決戦・二
「まず、何から語るべきか……。そうだ、お前が暗殺された背景だな」
大剣を振るうローベルト。
その風速が衝撃波となり、エルネストを襲う。
腕力ではない。
風の動きを読んで寄り合わせているのだ。
それはどこか演奏に似ている。
雑多で手前勝手、好き放題に動く空気の流れをかき乱し、一つの方向に収束させる。
支配するのではない。
ほんのちょっと手を加えて、方向を変えるだけ。
それ故に相対する者は動きを読めない。
濁流を、暴風雨を見切れる人間は存在しないのだ。
だがエルネストはなんなく衝撃波を分散させて無効化させる。
服の裾がわずかに切れたが、及第点と言っていいだろう。
対人なら十数人を丸ごと輪切りにする業も、彼には通じない。
「お前はジークルーネの背後に誰かいると思っていたようだが、それは間違いだ。お前が単に彼女に嫌われて殺されかけただけ」
エルネストはなんの反応も見せない。
ローベルトもまた隙を作れるとは思ってはいない。
一撃一撃が必殺でありながら、示し合わせたように両者は捌きながら会話を続ける。
「ベルンハルトの計画では、お前は影武者として戦場に出て王族であるジークルーネもその身を危険に晒しているというアリバイを作る。戦果は必要ない、ただいるだけで良かったのだ」
「……」
「だがお前の拙い演技のせいで早々と正体はバレ、頭を抱えたベルンハルトは次の策を用意した」
互いに互いの動きを読み、次の一手を未来視する。
それは同時に美しいものだった。
撃ち合わされる長剣と大剣が火花を散らす様を会場の生徒は恍惚として見守る。
「お前はジークルーネの腹違いの弟だとしたのだ。彼女の父であるベオウルフの女癖の悪さは知られていたし、実際に認知されていない「兄の」ベルンハルトがいたのだ。それなりに納得されて受け入れられたよ」
神剣を振るいながら、エルネストは顔を顰める。
彼は戦姫の正体が露見していたとは思っていなかったのだ。
ましてや弟扱いされているとは……。
エルネストは本人なりに正体露見を避けようと幹部連中とはできる限り顔を合わせないようにしていた。
それ故に気づかなかったのだ。
だが否があるのは、間違いなく封印と言う名の粛清をしたジークルーネだ。
戦姫と実弟の粛清は彼女の信頼に大きな傷をつけたことだろう。
傍目には使い潰して用済みとして処分したようにしか見えない。
そんな女に誰がついてくるのだろうか。
ジークルーネの王位継承をもっと徹底的に反対しておくのだった。
やはりうちの姫さんは王には向かない。
愚かすぎる。
「その表情は思いあがっている顔だな。お前にも責任がある……戦姫の反対がどれだけ影響力があったのかお前は知らなすぎた」
ローベルトは神剣を発動させる。
神剣スキル「鉄壁」……聖なる結界がローベルトの周囲を囲む。
そして瞬時に散らばった。
同じスキルでスヴェンは防御に使ったが、ローベルトは攻撃にも使う。
文字通り壁のように押し寄せる結界群。
回避は不可能、破壊するしかない。
「お前が戦姫であることは幹部の中では周知のことだった。そして戦後に女王となったジークルーネを支えるのはお前だったのだ。老齢だった俺には時間がなく、ベルンハルトは敵が多かった。お前の反対が彼女の悲願だった女王就任を危うくさせたのだ」
「勝手なことを言うな!!」
壁が次々と壊されていく。
神剣を最大まで稼働させ、同時に奥義「最善手」を行使する。
だがこれがただの牽制でしかないことをエルネストは理解していた。
本命は壁に紛れたローベルトの大剣。
その時、エルネストの目が光る。
荒れうる波が、ほんのわずかな一瞬、底が見えるような。
その刹那の隙間を見極める。
斬りかかったローベルトは瞠目した。
結界ごと斬ろうとしたその右手に深々と裂傷。
辛うじて剣を取り落さなかったが、それでもその顔は驚嘆していた。
だが……。
「仕留めそこなったな……エルネスト」
驚嘆はすぐに終わった。
ローベルトの右腕を黒い霧のようなものが覆いつくし、見る間に怪我を直していく。
その右腕には黒いあざのような物が出てきた。
「お前はジークルーネに家族を見出していたようだが、彼女にとってはどこまでも使用人でしかなかったのだ。口答え一つで使用人を犬の餌にするのが王族だ。そう思えば、彼女は慈悲深い。悲願を反対されても処刑せずに封印などと言う中途半端な罰で済ませたのだからな」
「……」
「奴隷市からお前とアンヘルを買い取った時、家族と話し合って売られたアンヘルは不貞腐れていたが、お前は呆然としていた。欲しかったのだろう……自分を捨てることのない身内が」
どこか懐かしむように、悲しむようにローベルトが言う。
エルネストの回答はシンプルだった。
神剣を突き付け、その言葉を途中で遮ったのだ。
「俺は……そんな弱い男ではないぞ」
ローベルトは笑う。
エルネストにとっては不愉快極まりない笑い方だった。
*****
「……すごい、互角の勝負を」
「いえ……エルネストさんが押されています」
オフェリアの勘違いをロゼが訂正する。
会場は盛り上がっていた。
まるで英雄同士の戦いのような想像を超える激戦。
しかし、チラホラと疑問を浮かべる者もいた。
―――こんなにもスヴェンは強かったのか?
正体不明のエルネストはまだいい。
だがスヴェンを知る者は彼のあまりの強さに本当に本人か訝しんでいた。
その疑惑は徐々に、そして確実に増大していく。
「行きますよ、オフェリア」
「え、どこに……?」
決意を固めたロゼの顔にオフェリアは畏れと、同時に自分も腹をくくらなければならない覚悟を……ただしロゼに比べれば大分弱々しい覚悟を見せた。
「ここにいては私は役に立てない」
そう言うと、ロゼは決闘を背に、どこかへと歩みを進めた。
*****
「よろしいのですか、ベルンハルト様?」
同じころ、会場の片隅で変装したベルンハルトがエルネストとローベルトの決闘を眺めていた。
その必死な目つきには凄みすら感じられる。
だがその口調は相反するかのように冷淡だった。
「負けそうに見えるな……。あの男はまだスヴェンを生かそうと……それならそれでよい、それでも消耗させるぐらいはできるだろう」
「では……第二プランで」
「ああ……消耗したローベルトをエルネストごと吹き飛ばす」
そのあまりの冷徹ぶりに側近が青ざめる。
だが抗議の声を上げることはない。
前任者がどんな末路を迎えたのか知っていたからだ。
「我々には大義がある。そのための犠牲は仕方がないのだ。……エルネストとて覚悟はあろう」
大層な物言いだったが、それはどこか孤独な老人が道ずれを求めるような悲壮な色が混じっていた。




