77. 告解
「パトレス・ミカ。あなたに、告解をしてもいいだろうか」
スワドの神を信仰する者は誰であろうと、神の前に――つまり、地上における神の代理人たる教皇に務めを託された聖職者に――己の罪を告白して赦しを乞うことができる。神の恩寵によって、魂の荷を下ろす秘蹟の一つだ。
そして神の名の下にその魂の秘密を聞く聖職者は、決してそれを他へ漏らしたりしてはならない。たとえそれが、どんなに耳を覆いたくなるようなおぞましい秘密であっても。
「王都にいたとき……皆に心配をかけているのはわかっていたんだ。特に、ユールは……。私たちは、子供の頃からの付き合いなんだ。部屋に閉じこもって、顔を合わさないようにしていたときだって、彼がそれをどう思っているかはよくわかっていた。突然切り捨てるようにされて、多分、困惑しただろう。悲しんだだろうし、いくらかは腹を立てただろうが……でも、それでも、私の振る舞いを責めようとは、思いつきもしなかったはずだ」
そういう奴なんだ、と、王子はほろ苦い口調で呟いた。単純で、素直で、馬鹿げたほどに誠実だ。生まれつきの障害のため、王太子にも立てられない王子に対して、誰もが距離を保ちたがったのに、ユールだけは何一つ隔意を抱かなかった。無邪気な子供の頃そのままに、誰に何と忠告されても、変わらず側にいた。
「ユールも、アルも……心から私を心配してくれていたのはわかっていた。だが、あのときの私は、むしろそれが嫌だったんだ。鬱陶しいと、邪魔だと思っていた、何なら憎みさえした――彼らには何もできない、心配なんてしてくれたって、何の意味もないと」
誰にも何もできない。神でさえ、彼の問題を解決することはできない。誰にも彼の身体を治すことはできないし、それを厭う人々を説得することもできない。王国の未来を保証するなどもっとできない。
心配するだけなんて誰にでもできる。欲しいものは、必要なものはそんなものではない。満足な肉体だとか、人々を従わせる力だとか、誰もに認められる有能さだとか、そうしたものが必要なのだ。それだけが役に立つもので、それだけが彼を、この国の全てを救うことができる。それ以外のものはすべて無意味だ、ゴミも同然の、必要のないものだ……。
「――何という愚かしさだ」
静かな口調ではあったが、そこには確かに吐き捨てるような響きがある。シアラン王子はため息をついた。
「どうしてそんなことを思えたんだか、今はもう全くわからない。パトレス・ミカ、あなたの農夫はまだ賢い方だ。彼は農夫の矜持を失っただろうが、少なくとも黄金を守っていたのだから。真の愚か者は、自分が何を守っているのかもわかっていない。自分にさえ価値のないものを後生大事に抱えて、黄金よりも貴重なものを捨てるのだ。この世で最も価値のあるものを」
他人の心を捨てるとき、自分の心を守っている。だがそれは、守りたいと思えるような心だろうか。自分の不幸だけを見て、この世の全てを呪う心を大事にすれば、どうなるのかはわかり切ったことだ。大事な不幸を拾い集めて、善や幸福を放り捨て、世界を呪いで埋め尽くしてしまう。自ら地上に作り出す地獄、そして地獄の旅に終わりはない。
「何故だろう、本当に、そのときは気が付かないんだ。でもそれが結局、私だけの報いで済まなかった。ユールもアルも、それぞれ、私の『役に立つ』ことをしようとしたわけだ。そんなことをする必要はなかったのに……そんなことをさせるべきではなかったのに」
一人は王位を支える『力』を得ようとして。もう一人はその力を『敵』とみなし、滅ぼそうとして。
「私は愚かだった。愚かで、横柄で、傲慢だった。自分の無力を嘆きながら、自分の不幸を呪いながら、その実、彼らの誠実さを踏みにじっていたんだ。私の役に立つのでなければ、そんなものは要らないと……直接そう言ったのでないことだけが、今思えば唯一の救いだが、私の罪に変わりはない。心から、後悔している――心から」
シアラン王子は言葉を終えて、再び沈黙が落ちる。少し間を置いて、ミカは口を開いた。
「神はあなたの罪を許し給うでしょう、この世における他のすべての物事と同じように。あなたの魂もお救い下さる、その真摯な改悛の言葉の故に」
と、まあここまではお約束の台詞だ。告解において、聖職者は神の代理であり、その務めを果たさなくてはならない。一応は重々しくそう告げた後、面白みのない返事にも殊勝な顔をしている王子に、ところで、と話しかける。
「神ならぬ身で恐縮ですが、ついでに私の意見も一つ、付け加えさせてもらってよろしいですか」
「何だろう?」
「あなたは、役に立たないものは要らないと、ユールや王女殿下に直接言わなかったのが救いだと仰いましたが、私の考えでは、それは間違いですよ。むしろ、あなたの犯した最大の過ちです。それに比べれば、ちょっとくらいご自分の不幸に浸ったくらいは、何てことはありません」
人間は、自分で思っているよりもはるかに脆弱な生き物だ。どんなに知恵や意志の力を誇っても、太陽の光を拝まないだけでやる気を削がれたりする。熱くても寒くても働きが悪いし、些細なことにいつまでも気を取られる。
そう考えれば、シアラン王子の境遇は、十分落ち込むに値するものだし、それが悪だということもない。もし自己憐憫が、人にとって害悪でしかないならば、そもそも人の性質として備わってはいないだろう。この世には、どうしてもそれが必要な瞬間があるのだ。毒と薬に、本質的に違いがないのと同じように。
「確かに、世の中には何でも思いついたことをすぐ口に出してしまって問題を起こす輩も多いですが、あなたはそういう性質ではないでしょう。普段、そういう面倒は起こさない方なんだから、ときどきはやったらいいんです。面と向かって、役立たずは要らんと言ってやればよかった。……まあ、アルティラ王女は止めといた方がいいかもしれない、兄君が大好きなようだから、本気で落ち込みかねませんね。しかし幸いなことに、あなたにはまだユールがいます。あいつに何でも言ってやりなさい。あれはそうそうへこたれはしませんよ」
「それは……そんなことはできない。私は間違った考えを抱いて」
「そうです、間違った考えです。でも、私たちの誰もが、決して逃れることのできない類の間違いです。間違いを犯すことを止められないなら、できるのは、早く間違いに気付くことしかない。もしあなたがもう少し自制心を失って、ユールに当たり散らしていたら、きっとあなたはその瞬間に気が付いたでしょう。長く一人で、苦しい思いをする前に」
自分の姿は自分では見えない。必ず鏡に映して見なければならない。自分の心も同じことだ。他人の上に、自分の外に追い出してみないことには、その姿がわからない。
そうして明るいところで見ると、不安や恐怖は大概、滑稽な姿をしていると気が付くのだ。闇夜の中の化け物が、日の光の下では、ただのガラクタの影だったと気が付くように。
「ユールは、あなたを唯一の主だと言いました。あなたの他に王はいないと。私などより、殿下の方がはるかによくご存じでしょうが、彼は骨惜しみしない人間です。あなたのためになら、命を懸ける覚悟がある。命を失うことに比べたら、ちょっと暴言を吐かれるくらい、何てことはないですよ。それであなたが我に返ってくれて、彼が命を懸ける必要がなくなったら、むしろ感謝するんじゃないでしょうか」
まあ、懸けるにしたってどうせ明後日の方向で、何一つ世の中のためになることはしやしないのだ。それならば主人の側にいて、八つ当たりでもされている方がまだ有意義というものだ。
多少の皮肉も込め、ミカが冗談の調子でそう言うと、シアラン王子は微かに表情を緩めたが、しかし真剣な顔で頷いた。
「忠告に感謝する。よく考えてみることにしよう。でも、これ以上ユールにひどいことはしたくないな……もう十分してしまったし、それでも彼は私のために働いてくれたのに」
「いや、真面目か……。言っておきますけど、ユールの奴は今回、実際何の役にも立ってないですよ。役に立つ気はあったんでしょうが……。結局あなたはご自分で全て気付いて、ここまでいらしたわけです。そう言えば、どういうわけで気が変わったんですか? ユールに当たり散らしもせずに」
一度暗闇に囚われた者の心は、そう簡単には動けない。光と闇の境目はほんのわずかでしかないのに、どういうわけか、暗いところから光の下へ出る方が、明るいところから暗いところへ転がり込むより、ずっと骨が折れるものだ。
「ああ、それは手紙が来たから」
「手紙?」




