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招かれざる者・三

(乱れているな……)


 校内になんなく入り込んだエルネストは、生徒らのだらけた空気にため息をついた。

 大騒ぎしている輩はまだいい、だが下着が見えるくらいに露出度が高い女子生徒はなんなのか。

 胸を強調した服を着て、男子生徒に寄りかかる。

男子生徒もまた、鼻の下を伸ばして肩に手を置いていた。

 恋人同士でイチャつく者も見れば、明らかに貴族出身者と思わしき仕立てのいい服を着た男子が、使用人風の女子に囲まれている。


 腐れかけの果実のような退廃した雰囲気は風紀という物を根底から冒涜していた。

 正直、うらやましい……と言うのが偽らざるエルネストの感想であった。

 と言うのも、父親があんなだったせいか、恋愛は元より性的な事柄に異様に潔癖だったジークルーネの傘下の彼は、そういったことに大きな制約を科せられたのだ。

 幾度となく、潰されたチャンス……涙を抱えて逢瀬を諦めた。

もっとも、エルネストは女にモテるかモテないかで言えば、明らかにモテない部類に入り、元々チャンスなどなかった。


 今現在、エルネストは両手に屋台で貰った食料を抱えて、「コロシアム」に来ていた。

 屋台の方はよほど後ろ暗い理由があるのか、風紀委員を騙るエルネストが周囲をウロウロすると、なんやかんや差し入れてくれた。

 勿論タダであり、半ば恐喝に近いものであったが、エルネストは勝手にくれたのだから俺は悪くないと、自己弁護に終始している。

 「親衛隊」の威光を利用し、大戦時も同じことを行ってジークルーネに大目玉を食らったのだが、彼はまったく反省してはいなかった。


 とまれ……コロセウムとは簡易的に作られた試合場であり、そこで生徒が剣闘士のように戦い、それを観客が勝敗でギャンブルするという……一応は出し物であった。

 さすがに武器は木刀などの怪我しない武器だったが、これでは私闘と変わらない。

 学区内での勝手な戦闘は当然のごとく禁止されていたが、どうも教師および風紀委員の制止よりも九つの剣聖家……通称・九剣聖を中心とした貴族出身の生徒の意見の方が強いためか、強行されたようであった。


(ま、しょせんは学生レベル……親衛隊の連中に比べれば児戯みたいなものか)


 即席の観客席……風紀委員特権でエルネストは良席を確保し観戦していた。

生徒同士が争い、観客が白熱しているが、エルネストはやや白けている。

弱すぎて賭ける気にもならない、心中で嘯く……断じて懐が寒いから賭けにでない訳ではない。


皆が試合に熱中し、朱色の目をした少年に目をやる人間はいない。

よくよく見れば、首筋のあたりが水面のように波打ち、浮かび上がるように出現した一対の目が試合を凝視していることにも……。

ぼんやりとした顔の方の目とは違い、首筋のそれは同じ朱色ながら、生々しい意志が感じ取れた。


「ふふふ……風紀委員さん、絶対に儲かる試合を教えてあげましょうか?」


 何試合目か……貰った食料を食い尽くしたところで、背後から声がする。

 振り向くと、ワカメのようにウェーブがかかった黒髪を肩まで伸ばした女子生徒がいた。

 周囲の生徒とは違って制服をきちっと着こなしているが、服自体が真っ黒に染められている。

 どんよりとした黒目と陰気そうな笑みが印象的で、どことなく湿っぽそうな少女だった。

 

「次の試合……銀髪の少女はあんまり知られていない方ですけど、すごく強くて……賭ける人間は少ないけど必ず勝ちます、つまりは大穴」

「銀髪……王族出身者か?」

「そう……母親が王族で、父親が上級貴族」


 ヴェルダンディア王家の人間は三女神の眷属と同時に血筋でもあり、その血が濃い者は銀髪、そして翠眼を持つ。

 銀は泉を、翠は聖樹を意味しているとするが、本当の所は分からない。


「ほら、あの子です……」


 女子生徒が指差す方向に、控室扱いの長椅子に座っている小柄な少女を指さす。

 奇縁とも言うべき……エルネストが通学路で見かけた少女だった。


 あの時より若干距離が近いせいか、あるいは首筋の目の精度が高いせいか、表情まで今度は良く見える。

 予想していたよりも美しい少女だった。

 腰まで伸ばした流れるような銀髪、物憂げな表情だが色素が薄く、うっすらと赤らんだ頬が健康的な可愛さを生じさせる。

 美人と言うには幼すぎる、人形のように床の間に飾りたくなるような可憐なものだった。

 左目を髪で隠し、そして制服が黒と灰色、そして白のラインと……彩色がよろしくないのがやや気になったが、それ以上にエルネストの関心を惹いたのは、あまりに彼女に似ていたことだった。


(本当に娘かもしれないな……)


 その息遣い、座る姿勢……容姿だけでなく仕草がジークルーネに酷似していた。

 エルネストが封印されて25年……王侯貴族ならば、血筋を残すことは半ば義務である。

 子供の2,3人いても不思議ではない。

 では父親は誰なのだろうか……。


 一番に名前が挙がったのは、エルネスト謀殺未遂の協力者でもあったランドルフ・フォン・バウムガルデン。

 彼はジークルーネに好意を抱いており、側近のエルネストに絡んでくることが多々あった。


(面倒くさい女だから、考え直せって言ったんだけどな)


 昔を思い出し、エルンストは苦笑する。

 ジークルーネとは幼馴染……没落王族であったため、主人と使用人の格差があまりなく半ば家族同然に過ごしたせいか、エルネストは彼女の性格に熟知していた。


 意地っ張りで癇癪持ちの彼女のクセの強い性格はよくよく知っている。

 彼女と結婚した者には、殺伐とした家庭がプレゼントされるであろうことも予測でき、聖者のような夫でなければ務まらないだろうとかなり失礼なことも考えていた。

 とはいえ警告はした……それでも仮にランドルフがジークルーネと結婚したのならば、それは自業自得と言うことだ。

 責任を取って生涯を共に生きろと彼には告げるだろう。


(うちの姫さんも母親か、時が過ぎるのは早いもので……ま、全部今のところは憶測だけどな)


 親戚のおじちゃんのような心境になるエルネスト。

 知人の子供かもしれないと思うと、どうも賭けの対象にしづらい。

 しばし考えた末に、女子生徒のせっかくの申し出は断ることにした。


「あの子で賭けをしたことがバレたら、後で怒られちまうよ……悪いがパスで」

「……あの子の知り合いですか?」

「ちょっとね……」


 ぞんざいに手を振って拒否の姿勢を告げると、女子生徒は特にこだわることなく引き下がった。

 足音が徐々に遠ざかっていく。


「しかし、王族が剣闘士まがいで賞金稼ぎか……遊びか、あるいは何かの陰謀か?」


 冗談めかしてエルネストは一人ごちる。

 時間が来たのか、少女が演台に歩いていく。


 背筋を伸ばし、歩く姿は無駄な力を抜いた緩いもの。

 対して相手は大柄な男子生徒だが、緊張のせいか、体に硬直が見える、あれでは実力を十分には発揮できまい。

 

 司会者が口上を述べる。

 どちらも偽名であり、本名は分からないが……体格の関係か、男子生徒に賭ける者が多い。

 その中で、ちらほらと少女に大金を賭ける者もいた……件の女子生徒に内情を教えてもらった人間だろう。

 周りの人間が正気かと、目を剥いているのが見える。


 試合後にはその驚愕が別の意味になるのだろうが、問題は胴元の判断だ。

 客が勝ちすぎると判断すると、対戦相手をいじって勝敗を変えることなど珍しくはない。

 偽名を使わせるのはそういった意味もある。

 少女が予想に反して勝ち、大穴狙いの客が大勝ちすれば、今度は少女が絶対に勝てない相手を選抜してその客を大損させる。

 誰が一番損をするか……そんなものは惨敗させられる少女に決まっている。


(何かの好だ……いざとなったら助けてやるか)


 風紀委員特権で武器を持っているエルネスト。

 だが彼の本当の武器はまだ晒していない。

 

 彼の胸あたりが一瞬、乱された水面のように波打つ。

 そして突き出るように出現したのは白木はくぼくの柄だった。


 それは三女神が眷属たる人間に下賜した聖なる武器。

 不死者に滅びを齎すことができるそれは「神剣」と呼ばれる神の剣だった。

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