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崩壊の名門

「いったい、何が気に食わないというのだ!!」


 怒号と共に振り下ろされた拳は、だがテーブルに振り落とされることはなかった。

 どんな事あっても物にあたってはいけないという教育からだった。


「申し訳ありません……まさか彼らがここまで次期当主に歯向かうとは」

「お前のせいではない……他の剣聖家に買収されているのか? だとしても首尾よくこの家を滅ぼしても寝返り者に幸などないということも分からないのか?」


 軍との同盟をどうにか結んだスヴェンの下に古参幹部の大量離反の情報が届いたのはすぐ後だった。

 100の援軍が来ても、味方が100離反すれば何の意味もない。

 結果としてスヴェンの軍との同盟は失敗に終わった。

 古参幹部を中心とした味方の大量離反によって今やバウムガルデン家は混乱の極みにある。

 敵対する剣聖三家の内、フランベルジュの抜け駆けで敵同盟にヒビが入ったが、それも時間があれば回復する。

 バウムガルデン家を滅ぼすという目的が一致している分、余程統率が取れている。


「もうこの際、古参幹部は切り捨てましょうや……。内通しているんだか、欲ボケているんだか知りませんが、家自体が滅びかけているこの状況で我儘を言うようなら殺しちまうしかないでしょう」


 先の謝罪していた時の慇懃さが霧散したかのように、副官ハインリヒは軽い口調で粛清の是非を問う。

 顔は緩んでいるが……目は笑っていない。


「馬鹿を言うな……分家の当主3割に本家の重要役職の6割が反対派だ。手荒な真似をすればこちらがやられる」

「何も皆殺しにしろと言っているんじゃありません……難癖付けて2,3人殺せば今回に限れば黙りますよ。利権目当ての老害どもですからね。他人の命ならともかく、自分の命がかかっていると分かればおとなしくなります」

「しかし……」

「おすすめは家族単位で殺すことです。父親とか息子とかだけ殺すと家族が復讐を誓いますので、両親子供をやりましょう……ついでにそいつらを殺して奪った利権を近しい親族に与えれば復讐の念を断ち切ることができます。身内の死体を貪った人間が報仇を訴えても誰が賛同しますかね」

「……」


 スヴェンは未だ悩んでいるようだった。

 むしろ豹変したかのような副官の姿に恐怖しているかにも見える。

 そんな態度に苦笑しつつハインリヒは退室した。


「時間はもうないですよ……次期当主としてより良い選択を」


*****


「決断できんだろうな……あの愚息は」


 退室したハインリヒの目の前に現れたのはアンヘルだった。

 この家では執事として采配を取っているが、その利己的な性格を見抜かれスヴェンには信頼されているとは言い難い。


「酷だとは思う……十代の若造に押し寄せてはいい困難ではない。だがこの世は理不尽なものだ。あらかじめ運命が決まっていることがある。どれだけ努力しても覆せぬ現実、初めから破滅が待っていた人生」


 ワインを片手に唄う不良執事にハインリヒは眉間の皺を濃くする。


「罪なき者を蹂躙できないお人好しでは謀略の波は泳ぎ切れん」

「行きつく先はどのみち地獄っていうことですか」

「そういうことだ……嫌いじゃないだろう、地獄?」

「ま、死ぬよりはマシっすけどね」


 深く深く息を吐くハインリヒ。

 しかしそんな彼の嘆きに、アンヘルは酔いに濁った瞳でありながら一つの了解を得ていた。

 大戦を潜り抜けた英雄……彼もまたその一人であるが故の洞察だった。


「スヴェンを見限る決心がついたか。己の命可愛さは恥じることではない……命を懸けるまでに心酔させられなかったスヴェンの未熟さ故よ」

「はっきり言わんでください……これでも心が痛んでいるんですよ」

「ま、飲んで忘れることだな……本当はもう成人しているのだろう。あの方の完全復活の祝杯だ……付き合え」

「……付き合いますけどね」


 アンヘルからワインの瓶を手渡されたハインリヒはそれを一飲みした。

 

「しかし、よくもまあ魔法を使ったみたいに裏切りますね。特に本家の人間の不忠ぶりには驚かされます。いくら次期当主が若造だとしてもこう、感情的にも打算的にもこう不自然というか……」

「裏切者には共通点がある。元々がローベルト様の兄上の下にいた。そして家督争いで時流を読めずに次男のローベルト様の下へ走った。そして幸運にもローベルト様が勝ち、重要な役職に就くことができた」

「一度裏切った者ということですか……」

「そうだ……自分の欲に任せて自分を裏切った人間は何度でも裏切る。自分を信用できないからな。ただまあ、離反者の多くはその裏切者の縁者や恩義のある者が大半……ようは忠誠と人情で板挟みになっている輩だな。そういった人間を選別して切り崩せば本当の裏切り者は本家一割、分家当主は極わずかぐらいだろうが、スヴェンの小僧ではまだそんな細かな運営は難しいだろう」


 そこまで分かっていながら、次期当主スヴェンにまったく協力する気のない執事にハインリヒは不快そうに眺める。

 欲で目が曇っているのはむしろこの男ではないかと言わんばかりだ。

 そんな顔にアンヘルがとっておきの秘密を打ち明けるように破顔する。

 今日の彼はすこぶる上機嫌だった。


「古参幹部とは話がついている……次期当主がスヴェンでなく、ある人物なら全力で協力するとな」

「セシリア様ですか……確かにスヴェン様よりは扱いやすいでしょうが」

「いや……大戦の英雄ローベルト様だ」

「もうお亡くなりになってるでしょう……十年前のあの日、王宮に呼ばれて女王陛下に謀殺されて」

「蘇るのだよ……不死者の力を利用してな」


*****


「不死者の正体は亡霊……つまりは魂だ。それが他者の肉体を乗っ取る……であるならばそれを利用して別の人間に乗り移ることも可能」

「例えば、親が子の身体に乗り移れば優秀な人間が永遠に生き続けることができる。無能な子供に家督を渡す愚行を防ぐことができる」


 バウムガルデン家の一室で裏切者たちが密会していた。

 いずれも同家の重鎮ないしそれに近しい人物であり、大きな影響を有している。

 彼らがいなくなればこの抗争に勝つことは不可能だった。


 その目は権力や財、もっと即物的な欲に濁り切っていたが、何十年もの間に積み上げた権勢は確かな力として彼らに価値を与えていた。

 若造のスヴェンとはその意味で格が違う。


「アンヘルが首尾よくローベルト様を完璧な形で蘇させたならば、我らは全力でこのバウムガルデン家に尽くしましょう」

「家あっての我らですからな」

「その後は我らもまた身体を若い子供に移しましょう」


 口々に家への忠誠を口にするが実のところ、彼らは次期当主がスヴェンでもセシリアでもローベルトでも誰でも良かった。

 重要なのは若返り……そしてそんな危険な儀式の先導になってくれる人間への感謝だった。


 スヴェン・フォン・バウムガルデンは初めから救いなどなかった。

 彼の「失敗」は彼が生まれる前から決まっており、身体を奪われることが決定していた。

 犠牲になるために彼の人生は存在する。

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