぼ同時だった。
強力な光呪文が、フィクサーを包んだ。それが消えることには、どこにも見当たらない。
「……消滅したか」
佑夜が呟いた言葉で、ようやく終わったと安堵する。
涼恵はそこに佇んでいた球体に触れた。
『今、悪しき者は消え失せたり。今こそ、この地を再構築させたまえ』
涼恵の言葉とともに、ライム色の光が溢れ出す。
そこに蓮と愛良もやってきた。
「早かったな」
「贖罪の天秤があったからな、どうにかなった」
「そうか」
そんな会話をしながら、蓮もその球体に触れる。
すると強い光に包まれて、目を閉じた。