73. 『奇蹟』
最初、それは光の点に見えた。焼け焦げた黒い木の残骸の、いたるところが小さく輝いている。まるで趣味の悪い細工の置物に、貴婦人の宝飾品がかけられたようだったが、宝石の輝きでないことはすぐにわかった。陽光に輝く光は、やがて新緑になる――枝先から株下にまで、ねじくれた木の至るところに現れた小さな芽は、みるみるうちに成長して若葉を広げる。
目の前の人々の表情と驚きの声を受けて、再び木に向き直ったシアラン王子は、突然の変化に目を見開いた。彼が触れていた枝の切り口からも、瑞々しい若枝が、天を衝く勢いで伸びていく。輝く緑の五枚葉を次々に広げて、上っていったかと思うと、やがてその上昇を止めた。
枝の先端が、力を貯めるように膨らみはじめる。膨らむほどに重くなって、枝は大きくしなって俯いた。王子の顔の前まで下りてきた蕾は、やがて内側から溢れるように開く。汚れない純白、目に鮮やかな光の色。
「奇蹟だ!」
一瞬前まで壁に貼りついていた不吉な影の残骸は、既に見えなくなっていた。新たに成長した若葉が壁一面を覆い、その間に純白の花が次々と咲いていく。きつく張りつめた蕾から、大人の拳ほどもある花が弾けるように開くのだ。ぽんと音を立てないのが不思議なほど、力に満ちている。
「『奇蹟の薔薇』だ。生き返ったんだ!」
「これがそうなのか? こんな花は見たことがない」
「こんなに見る間に伸びる植物なんかあるもんか! 奇蹟だ! 神のお告げだよ」
「王子だ。シアラン王子があの枝に触ったら、たちまちこうなったんだ」
辺りには芳香が漂っている。半分は果実のような爽やかな香り、もう半分は異国の香にも似た、重さの中にどこか刺激的なものが混じる独特の香りで、それが違和感なく絶妙な具合に混じり合っている。折からの風にも負けず、芳香を振りまく花は、人々に更なる美しさを誇示しているかのようだ。
実際、この薔薇がこれほど豪快に、華やかに咲いたことはないだろう。今や白の花弁は、緑の面積の半分近くを占めるほどだ。しばらくは他の見物人同様、ただ息を呑んでその様を見つめていたミカだが、やがてはっと我に返る。
――いや、やりすぎじゃねえの!?
だが、彼が再び目をやったとき、薔薇の側に、もうあの小さな影はなかった。人々の注意が逸れた隙に逃げ出したらしい。あの子供が、機を見るに敏であることは間違いないが、今はそれほど難しいことではなかっただろう。何せ、何が起きるか知っていたミカでさえも、思わず見入ってしまったくらいなのだから。
――確かに、できるだけ派手にやってくれとは言ったけどさ……こんなに一気に成長させたりして、この木、あとで突然枯れたりしないだろうな? それはそれでまずいんだけど……。
とはいえ、のんびり考えている場合ではない。今や人々のどよめきには、興奮と熱狂の響きが混じっている。彼らが兵士の制止を振り切って、目撃した『奇蹟』に殺到しないうちに、ミカは声を張り上げた。
「今ここに、敬虔なるベルリアの地に、神の恩寵は示された! 天の下に主の御名を称えよ」
すると、人々はすぐさまその場に跪いた。教会の礼拝では最後に使われるお決まりの文言だから、スワドの信仰のある民にとってはほとんど条件反射のようなものだ。今、眼前に神の『奇蹟』を目の当たりにして、人々は畏怖に打たれたかのように頭を垂れ、めいめい祈りの言葉を唱える。
群衆の暴走の気配を抑えると、ミカは歩を進めた。この場でただ一人、膝をつくことなく立ったままでいる人に歩み寄ると、今度はミカ自身が彼の前に膝をつく。
「お喜び申し上げます、シアラン王子殿下。我らが尊き主は、御身に祝福を与えられた。かくも華やかな『奇蹟』が、あなたのためになされた――神はあなたとともにおられる」
王子はさすがにまだ呆然とした様子で、急成長した木と目の前の薔薇を見ていた。『奇蹟』の聖性に圧倒されたというよりは、目の前の現象をどう捉えたものか思案するような顔をしていたが、ミカが跪いたのには、急いで言った。
「いや、立ってください、パトレス・ミカ。あなたは聖界の方だ。あなたが膝をつくのは、神と教皇の前でのみではないか」
「私は神意に跪いているのです。神はあなたに恩寵を示された。私が、彼の民たるすべての下僕が、あなたに跪くことをお望みになっておられる。神意こそ、我が教会の仕えるところです」
シアラン王子がはっとした顔をした。ミカがわずかに強調した言葉の意味を、正しく理解したに違いない。彼だけではない、彼の教会が――教皇庁が、彼に神意を認めたということだ。このベルリアを統べる者として。
「シアラン王子万歳!」
突然、群衆の中から声が上がる。誰が発したか見定める間もなく、その響きはこだまするように、次々と別の歓声を誘い出す。
「神の御名において、ベルリアの王よ!」
「主に栄光あれ、ベルリアに栄光あれ!」
「神は我らが王を嘉したもうた! シアラン王に神のご加護を!」
再び湧き上がった熱狂は、今度は押し留めようもないものに思われた。少し離れて立っていたアルティラが、固い表情になって兄の側にくっつく。ミカも素早く立ち上がると、そっと王子に耳打ちする。
「裏口で申し訳ありませんが、そちらの扉から聖堂にお入りください。あなたを称えて血が流れないうちに」
シアラン王子は頷いたが、すぐにはそうしなかった。妹に微笑みかけ、少し離れているように合図をすると、人々の方に向き直って数歩進む。先には嘲笑さえ買ったその歩みを、笑う者はもういない。中には再び跪く者さえあった。
「あなたたちは証人だ」
人々の前に恐れげもなく進み出た王子は、はっきりと通る声でそう言った。彼の声を聞き取ろうと、人々は次々に自分の口を閉ざしていく。
「あなた方は証人だ、この地に神が奇蹟をもたらされたことの。全能なる神はご存じであられる、我らがベルリアは神の栄光を称える地であり、我々はその忠実な民であることを。あなたは最初の証人だが、しかし最後ではない。どうか、今日見たことを忘れず、多くの人に伝えてほしい。このベルリアは神の土地、奇蹟と善の土地であると」
水を打ったように静かな中に、王子の声だけが朗々と響く。人々は皆、息を詰めて、その声を聞いた。
「どのような悪も謀略も不誠実も、この土地の人々を冒すことはできないのだと。今日、神が行った『奇蹟』は、私のためではなく、この地のためだ。この土地に暮らし、神への信仰篤いあなた方のためだ。どうかこの日を忘れないでほしい。そして、神が祝福されたあなた方の善と正義を、私に貸してほしい。この国を奪おうとする悪と不実の手を払い、この国とあなた方の善良な暮らしを守る力を。この聖なる土地ベルリアは、私が父から受け継ぐべく定められた土地だ。私には義務がある、どのような悪にも奪われてはならない。ベルリアに栄光あれ、善き人々に誉れあれ」
「ベルリアに栄光あれ! 我らが王に栄光あれ!」
人々の歓呼は、この数ヶ月、先王の死に端を発する重苦しい雰囲気に沈み込んだベルリアにあって、ついぞ耳にすることのなかった熱意と力に満ちている。王子が身を翻し、その姿が聖堂の扉の向こうに消えてしまっても、歓声はしばらくの間止むことはなかった。




