決戦前夜・四
「歌か……初めて俺を出し抜いたな、あやつは」
正体を気づかれたというのに、当事者のローベルトはどこか誇らしげだった。
子供の人生を奪い取っていながら、その子供に出し抜かれたのはむしろ嬉しいらしい。
微笑むローベルトの傍らでアンヘルが開き直ったかのように補足説明する。
こちらは友人のエルネストを騙しきったことに蔑むかのような笑みを浮かべていた。
「だがエルネストよ、もはやスヴェンの意識は消えて……いや、もはや彼こそが真のスヴェンなのだ。不死者は人のような人格がないが、人の手で指向性を与えることで疑似的に自意識が芽生える。死した魂を召喚して他者に定着させる……今の不死者は「あの世の渡し守」という人の道具なのだよ」
自慢げに語るアンヘルにエルネストは憎悪の視線を込めた。
大戦での仲間の犠牲、己の栄光……その全てが愚弄される事になるからだ。
良くも悪くも彼は25年前から価値が変わっていない。
封印されていたのだから無理からぬことだが。
「アンヘル……そのくらいにしておけ。どうせ説得など不可能だ。エルネストは過去を選び、未来を受け入れないのだ」
「説得など……この男がくたばる様を見るのが今から楽しみですよ」
道行く人々が立ち止まって談笑する三人を訝しめに見始める。
それを察知した三人は会話を早々と切り上げることにした。
その阿吽の呼吸はかつて戦場で背を預けてきた友人ならでは。
だが今はその関係が決定的に変わってしまっている。
「ここでおっぱじめる気か?」
「拙速なのは相変わらずだな……もっとそれに相応しい場を用意しよう」
ローベルトは懐から懐中時計を取り出す。
大陸製のそれは本人曰く「時を操る縁起担ぎ」と称しているが、エルネストは年を取って玩具趣味に走っただけだと知っていた。
「三日後に王宮で「選抜戦」を行う。そこで決着をつけよう……」
「随分と無茶をやるんだな……数か月前倒しでしかもあの王宮でか? 大掃除が必要だぞ」
皮肉を述べるエルネストをローベルトは目線だけで制した。
「俺にはできるんだよ……バウムガルデン家当主である俺には」
「さすがはスヴェン様……ランドルフのような愚物とは違いますな」
アンヘルの冗談めかした追従にエルネストはいっそう眉間の皺を濃くする。
彼ら二人はランドルフの殺害をあっさりと白状したのだ。
「やはり若い身体になると思考もそれに引っ張られるな。俺は今、お前と殺し合いをしたくてしょうがない。組織だって追い詰めればさすがに倒せるだろうが、剣聖家同士で争っている上に後には軍を掌握したベルンハルトとの決戦が控えている。泥沼の長期戦は避けたい」
「互いに利害が一致しているということか……」
「そういうことだな。面倒でなくていいだろう……この身体、よくよく魂に馴染む。今なら、老齢故に出せなかった全力が出せそうだ」
獰猛な笑みを見せるローベルト。
スヴェンでは決して出せなかった覇気がそこにある。
*****
「……どういうことですか?」
「英雄ローベルトがスヴェンの身体を奪って復活した……いや、していただな。ランドルフの身体を乗っ取って」
「それで彼は何を……」
「うちの姫さんを殺したのは奴だ」
うっかり口走ったことをエルネストはすぐに後悔する。
恐る恐るロゼを見るが、彼女の眼には怒りよりも決意が宿っていた。
その事実に少し悲しくなる。
彼女には執着するほど母親の思い出がないのだ。
「今更、どこかに隠れていろとはいいませんよね」
その決意がそのままエルネストに向けられる。
それが妄執だとしても、その強さは母親譲りであった。
「私にお母さまを見ていますね……」
「……聡明な事はいい事ばかりじゃないな」
口調こそ強気だが、目を合わせられないエルネストの敗北だった。
まるで嵐が過ぎ去るのを待つような耐えるような顔に、ロゼの追い打ちはついに訪れなかった。
「いいです……いずれ私を見てもらいます」
拗ねたような言い方にエルネストはなんの反論もできなかった。
*****
「それで他の剣聖家は……」
「一致してエルネストの抹殺を支持しているな……そこまで危険視する男ではないのだが、あやつは」
「それは都合がいいですな……あの男には今度こそ死んでもらいましょう」
含み笑いを漏らすアンヘル……そして彼は真顔になった。
「本来なら奴の身体はオレの新しい身体になるはずだったんですが」
「……騙した事は済まないと思っている」
先程の威風堂々とした姿から一転、気まずそうな顔はどことなくスヴェンの本来の表情に似ていた。
身体の乗っ取りは血縁者だけに限定されるのだ。
しかも血の濃さが影響されるため、血筋にも気を付けなくてはならない。
幸いにも、隔世遺伝なのかスヴェンの適合率は非常に良く、ローベルトの生前の力を十全に発揮できる。
そもそも財産や権力を移行するためには相続人たる実子以外に乗っ取りはあり得ない。
他者は乗っ取りの事実を知らないのだから、そうなってしまうのだ。
逆に言えば血縁でも何でもない他人の乗っ取りは不可能だということでもある。
「いや、なに……お前の助けは必要だったんだが、真実を語ると抜けられてしまうと心配になって」
徐々に小さくなるローベルトの声。
アンヘルは深い深い溜め息を吐いた。
エルネストと同様にローベルトのこういった弱さも知っている彼にとっては驚くようなことではない。
憤懣やるかたないが、許すことにしたのだ。
「む……フランベルジュ家当主が泣きついてきているな。「乗っ取りの直前に不祥事で嫡男が廃嫡の危機なんだがどうすればいいんだ」……だと」
「いつもの思考念波ですか……傍から見るとなかなかいかがわしいものですな」
現在、身体の乗っ取りを行っているのは九剣聖家の当主達9人だった。
うち、本人と嫡男直系を滅ぼされてゲームオーバーになったのは5人。
だがその5人も死亡しているというのに魂だけとなっても成仏せずに思考念波に割り込んでいた。
往生際が悪いとしか言いようがない。
「全ては三日後の選抜戦の後だ……」
「エルネストのような愚物など、さっさと片付けましょう、ローベルト様」




