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決戦・三

 エルネストは朱色の衣をまとっていた。

 時間にして十数分。

そして交わされた剣戟は既に千を超える。


剣士として一流に達しているエルネストだったが、半世紀にも渡って修練を続けてきたローベルトにはやはり隔絶とした技量の差があったのだ。

わずかな差が身体を傷つけ穿ち、血しぶきを上げていく。

エルネストとてやられっぱなしではない。

果敢に反撃しているのだが、再生能力のあるローベルト相手に有効な手はなく、ただ相手の体力か魔力が尽きるまで粘る絶望的な戦法に固執するのが精一杯だった。


(エルネストめ……まだスヴェンが助かる道を考えているな)


 ローベルトは思案する。

 エルネストは身体を己の血で染め、極限の集中を続けた神経は破裂しかけていた。

 息も荒く、ただその朱色の目だけが辛うじて強い意志を残している。

 もはや敗死は秒読みの段階……身体が疲弊のあまり動作が遅れた瞬間に勝負は決するだろう。

 ましてや制限をかけているようでは……。


 頭を、首を、胸への致命傷を避けている。

 敵を打倒するならば、「最善」とは程遠い。

 未だスヴェンの救済を願うエルネストの剣は迷いに迷っていた。


(だが、最善以外が間違った道とは誰が言った)


 しかしローベルトはそれを愚かとは思っていなかった。

 まるで透き通った湖面がわずかな水や風の流れでいくつもの顔を見せるように、人の手で完成された人工物とはまた違った趣がある。

迷い、惑って進むもまた一つの方法。 

身体制御の極致たる「最善手」の奥義を会得したかつての老人は、自分とは別の極致に届きそうなエルネストに魅せられていた。

自覚があってそうしているのか、自覚がないから到達できそうなのか。


はっきりしているのは、未だローベルトがエルネストを仕留めきれないということ。

再び両者は剣を交える。

振るわれる大剣とそれをいなす長剣。

鉄壁の神剣魔法、そしてそのわずかな壁の隙間を見極めるエルネスト。

ローベルトはまた右腕に裂傷を受けた。


「……ぐっ!!」


 返礼として彼はエルネストの胸を斬りさく。

 肋骨にまで届くほど深々と……だがエルネストは骨の丸みを利用するように大剣を受け流す。

 ローベルトは驚嘆した。

 まったく自分には想像もつかない動き。

 もっと打ち合いたい。

 何年でも、何十年でも。

 剣士としての欲望が脳裏を過るが、ローベルトはそれが心を支配する前に戒めた。

 悲しいかな、自分は大貴族の当主。

 個人の欲望を優先できる立場にはない。


 右腕にヒヤリとした感触を覚える。

 流れ出る血が腕から指に流れてきたのだ。

 再生力が落ち始めている。

 神剣による怪我は不死者の力を想像以上に削ぎ落してるのだ。


(あるいは、力尽きるのはこちらかもしれないな……)


 ローベルトは覚悟を決めた。

 元より侮って相手できる敵ではないのだ。

 ならば己の生命をかけて打倒すべき。

 かつてフランベルジュ家当主と雌雄を決した時に編み出した奥義「レーヴァテイン」

 全ての力を一瞬に放つローベルト生涯において最終奥義。

 放たれた剣魔一体の一撃は閃光のように駆け抜け、相対する者を瞬きの間に焼き尽くす。


 乗ってこい、乗ってこいエルネスト。

 わしに勝つには、この奥義を破り神剣を破壊するしか方法がない。

 そう思え、そして挑んで来い。


*****


 ローベルトの意図を、朦朧とする意識であってもエルネストは正確に認識していた。

 全身を苛む痛みと疲労……自分がもう長くないと嫌が応にも自覚させる。

 ローベルトが全てを知らないのと同時に、エルネストもまた全てを知らない。


 未だ万全の状態に見えるローベルトが勝負を仕掛けてくる。

 なんらかの事情があるのだろうが、ここは千載一遇のチャンスだ。

 レーヴァテインの奥義は元より竜を狩る技であり、人相手には過剰すぎる。

そして強力だがあまりにまっすぐ過ぎるのだ。

その弱点は武器破壊を狙いやすいと言う一点。


 エルネストがローベルトに勝利するには、もはや神剣の破壊を行うしか方法がない。


(乗ってやるか……)


 ちらりと観客席を見れば、ロゼとオフェリアがいつの間にか消えていた。

 逃げたか……自分の劣勢を見れば、それは最善の選択だ。

 その身の安全を最後まで見守りたいが、そうもいかない。


 ……裏切られ続け、それでも意地を張り続けてきた少年。

 今、その意地から解放されたようにその顔から険が取れていた。

 まるで幼い子供のようなその表情。

 ゆっくりと神剣を正眼に構える。


 周囲にはいくつも懐中時計の幻覚。

 身体、そして神剣の最適な瞬間がそこにある。

 それを目指し、それを求め……未だにたどり着けないでいる。


 ローベルトもまた神剣を構えた。

 上段からの斜め振り下ろしの構え。

 まるで戦神の鉄槌のように駆け抜ける刃と聖力は相手を灰へと変える。


 ローベルトが駆けた。

 対するエルネストは神剣を振るい、聖力の流れを作る。

 主流、支流を合わせて数百。

 不死竜の時とは桁違いの質と量。

 本来の頭に戻ったエルネストの技量は、誰かを守らなくてもいい彼の技量は神業の域に達していた。

 振るわれるローベルトの神炎。

 まるで蜘蛛の糸のようにまとわりつき、その力をはぎ取っていく。


 そしてついに二人の全力がぶつかる。

 単純な威力なら数十倍にも及ぶ差がある。

 両断しようとするローベルトとそれを受け流そうとするエルネスト。

 その力が……拮抗する。


「よくぞ、よくぞここまで……」


 ローベルトは掛け値なしの称賛を送った。

 十代の若造が、半世紀にも渡って鍛え続けた自分に対抗できていることに感涙しているようだった。


「ローベルト……!!」

「差し違えるつもりか……。惜しいかな、命をなげうつ「捨て身」では、わしには勝てぬ。惜しい、本当にあと一歩。お前を現世に執着させる誰かがいれば」


 ローベルトがさらに力を籠める。

 聖力が増し、エルネストの神剣にヒビが入る。

 ただ同時にローベルトの剣が斜めに傾いていった。

 受け流される。

 大剣という得物の不利、受け流されてスキを見せればエルネストの致命打が襲う。

 エルネストは自分の最期を悟っていた。

 ローベルト、そしてスヴェンをここで抹殺する。

 

 地獄への道ずれには上等ではないか。

 ついに覚悟を決めたエルネストが残された力をかける。

 だがその返礼はローベルトの切ない笑みであった。


「さらばだ……二人目の息子よ」

「生きている時には言わなかったくせに……殺す間際に言うんじゃねえ、屑野郎!!」


 エルネストの神剣が砕け散る。

 ローベルトの剣はまだ受け流され切ってない。

 強引に角度を戻した大剣がエルネストの首を狙う。

 首無騎士デュラハンであるが、魔力で繋がっている関係上、神剣による首切りは有効。

 それ以前に大分威力が減じていたものの、レーヴァテインの直撃を受けたら頭部と胸部が消し飛ぶ。

 強引な変更の余波でローベルトの左腕が折れたが、彼には些末な事だった。


 大戦時、それ以前の修練時、そして25年間の封印の時、封印が解けた後の連戦を支えた相棒の死。

 だがその死が心を覆いつくしながらも、エルネストは徒手空拳に切り替えて反撃を試みる。

 無駄と知りながらも振るう拳。

 それが……当たった。


「……?」


 薙ぎ払われた大剣が途中で止まっていた。

 情け……?

 違った。


 いくつもの聖力がこもった糸がローベルトの身体と大剣に纏わりついていた。

 糸の先端には短剣。

 彼は必死にそれを振りほどこうとしたが、叶わない。


「浄化……!!」


 どこか涙が入り混じった声が会場に木霊する。

聖力が一気に増す。


「……っ!!」


 ローベルトが膝をついた。

 まるで糸の切れた操り人形のように、その場に倒れる。


「セシリアの奪還が目的だったのか……出し抜かれたわ」


 無念の声を上げるローベルト。

 エルネストは感情のこもらない声で応じた。


「いや、俺もだよ……」


*****


 選抜戦を観戦する席……その中で最も上等な正面の簡易バルコニーにロゼ、セシリア、オフェリアの三人はいた。

 周囲にはうめき声をあげているバウムガルデン家の私兵たち。

 突然のロゼの奇襲に、統率していたアンヘルとハインリヒの不在もあって対応できなかったのだ。


「どうしてここにセシリアが捕まっていると思ったんですか?」


 ローベルトが倒れたのを確認したロゼが、安堵した顔でオフェリアに問いかける。


 セシリアの救出およびそれによる横からのエルネスト援護は既定路線だった。

 ロゼはバウムガルデン本家に突入する気ではあったのだが、その計画をオフェリアが一部修正した。


「ローベルトは奥さんに逃げられている……だから、大事なものは目の届くところに置いている可能性が高い」


 いつもの抑揚のない喋り方だが、顔がやや紅潮している。

 自分の読みが当たって事態が好転したことで興奮しているようだった。


「それよりもいいの……選抜戦、反則負けだよ」


 あからさまな援護に試合はエルネストの負けが決定した。

 同時にロゼの選別戦勝利もまた絶望的。

 しかし彼女は朗らかだった。


「理由を説明すれば、エルネストさんは許してくれますよ」


 若干ずれた解答……。

 オフェリアはそれでも、輝かしい笑顔の友人を嬉しそうに祝福した。

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