表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/57

決戦前夜・一

「と言う訳で軍の中枢はベルンハルトに牛耳られていて、俺は奴と手を結ばざるを得ないことになった訳だ」

「そんな重要情報を私に教えていいのかね? 信頼していることは嬉しいけどね」


 軍との同盟交渉および、フランベルジュ家との戦いより数日……。

 エルネストはローベルトの妻(書類上は離婚していない)、イルメラの下へ赴いていた。

 決戦は近しとその肌で感じているのは、アンヘル同様大戦を潜り抜けた猛者の直感だ。

 既にバウムガルデンに「施された」資金も引き出せるだけ引き出している。

 総額五千万の内、二割の一千万を引き出した段階で良く分からない理由で止められた。

 その事実もアンヘルやランドルフに伝わっていることだろう。


「親友と殺し合うのか?」

「ああ……別に殺伐とした理由じゃないぜ。利害がかち合えば争うし、その過程で傷つこうが死のうが恨みっこなし。そういう関係だ……怨恨も何もない」


 そっけなくいうエルネストにイルメラは呆れた顔をする。

 相変わらずの野蛮な突撃バカ……との軽口は余さず彼の耳に入っていた。


「で……俺が奴らと一戦交える間にロゼを保護していて欲しいんだ。正直、ロゼは足手まといだ」

「本人の前ではとても言えない話だね……で、彼女の今後をどう考えているんだ?」


 自然と問いかけるイルメラに俺は保護者じゃないと手を振るが、一応は考えていた。


「本人の意向次第だが……王宮があの状態じゃ、王族の地位は捨てるのは既定路線。剣聖家はバウムガルデン含めて信用できない。軍も正直あの有様じゃなあ……ベルンハルトも姪に配慮するとは思えないし」

「と言うことは……復興が進んでいない南部にでも逃亡するかい?」

「最終手段はそれだな……とはいえ本当に最終手段だ。そういう希望がない人間を水もロクに入手できない荒れ地に連れ出すのはちょっとな」


 頭を抱えるエルネストにイルメラは感心しているようだった。 

 しかしエルネスト本人はそれに気づかない。

 そして彼女も気づかせる気はなかった。


「いいんじゃないか……忠臣エルネスト・シュタイナー」

「揶揄わないでください……で、決着をつける間ロゼを預かってほしいんだが」

「死にかけの老婆にちと重いけど、分かったよ」


 イルメラはお茶を一口飲んだ。

 妙な沈黙が続く。

 彼女が首を傾げたところで重々しくエルネストは切り出した。


「で……話は変わるんだけどよ。数日前のフランベルジュ家を撃退したあたりからロゼが妙にそわそわしているんだよ。何かを期待しているようなそんな感じ。経験的に小さい子供がご褒美を待つような態度に非常に似ているんだけど……普通に褒めるだけでいいと思うか?」

「朴念仁のあんたにしては上出来な洞察じゃないか……そう思うんだったらどこかに遊びに連れて行けばいいんじゃないかい」

「だったらアドバイスをお願いしたい。ご飯にでも誘おうかと思ったんだけどそれ以外のプランが何も思いつかない」

「……まあ、あんたならそれが限界だろうね」


 イルメラが顎に手をやって考えこむ。


「しかしなんでロゼは俺にここまで懐くんだ? 初めから妙に好意的だったが」

「戦姫様に憧れているんじゃないのかい? 実のところ暴れるだけで戦果は大したことはなかったそうだけど、そんなことは当事者しか知らないし」

「俺は別に戦姫じゃないし……」

「まさかあんた、隠しきっていたと本気で思っている訳ではないよね」

「……? 一応は疑い程度で済んだはずだぜ。俺が姫さんの武力担当だって言うのを明確に知っているのはローベルト様とベルンハルトと姫さんの三人だけだ」

「……そういうことにしておくかね」


*****


「デートプランを立てるのはいいけど、私はジークルーネの娘の事を伝聞でしか知らないんだ。趣味とか好みとか、ジークルーネなら演奏会とか社交会とか王族らしい事をすれば喜ぶけど……」

「音楽なんか分からないし、社交会は嫌な思いでしかないはずだったけどな、うちの姫さんは」

「王族として扱って欲しかったんだよ、幼少期に家が没落していくのを目のあたりにして随分と裏切られたから……話がそれたね、今は母親じゃなくて娘の方だよ。娘の好み」

「さっぱり分からないな」

「ダメだこりゃ……せめて感覚が上流階級向きか市井向きかくらいは分かるだろう?」

「……」


 エルネストはロゼが寮生活、バイト生活の事を話した。

 ついでに親からの援助を切られている現状も。

 さすがに母親であるジークルーネ女王の死亡の可能性は伏せた。


「完全に市井に落ち着いた感じかね」

「まあな……俺は初め上流階級への復帰を考えていたが、多分今から準備しても無理。そもそも性格からしてロゼは権謀には向かない。幸いにも母親と違って王族への矜持とかは全くないからこのまま静かに一市民として生きていくのに障害はない。これは教育が大きいだろうな……本来王族として教育するはずの両親が無関心、王族として良かったことは微塵もないでは王族として自覚を持つことは不可能だろう」


 エルネストがしみじみと語る。

 25年前にも同じような流れがあったのだ。

 女王就任を喜ぶジークルーネとそれに反対するエルネスト。

 性格、能力共に国のトップに立つには無理だ、そんなものはベルンハルトのような腹黒に任せておけばいい。

 そうキツく讒言したのだ。

 身内で反対派は少なくとも表向きはエルネストだけだった。


「まあそれなら普通の15歳の少女が喜ぶプランを検討するよ……で、予算は?」

「普通で頼む、あんまり金をかけると委縮するだろうから……まったくそれでも王女かよ。うちの姫さんはどういう教育をしたんだか」

「完全に放置されていたとか。まるで母親の人生を同じように歩んでいるようだね。親の失態で王族の血が呪いのようになっている。繰り返す負の連鎖……断ち切ってあげてはどうかな? できるのは多分あんただけだよ」


 冗談めかして言うイルメラ。

 だがエルネストはあくまで険しい顔だった。


*****


「お前のことを親友だったと思っていたのに……」

「そう思っていたのはお人好しのエルネストだけだ」


 同刻、バウムガルデン本家にて当主ランドルフが拘束されていた。

 拘束したのはアンヘル。

 本来なら側近中の側近だ、大戦中の戦友でもあった。


「私に何をした……目を閉じて目を開けると何か月も過ぎている。そうだ、あの時からだ、父上ローベルトが引退を述べるために王宮に向かったじゅ、十年前だったか」


 ランドルフはその顔に動揺を浮かべ、今にも泣き叫びかねない醜態をさらしている。

 エルネストらと三人で会食した時の威厳ある姿はどこにもない。

 真実を言えばこの姿が素なのだった。

 偉大な父親を超えるどころか、その融通無碍の遺産を食いつぶして辛うじて家を保てる程度の能力。

 だがそれに対する罰はあまりに過酷だった。

 彼は十年前よりその身体を奪われていた。

 時折、身体の主導権を取り戻す時があるがその時の絶望。


「見苦しいな、ランドルフ……お前はもうただの器なのだ。自分の意志など持つことなどおこがましいと思わないのか?」

「不死者の技術を使って肉体の乗っ取りを画策したか……もう私は死ぬ、身体が腐って死ぬ。次は誰を犠牲にする? 私の子供に何かするつもりか!!」


 微妙に不自然な会話の応酬。

 それができるだけ情報を得ようとする必死の努力だとアンヘルは見抜いていた。

 その泥沼をのた打ち回る無為な行為に憐憫を浮かべる。


「まったく、あの時ロスヴァイセが「薬」をこいつに飲ませなければローベルト様は完全復活したというのに……親子共々ロクなことをしない。……魂の移行時が羽化する蝶のように脆弱な状態だとはあの時は知らなかったがな」


 アンヘルは机に無造作に置かれた手紙の束をパラパラと床に落とす。

 床に落ちる前にまるで元からそうであったかのように細切れになるのはいっそ幻想的とさえ言えた。

 アンヘルはナイフを振り回している。

 決して素早い訳ではなく、むしろ水中を泳ぐ白魚のように優雅でさえあった。

 最善の動きで切断しているのだ。

 その動きをランドルフは決して捉えられない。


「親としての義務を果たそうとした事だけは認めてやる。このジークルーネを凌辱しただの妄想文……これをエルネストに見てもらって殺して貰いたかったのだろう」

「……」

「だったら自殺すればいい……そんな勇気はないか。ジークルーネの選んだ伴侶もそうだ、人並みの良識と感性を持ってはいたが、しょせん一般人よ。自身を貶める偽りの醜聞にも、味方の裏切りに対処できる力はなかった……いや、「子供」を伴侶に選んだジークルーネが悪いか」

「……」


 沈黙を続けるランドルフにアンヘルは興味を失ったかのように目を逸らす。

 どの道、数時間後には儀式の末に身体を内側から食い破られて死ぬのだ。

 窓から中庭を見れば、そちらで「もう一つの裏切り」が起こっていた。


 スヴェン・フォン・バウムガルデンが側近のハインリヒに襲撃されていた。

 後ろから襲えば容易だろうに、わざわざ裏切りを告知して決闘のスタイルを取るのはハインリヒの若さゆえか。

 彼は己の武力に自信を持ち、スヴェンを翻弄していた。


 スヴェンの振るう大剣を双剣でいなし、同時に炎魔法を展開し着実にダメージを与えていく。

 スヴェンは次第に防戦一方に追い込まれていった。


「まったく……いくら治癒魔法で治せるとはいえ、「新しい」器にあまり傷をつけて欲しくないと言ったのだがな」


 嘆息するアンヘル。

 ハインリヒは学院で実力を隠し四番手の実力に甘んじていたが、本気を出せば一番だ。

 鍛錬の年数が違う、五年以上年を誤魔化して入学したのだから当然だ。

 しかしそれでも差は大きい。

 スヴェンの振るう神剣は彼に合っていない。

 大きすぎるし、重すぎるのだ。

 あれは英雄ローベルトだけが使える神器。

 それが先々代の威光に頼らなければ、先代が傾かせた家を維持できないスヴェンの悲哀を感じ取らせた。


 結果を見ることなくアンヘルは中庭から目を逸らした。

 もう見るべきことは何もない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ