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24. 偏屈農夫と神罰

 パンと豆のスープ、魚の香草焼きに糖蜜掛けの木の実という食事は、おそらく修道院の昼食としておよそ清貧というものではないだろうが、ミカに異を唱える気持ちは毛頭なかった。畑仕事が彼の全身に久しぶりの刺激を与えてくれたせいか、それとも素直に厨房の責任者を称えるべきか、口にした食べ物はどれも、文句のつけようもなく美味だった。何なら昨夜の、院長とその兄同席の贅を尽くした夕食より更に美味しかった。


 十分に満足したが、しかし一つだけ厨房に頼みを聞いてもらってから、ミカは例の子供を探しに出かけることにした。


 注文をつけがてら覗いてみた厨房の卓は、大の男が寄り集まって座って四人ほどが限界の小さなものだった。これでは、ここで働く者皆が顔を合わせるとは言えない。彼が訪ねたときには、職人らしき男が三人いて、彼の司祭の法衣を恐々と眺めていたが、ミカが子供の行方を知らないかと尋ねると、口々に喋りはじめた。


「ああ、あのチビですか。薬草園にいるんじゃなきゃ、菜園か、果樹園か……川向こうまでは行っていないと思いますよ。あそこはまだ開墾中だから」


「墓かもしれない。ここに爺さんを埋めてやったから、あれでも恩義に感じているのか、ときどき草なんか取ってるから」


「どうかね、あれはそれしか知らん子だからな。愛想もないし、何を考えておるのかわからん、不気味なガキだ。まあ、爺さん譲りといえばそうなんだろう。ロリックも偏屈な男だったから」


 その名は聞いた覚えがある。あの子供を引き取ったという祖父だ。しかしミカがそう言うと、男たちはいくらか座りの悪そうな顔になった。


「まあ、そういうことにはなってますがね。どこまで本当かわからんもんですよ」


「と言うと?」


「あの男は、それは頑固な偏屈者でしたよ。ずっと一人で、あの薬草園の向こうの掘立小屋に住んでた。それが孫なんてね。孫なんてものは、まずは女を引っ張り込んで孕ません限りは、存在しっこありませんよ」


 こら、と一人が窘める。司祭の前では不適切な語彙には違いない、しかしミカはそれについては何も言わず、空いている椅子を引き寄せて男たちと顔を突き合わせた。


 ここが酒場でないのが悔やまれる。すかさず酒でも振舞って、男たちの舌を一層滑らかにできたのに。


「すべて子孫繁栄は、神の御心に適うものです。そのロリックという男は、そういう意味では、立派な神の下僕しもべではなかった」


 酒精の力が借りられない以上、自分でやるしかない。ミカは声を潜めてそう言うと、男たちは一瞬鼻白んだ顔をしたが、すぐに身を乗り出してきた。噂話を楽しむ合図を受け取ったのだ。


「いいや、立派な神の下僕しもべでしたよ。何なら、ここの修道士よりよほど立派に努めていた。別に修道士でもないのに、あの掘立小屋に引きこもってね。たまに町に酒やら何やら買いに来ても、誰とも話もしなかった。修道院に住み込みで働いているから、いつの間にか自分まで修道士になったつもりででもいたんですかね、身の程知らずに」


 ここの修道士よりよほど立派に、と言うからには、ここの修道士の立派でないことを知っているのだろうか、とミカは思ったが、それを質問するのは止めておいた。今、彼らは死んだ同輩について話している。しかしこれが、雇用主たる修道院や修道士の話となれば、途端に口が重くなるに違いない。


「そんな男でしたからね。だから、子供を引き取ったなんて聞いたときには、皆仰天したもんですよ。とてもそんなことをするような人間には見えなかったものだから」


「孫ではないとなると、あの子は何者なんでしょう」


「それがわからんのですよ。何でも、ロリックには遠くに一人、嫁に行った妹がいて、そこの親族の子ではないかって話もあったみたいですが、誰も確かめてはおらんです。結局のところ、やっぱり女がいたんでしょう。で、子供を押し付けて姿をくらました。呪われた子供を産んだから」


「呪われた?」


「だって、口が利けないんですよ。正しい結婚で生まれた子供じゃないからですよ」


 ミカは一瞬、呆気に取られて言葉を失う。どういう意味だ。


「神の法に逆らって、祝福を受けなかったからです。そういう連中には、ああいうおかしな子供ができる。神罰だ」


「馬鹿らしい」


 強い口調でそう言うと、三人の男たちは目を見開いて彼を見つめた。その表情には、およそ気まずそうなところはなく、ただただ驚きだけがある。粗野で、愚鈍で、才知の欠片もない顔、しかし悪意もまたどこにもない。彼らは本気で信じているのだ。


「馬鹿を言うにもほどがある。神罰なんて、そんなものは存在しない。神が人ごときのように誰かを罰するなど、あり得ないことだ。滅多なことを言うと、異端の罪を問われますよ」


 異端の二文字に、男たちはそろって愕然とした様子だった。でも、と一人が慌てて声を上げる。


「神様に従わないのは悪いことだ、悪いことには罰がある。そういうもんでしょう? 教会の司祭様だってそう言ってる」


「では、その司祭の名と教区を教えてください。もし本当にそんなことを言っているのなら、私は教皇庁に報告して、そいつを火炙りにしなくてはならない。あまり気持ちのいい仕事ではありませんが、神の法を捻じ曲げて伝えたからには仕方がない。もちろんあなたにも、証言者として同行してもらう。あなたの申し立てる涜神の罪を、詳しく調べる必要がある」


 男たちは、今やはっきりと顔色を変えていた。お互いにおどおどと視線を交わしたと思うと、古い椅子をがたつかせて立ち上がる。仕事がどうのと口の中でもごもご言うと、素早くその場を立ち去った。


 ――…………。


 その様を眺めやって、ミカは肩を竦めた。いささか後悔がなくもない。これで、口の軽そうな情報源を一つ失ってしまった。あんな風にきつく言い返したりせず、もう少し穏やかに話を進めればよかった……性格的に向いていないので、たとえ先刻のようにカチンと来ていなかったとしても、うまくやれたとは思わないが。


 ――まあ……舌打ちしなかっただけ、我ながら上出来ってもんだな、うん。


 昨夜といい、今といい、やはり反射的な行動というのはろくなことにならない。ミカはその場でしばし反省した。


 とはいえ、昨夜に比べれば、今の不手際ははるかに些細なことだ。どういう言い方であろうと、言うべきことには違いない。


 ――呪われた、か。


 スワドの教理では、もちろん、生まれ持った性質を神罰などとは言わない。神の法は、そもそも背けないものなのだ。この世に存在している以上、誰もがこの理に従って生きている。


 従わない者を罰するという発想は、従わない者がいるという前提に立っている。それは神の絶対性を否定するものであり、決して許されないというのが教皇庁の立場だ。もし本当に教会関係者がそんなことを口にしたなら、即刻異端審問送りになる――そもそも、どこから見ても善良な夫婦に病気を持った子供が生まれ、そうでもない連中のところに元気な子供が捨てるほど生まれるなんてことは、この世のどこでも起こっている。神罰などというものがあるかどうか、考えなくてもわかりそうなものだ。


 しかし実際は、考えなければわからないし、考えようともしない人間の方がはるかに多い。ベルリアは敬虔な国だと聞いているが、その敬虔さがどの程度、正確な教えに根差しているかは疑問の余地がある。この国は大陸の果て、神の教えも文化の流れも途切れがちで、古い偏見と混ざるのだ。


 ――ま、そういうのは宣教担当の仕事だから、俺には関係ねえけど。


 ここには何も、世直しに来たわけではない。然るべき金を回収した上で、変な醜聞が起こるのを防ぐのが彼の任務だ。


 ミカは立ち上がると、厨房を後にして外へ出た。午後の光が、建物内の暗がりに慣れた目に眩しい。


 薬草園に行ってみたが、あの子供の姿はなかった。南の柵の端から小道を伝うと、香草を中心にした菜園に出たが、そこにもいない。


 仕方なく、ミカは再び修道院へと戻るしかなかった。他の畑の場所は知らないから、誰かに訊いてみなければ。








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