プロローグ―遠い夢
「勇敢な騎士は聖剣を振りかざした。」
「その剣は神々の光を帯び、輝いていた。」
「剣の輝きは闇を切り裂き、周囲を黄金色に染めた。」
「騎士は一撃で王国を脅かしていた巨大なドラゴンを討ち倒した。」
「囚われていた姫君はついに解放され、感謝と敬愛の気持ちを抱きながら、救い主のもと
へ駆け寄った。」
「二人は共に城へと戻り、騎士は英雄として称えられた。」
「王国は救われ、騎士と姫君は結婚し、幸せに暮らしました。」
「――」
「終わり。」
繊細な手が本を閉じた。指先が表紙に触れ、優しくタイトルをなぞった後、そっと本を脇に置いた。
少女の目には、切ない憧れと静かな決意が宿っていた。窓辺へと歩み寄った。
その光景はまるで物語の一幕のようだった。どこか寂しげな塔が一人そびえ立つ。塔の最上階の窓辺に少女は立ち、広大な地平線に目を向けて、深くため息をついた。
目の前に広がる景色は息を呑むほど美しく、果てしなく続く丘陵地帯や遠くに見える森が視界いっぱいに広がっていた。空は晴れ渡り、青く、ふわふわとした白い雲が浮かんでいた。少女は窓枠に手を置き、冷たい石の感触を指先に感じながら、自分を閉じ込める世界の外をじっと見つめていた。
心の中で、少女は物語の中の姫君に自分を重ね合わせ、彼女自身の騎士が自分を助けに来るのを待っていると想像していた。目に浮かぶのは、深い悲しみと同時に、青い空に向かって伸ばした両手が、触れることのない何かを掴もうとしていた。
彼女の思いは、これまで読んできた無数の物語へと漂っていく。強く勇敢な騎士が、決然とした目を持ち、塔へ向かって突き進む姿を思い描く。彼はすべての障害を乗り越え、ついに彼女を救うだろう。
そんな夢に浸りながら、少女は立っていた。顔に暖かな陽光を受け、遠くから聞こえる自然の音が彼女の心をほろ苦い切望で満たしていた。少女は目を閉じ、草原の感触、野花の香り、広がる野原で響く笑い声を思い浮かべていた。
少女は手を下ろし、頬を一筋の涙が伝った。
「お願い……」
彼女は空っぽの部屋に向かって囁いた。
「早く来て……」
窓から目を離すと、最後にもう一度だけ空を見上げた。彼女は、いつものように、勇敢な騎士や優しい姫君、の物語を心に留めながら、待ち続けるだろう。
「それまで……」
少女は左胸に手を当て、白いドレスの布地を掴んだ。それはまるで、自分の胸にある切ない感情を掴み取ろうとするかのように。
「ずっと、何年も……君を待っている。」