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終幕

「兄さん……回復に時間がかかるらしいけど。後遺症はなく元の身体に戻れるって」


 大混乱のるつぼとなった選抜戦から一夜明けて、エルネストらはバウムガルデン本家に集結していた。


 寝台にはやつれたスヴェンが眠そうな顔で横たわっている。

 ローベルトに身体を乗っ取られた彼だったが、操っていたローベルトの消滅に伴い、あの後すぐに意識を取り戻したのだ。


 激闘による浸食はあったものの、数日という短期間であったため父親のような身体の腐敗は免れた。


「本当に……なんと礼を言うべきか」


 弱々しい声で話すスヴェンをエルネストは険の取れた童顔で眺めている。

 こちらはソファに座っているが、頭が外れていた。

 外した頭は膝の上に乗せている。

 実のところ、外している方が楽にできるのだった。

 首無騎士デュラハンの身体の構造上、そうなっている。

 怖がられるので、滅多に人前では見せないが。


「まあ、気にするな……バックにいたのが不死王じゃしょうがねえよ。で……こいつの処分はどうするんだ?」


 エルネストはどこか照れたようにほほを掻きながら、ソファの横で縛られているハインリヒを指さす。

 スヴェンを裏切ったものの、選抜戦でエルネストにやられてそのまま拘束されたのだ。

 もはや逃走は不可能と見たのか、抵抗することなくおとなしくしている。


「いや、本当に間抜けな最後っすね。どうしたものか……」


 太々しいまでの面構えでそういう物の、顔の硬直は隠しきれない。

 この場で処刑……という可能性もあるのでは無理からぬことではあるが。


「……極刑、粛清」

「オフェリア……なんで関係のない貴方が要求するんです?」


 楽しそうに真っ黒い魔女が小声で煽り、ロゼに窘められている。

 性格の悪さがにじみ出ていると思いきや、隣のセシリアに怯えているだけだった。

 それこそ氷のような瞳でセシリアはハインリヒを睨みつけている。

 先程の兄の容態を説明した安堵の顔が数秒でこれである。

 正直、エルネストもちょっと怖い。


「セシリア様、落ち着いてくださいよ。親父ベルンハルトから伝令聞いたでしょ……息子とは仲良くして欲しい。それと……俺の息子だということは絶対に漏らさない様に」

「そうすれば、地の底まで落ちた剣聖家のフォローをしてやる……だったっけ」

「そういうことっすね」


 納得しかねるセシリアの顔を見て、エルネストはフォローするように付け加えた。


「相手の弱みを握らなければ、対等なテーブルにはつけないのかよ。昔からあいつは」

「やっぱ大戦の頃からこんな感じっすか、うちの親父は」


 不死王の関与と、剣聖家が取り込まれていた事実が判明し、剣聖家の信用は地に落ちた。

 逆にそれを暴き、「不死王を打倒した英雄」ベルンハルト率いる軍が台頭し、現在では暫定的に政治を行っている。

 今なら剣聖家の廃止も可能な状況で、それはすなわち国の改革も可能だということ。


(息子の事を隠すってことは、自分がロクでもない死に方するって覚悟しているな)


 反対する者を大層恨みを買う方法で排除するだろうベルンハルト。

 国は良くなるのだろうが、その末路を予想すれば今からエルネストは憂うつだった。


「できる限り俺も協力するから、「手加減しろ」とベルンハルトに伝えてくれ」

「優しいっすね……さすがは戦姫様」

「茶化すな……これ以上知り合いが死ぬのは辛い」

「知り合いっていいますか、義兄ですよね?」


 意味の分からない返答にエルネストが首を傾げる。


「違うんですか? ロスヴァイセ様の本当の父親があんたって噂……一時期流行ったんですけど」


 重い空気を混ぜっ返すようにハインリヒが話題を変える。

 しかしその内容にエルネストは不満だった。


「なんだそれは……?」

「言葉通りの意味ですよ。ロスヴァイセ様の父親が政略結婚というのを差し引いても娘に興味がなさ過ぎましたしね。使用人エルネストとの間の子供じゃないかってね」

「25年前に封印されたのに、15歳の娘が居る訳ないだろう」


 ふと見れば、ロゼが興味津々に話を聞いていた。


「……初めはそう思っていたんですけど」

「お、おお……妙に従順だったのはそのせいか」


 25年前に封印されたが、逆に言えば封印期間を正確に知らなければその仮説に至っても不思議ではない。

 なんとも下世話で俗っぽい仮説だが、ゴシップとしては広まりやすいだろう。


「ああ、そう言えば……政略結婚で思い出した。スヴェンとのアレだが……」


 ランドルフに破棄の証文を書いてもらっているはずだ。

 それを言う前にスヴェンが口を開いた。


「婚約は破棄だ……」


 穏やかな口調でそう告げる。


「当然だろう……お前は父上を陥れた罪人だと思っていたからの幽閉だが、それが全て間違いだとすれば捕えておく必要はない。いや本当に済まなかった」


 ロゼの額に青筋が立つ。

 婚約破棄を望んでいた彼女だが、こうも簡単に破棄されるとそれはそれで頭に来るらしい。

 それ以前に人生の大事をあっさり決めていいのだろうか。

 もう二度とスヴェンはロゼと婚姻できない。


 穏やかな顔のスヴェンはしかし、目が死んでいた。

 過度の疲労と体調不良で、なんとか取り繕った外側とは裏腹に内部は荒廃しているようだった。

 まともな判断ができる状況にない。

 にもかかわらず判断を下そうとするのは責任感の強さ故か。

 エルネストは正直、スヴェンの特にダメな部分だと思っていた。


「兄さんのバカ!!」


 セシリアが叫びながらスヴェンに詰め寄る。

 ロゼにやや過保護な彼女は、自身の兄とロゼを結婚させて「ロゼとずっと一緒計画」を立てていたのだ。

 その計画が完膚なきまでに……しかもたった一言で壊されたことに怒り心頭らしい。

 重病人相手に暴力は震えず、軽く掴みかかる程度だったが、その分形相と声音が必死だった。

 しかし恐らく疲れ切っているスヴェンの目と耳は捕えていない。


「あ、長くなりそうだから……二人は外の空気でも吸っていて」

 

 何が基準か分からないが、セシリアへの恐怖が治まったどころか、与しやすしと邪な笑みを浮かべ始めたオフェリアが一時的避難をエルネストとロゼに促す。

 二人は素直に従うことにした。


「ああ、そうそう……アンヘル先生から伝言。「次は勝つ」……だって」


 選抜戦より行方不明となった友人の伝言に、少なくとも表面上エルネストは変化を見せなかった。


*****


 まだ早い時間にも関わらず、学院にはまばらに登校する生徒の姿が見える。

 不死王やら剣聖家の真実やらで混乱しているものの、「もう悲劇は起こらない」の事実が大きかったのだ。

 意識を取り戻したスヴェンが朦朧としながらも各種の手続きを終え、武芸祭以降に実家の意向で停学扱いになっていた生徒の登校も昨晩のうちに許可された。

 親の都合で退学になりかけた生徒が嬉しさから朝一番に登校しているのだ。


「終わりましたね……」


 どこか気が抜けたようにロゼが言う。

 肩の荷が下りたのは彼女も一緒なのだ。

 穏やかな顔は、今のエルネストに似ている。

 偽頭を使わずに本来の顔に戻った彼と並べば、年齢差2年から親子とは呼べないまでも、血縁を勘違いする者がいても不思議ではない。

 もっとも、エルネストはロゼの母親の影武者であって血の繋がりはまるでないのだが。


「最初は本当の父親なんだと思っていました」


 まったりとした時間が過ぎ、ぽつりとロゼが話始める。

 彼女は今、髪を後ろにまとめて両目を晒していた。

 王族特有の翠色の右目、そして不死者を表す朱色の左目。

 彼女の左目がどうして朱色かは分からないが、ベルンハルトの憶測ではロゼが生まれる前からジークルーネ女王は不死王に「目をつけられていた」からだそうだ。


「優しくて頼もしくて、何の利益もないのに助けてくれて」


 ちょっとだけ嬉しくなったエルネストは、しかし素直に喜べずにそっぽを向く。

 身内にストレートに称賛された経験が彼には乏しかった。

 ローベルトは寡黙で、アンヘルはライバル。そしてジークルーネは自分の事で手一杯だったからだ。

 どう反応していいか分からないのだ。


「でも父親って、他に好きな人ができたらいなくなってしまうものでしょう。だからいつからか父親じゃない方がいいかなって」

(いや、それは偏見だろう)


 ロゼは長い時間をかけて視野を広げなきゃダメだ、とエルネストは固く誓う。

 長い長い親からの虐待の時間は、確実に彼女の人生に影を落としていた。

 たかが数か月ではその認識は改まらないのだろう。

 傷は癒えないのだろう。


「俺はいなくなったりしないさ……だからな」


 何か言おうとした訳ではない。

 ただ身内と思っていた人間に裏切られた経験から、口を開かずにはいられなかったのだ。

 皆が皆、裏切るばかりではないと。


 その意図を組んだのか、組まなかったのか。 

 ロゼの顔には決意が浮かんでいた。

 恐怖や苦痛に耐えるものではなく、親愛の情がそこにはあった。


「私と家族の契約を結んでください。貴方はいなくなったりしないと信じています」


 心の中で、傷ついた翼で飛び立とうとする彼女に頭を抱えるエルネスト。

 どこに飛び立とうというのだ。

 そもそも、目的地がどこだか分かっているのか。


 そして何よりも……よもや裏切られた自分が、裏切った彼らと似たような立場になるとは思いもしなかった。


 今ならば認められる。

 自分はジークルーネに愛して欲しかったのだ。

 優しくして欲しかった。

 親に捨てられた傷跡を慰めて欲しかった。

 何よりも、自分だけを特別な目で見て欲しかった。

 

 だがしょせん自分はジークルーネにとって使用人の一人に過ぎず、戦姫と言う死と隣り合わせの職務についても認められることはなかった。

 そして最後は封印。


 裏切られ、捨てられた生涯。

 だがそれはロスヴァイセとて同じではないか。

 自分と同じ道を歩む彼女に同情して何が悪い。

 悲劇は自分だけでたくさんだ。


(もう少しだけ、意地を張ってみるか……)


 自分と同じ道を歩もうとする彼女に、もったいぶったように時間をかけつつ、エルネストはその手を取った。

 彼女は同じ道を歩まない。

 元より自分が、同じ道を歩ませない。

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