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決戦前夜・三

 エルネストが待ち合わせ場所の噴水広場で待つこと数分。

 そわそわしながら、ロゼがやってきた。

 駆け足で駆け付けたいのを必死に我慢して競歩で来る様がいじらしい。

 余程、楽しみにしていたのだろう。

 エルネストは何かよく分からないプレッシャーを感じていた。


「遅くなってすみません」

「いや、俺も今来たところだから」


 定番のセリフを交わしながらエルネストはロゼの姿を見る。

 いつもは制服か、バイト先の給仕服かと個性が感じられない服ばかりの彼女だが、今度ばかりはオシャレをしているようだった。

 オレンジ系のセーターに同じく暖色系のバルーンスカート。

 肩からポシェットをかけ、首には簡素なネックレス。

 うっすらと分かるか否かの薄い口紅。


(ええと……メモには。……何も書いていなかったな)

「……すごく。……似合うぞ」

「はい、ありがとうございます!! 頑張ってコーディネイトしました」


 こういった時に扱う語彙がさっぱりないエルネストだが、相手も同じくらいさっぱりなので何の問題もなかった。

 ロゼが恥ずかしそうに髪の先を弄る。

 彼女の髪は胸まで届くほど長く、王族特有の銀髪が朝日でキラキラと光る。

 左側だけ髪留めで止めているのを見てエルネストは訝しんだ。


 彼女はオッドアイだ。

 右目は王族特有の翠眼だが、左目は不死者を示す朱色。

 建国以来不死者と戦い続けてきた歴史を見れば朱色の眼は蔑まれて当然だ。

 だから彼女は学院で常に髪で左目を隠している。

 しかし今回は髪留めで調整して微妙に朱眼をチラつかせていた。


(服屋は止めておくか……)


 せっかく自分で服を選んだのにそれを覆すのは気の毒だ。

 前を行くロゼに気づかれないようにエルネストはメモの続きを見る。

 服屋の次は装飾や雑貨など買い物系がメイン。

 というか、ほぼ買い物系だ。


(物で釣れってことか? そう言えばローベルト様も十年以上年下のイルメラ様にも不器用で物でしか愛情を伝えられなかったな。それじゃあ満たされなくて別居の理由の一つになったんだけど)


 悲しき老婆かな……と自分がロゼの情報を全くと言っていいほど伝えていないことを棚に上げてエルネストはメモを最後まで読まずにしまう。

 ここは独自行動にするとするか。


「とりあえず歩くか……」

「はい!!」


*****


 なんとなし二人は街中を歩いていく。

 その間、ロゼは喋りっぱなしだった。


 先日のフランベルジュ戦の事を本人なりに詳細に説明する。

 やたらと擬音が目立つ、ズドンとかズガーンとかズガガーンとか。

 大げさに手を振り回しているのもあって、良く分からないが格闘戦で仕留めたのだとエルネストは解釈した。

 彼女の頬はうっすらと紅潮し、その目は活気に満ちている。

 15という年齢にしては幼い表情だが、もしかするとこれが本来の姿なのかもしれない。

 エルネストは相槌代わりに時たま頭を撫でる。

 いつもは迎撃されるのだが、今回は目を細めて嬉しそうに受け入れた。


「ゴホッ、ゴホッ」


 数時間ほどしゃべり続けた所で、ロゼが咳き込み始める。

 ついに喉が枯れたようだった。

 涙目で何事かと訴えてくる。

 どうやらまだ喋り足りない様子。


「少し早いが、昼食にするか?」


 ロゼは首が捥げるのでは心配するほどな勢いでコクコクと頷いた。


*****


(うん……まだ喋るんだな)


 時刻は夕方近く。

 オープンテラスの喫茶店に入ったのち、多めのチップをロゼにバレない様に渡したおかげで見晴らしのいい特等席を用意してもらった二人は、穏やかな陽光と涼しい風を浴びながら数時間を過ごした。


 基本的にロゼが喋って、エルネストが聞きながら時折頭を撫でる。

 その繰り返しで数時間を過ごした。

 周囲の微笑ましい物を見るような視線をエルネストは刺さるように感じていたが、ロゼは気づいていないようだった。


「……ちょっと、外の空気を吸ってきますね」


 どこか恥ずかしそうに呟き、ロゼが席を立つ。

 何事かとエルネストは考えたが、すぐに得心する。


(紅茶……十二杯目だもんな)


 サンドイッチなどの軽食と紅茶だけで、何時間も特等席で粘るとは営業妨害に近い。

 エルネストは店員を呼んで茶葉などを大量に購入する。

 店員は満足そうに「ごゆっくり」とご満悦で応えた。


(結局、イルメラの指示を全て無視した結果になったな。さて当初の予定はどうなっていたんだか。どでかい熊のぬいぐるみでもプレゼントするのかな?)


 エルネストはメモの最後まで読み……そして凍り付く。


―――これだけ店を回ればロスヴァイセお嬢ちゃんの好みも見えてくるだろう、次のデートに活かせ

―――もし仮に、急にやってきて明日のデートとかで散々苦労させた挙句、私の指示を無視するような事をしたらタダじゃおかないからね


(やべ……)


 今更になってエルネストは事態の深刻さに気付いた。

 しかも完全に自分が悪い状況で弁明のしようもない。

 長々とキツいお説教が待ち構えていると思うと、顔が青ざめようという物だ。


「お待たせしました……」


 ハンカチで手をふきながらロゼが帰ってくる。

 

「そろそろ出ようか……行きたいところがあるんだ」

「それは楽しみですね」


 内心の動揺を悟らせられないよう細心の注意を払いつつエルネストは喫茶店を後にした。


*****


「ここはヴィオレット通り……通称・恋人通りです。あちらに見えます抱き合う像を見てください。かの英雄ローベルト様とその奥方であるイルメラ様をイメージした銅像です。永遠の愛を象徴しています」


 学園で言えば中等部くらいの年齢の少年がよどみなく口上を読み上げる。

 その年でいっぱしの観光案内人の風格さえあり、立派なものだ。

 小さく「姉ちゃん、全然計画と違うじゃねえか」とつぶやかなければ完璧だった。


(永遠の愛……? 離婚してんじゃん……ああ、そうか書類上は離婚してないのか、そして公式上は妻の逃亡じゃなくて危険を避けるためにあえて別居させた扱いなのか)


 周囲には恋人と思わしき男女の組が数多く、銅像を見てうっとりと愛らしい顔を見せていた。

 きっと自分たちも仲睦まじく添い遂げられるように誓いを立てているのかもしれない。

 しかし残念ながら彼らは誓う相手を間違えている。


御利益ごりやくは無さそうだな……)


 心の中でげんなりしつつ、傍らのロゼを見れば彼女の眼は輝いていた。

 エルネストにはよく理解できないが、彼女の琴線にこの場所は大いに触れたらしい。


「恋人さん達ですか……あの銅像の前で誓って見ませんか?」

「いえいえ、私なんてエルネストさんにはとても……」


 ロゼの色白の肌が朱色に染まる。

 両手で自身の身体を抱きしめて恥じらう。

 一見否定しているようだが、チラチラとこちらを伺うさまがその答えを明確に示していた。

 エルネストは苦笑する。

 最初に会ったときと比べて彼女はどうやら甘えることを覚え始めたようだ。

 警戒心丸出しで殻にこもった状態に比べれば余程健全な姿だ。


「ここはこういう場だ……フリだけでもしてみないか?」


 務めて優しく問いかけるとロゼはゆっくりと頷いた。


「決まりましたね……ではここで祝福の歌を。作詞作曲は永遠の夫婦の息子ランドルフ・フォン・バウムガルデン様です」

(ランドルフかよ……意外。……でもないか、頼まれたのか?)


 離婚夫婦の像に女癖が悪い息子の祝福。

 祝福どころか呪いがかかりそうな組み合わせにもはやエルネストは思考を放棄した。

 

「ララン……」


 そして歌われる甘ったるい歌。

 愛を、抱きしめて、口づけを……。

 その歌詞がエルネストの耳に入った瞬間……その意味が反転する。


―――母さんタスケテくれ

―――身体、ノットリ

―――敵ハ


 大戦時エルネストが戦姫を演じていたころ。

ランドルフの強い求めで暗号文で日記を交換していたことがある。

 まるで恋文のような内容にエルネストは書くのが恥ずかしかったのを思い出した。


 暗号文を知っているのは考案したランドルフ、そしてエルネストと彼に伝えられたジークルーネ、そして……暗号文の真の考案者である母親のイメルダ。

 

 エルネストは動揺を抑えきれなかった。

 偽頭の制御が外れ、顔が無表情になる。


「エルネストさん……?」


 ロゼの心配そうな声にも対応できない。

 その時、石造りの路面を歩く音が響く。


「どうしてお前は、戦闘以外ではちょこちょこ計画を台無しにするような行動に出るのだ。おかげで半日探し回る羽目になったぞ」


 現れたのはアンヘル・ロイスナー。

 エルネストの大戦どころか物心ついたころからの友人だった。

 そして彼の後ろからもう一人の人物がやってくる。


「まあ、いいじゃないか……彼らしくて」


 背筋を伸ばして歩く様はいつも通り。

 だがまとっている威風がまるで違っていた。

 オーラと言うべきか、彼に従えばなんの問題もないと無条件に思ってしまう。

 言語化できない何かを彼は持っていた。

 貴公子という言葉がこれほど似合っている人間はそうはいないだろう。


 彼はゆっくりと婚約者であるロゼではなく、エルネストに近づく。

 だがエルネストは空間魔法を使用して収納している神剣を取り出した。

 一刀間合いの距離よりわずかに外で声を出す。


「こんな形で再会しなくなかったよ、ローベルト様」


 スヴェンの顔をした何者かはどこか懐かしそうな顔で、致命的な秘密の暴露を正面から受け止めた。

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