追憶・五
「不死王が滅んだ!!」
「我らの勝利だ!!」
血と泥でかき混ぜられた戦場の中、ジークルーネは吐き気を押さえながら偽りの勝利に歓声を上げる戦友たちを何とも言えない表情で見る。
黒霧に溶け込むように消えた巨人。
それについていくかのように不死者たちもまた撤退していく。
草原での決戦は……辛うじて人間側の優勢勝ちとなったようだった。
巨人の正体は不死王……山ほどの大きさがあるが、それでもまだ本来の半分以下だ。
骨に辛うじて腐りかけの肉がついたかのような明らかに未完成の下半身。
直立は当然できず、病臥した半死人のように半身を引き釣りながら肘で這いずる様は世界を滅ぼすとされる邪神の姿とはとても思えない。
「どうやら贄が足りなかったようですね」
「南部最大のグレイプニル市、数万の人間を食い尽くしてもまだかよ?」
「口調が乱れていますよ、ジークルーネ。今の貴方は戦姫なのですから……ま、今日は多めに見ますか」
左脚を引き釣りながらベルンハルトがジークルーネの傍にやってくる。
全身が血まみれ傷だらけ……特に左のふくらはぎの出血が酷い。
治癒を急がなければ切断すら考慮に入るほどにそれは痛々しかった。
「質が悪かったんでしょうね……魔力の低い一般人を万単位で吸収しても不死王の完全復活には届かない」
「知性無き」と称される不死王の行動原理は原始的だ。
現世に受肉するために大量の魔力と肉を求める。
草原で眷属を大量に作り出したのも、人類の殲滅のためではなく、単純に手数を増やして贄を確保しやすくするためだったのだ。
眷属らは地方に散らばり、人を動物を喰らって成長し、最終的には自身を生み出した不死王の贄となって還っていく。
人類が決死の思いで決戦を挑んだ時も不死王は食事の最中であったのだ。
丸々太った不死者を喰らう王は人など目にもくれなかった。
彼にとって連合軍と言うのは勝手に集まってきた贄の群れでしかない。
ただしそれは喰らうのに少々手痛い目に合う。
それが人が神に抗って得たわずかな功績だった。
「で、うちの姫さんは……」
「転移魔法で不死者が前線を突破して近くまで迫ったのを聞いて荷物に紛れてガタガタ震えていたそうですよ……まったく情けない」
心底軽蔑したようなベルンハルトの言い草にジークルーネ……あるいはそう名乗る何者かはむしろ件の臆病者よりもベルンハルトにこそ不満を覚えたようだった。
「お前さ……うちの姫さんに当たりがキツクね? 仮にも実妹だろう……もっと優しくできないの」
「私にはあの男の血など流れていませんよ……ですので、妹ではない」
「……」
「しょせん、あの女も卑劣な王族でしかないということです。危険な役目は他者に任せ、後から利益を奪い取る」
「不死者と直接剣を交えてなくても、最前線には来ているんだから多めに見ようぜ」
どうせ無駄だろうと思いつつも「姫さん」を擁護する「彼」。
だが結局、ベルンハルトは考えを改めることはなかった。
「俺は周囲を索敵してくる……全部が撤退したわけはないだろうしな」
「不死王がいなくなったのにですか?」
「どこの組織にも空気の読めない奴はいるだろう……不死者だって同じさ」
声に感情がこもっていても、表情はどこか硬質めいた無表情でジークルーネは再び戦場に戻っていった。
*****
「ベルンハルト様……?」
ジークルーネがベルンハルトの後を離れて少し経った後、一人の兵士がやってくる。
年のころは十代の終わりごろ。
血と泥で汚れてみたが、その装飾から見て高めの身分と見える。
たまに金回りのいい傭兵やらが盗品とかで飾り付けている場合があるが、大体が一部か不揃いかサイズが合っていない。彼の場合は装飾に統一性がある。
まごう事なき貴種の一人だ。
ベルンハルトが先程とは違い、柔らかな顔立ちに変化した。
どこで誰が繋がっているか分からないのが貴族社会。
一瞬たりとも気が抜けない。
ふとベルンハルトは先程別れた彼のことを思って可笑しくなった。
彼も彼で心の奥に何やら抱えているようだが、ともかく立身出世に興味がないというのは生きやすいだろうなと。
「先程のは王女殿下ですか……ご無事だったので」
「ええ……本当に悪運。……いえ、女神さまのご加護があるようで」
「一番手で切り込んできましたからね……あの。……巨人に」
青年は恐る恐る、不死王が撤退した南東方向を見やる。
暮れかけた弱々しい陽光では遠くまでもう見通せない。
「私も度々注意しているのですが、聞こうともしない……いや多分注意されたことを忘れている」
「戦闘中はその……猪突猛進と言う感じですからね。私は見たことがないのですが、天幕で執務を取られている時は明晰で威厳あるご様子だとか」
「まあ……剣を構えて鎧を着こみ、つまりは男装していると心持も変わってくるのでしょうね」
ベルンハルトは本日何度目かの溜息を心中で発する。
(一般兵士に感づかれ初めましたか……まあ、次のグレイプニル市制圧まで誤魔化せれば大丈夫なんですけどね)
どの道、人員、人心、物資などを鑑みれば大規模な戦闘を行える余力は連合軍にはもうない。
ここで小休止して、動ける者だけで追撃をかけて南部の中心・グレイプニルごと不死王を焼き尽くす。
これがベルンハルトが考えた連合軍の唯一の勝利方法。
(今回は……本物のジークルーネは置いていきますかね)
戦闘どころか運動自体が苦手の「妹」では強行軍には耐えられまい。
よって最終決戦は「偽りの」ジークルーネを旗印にして行うしかない。
ジークルーネ王女は二人いる。
一人は内政および渉外担当の表向き看板の「本物」。
もう一人は戦闘担当の「偽物」。
全ては腐敗した王族の信用の無さが原因だった。
自分たちと共に命を懸けるぐらいでないと信用できないと言われれば前線に出すしかないが、本物は運動音痴。
それ以前にうっかり死なれては大事だ。
まともな王族など彼女一人しかいないのだから替えが利かない。
(本来ならば前線に出てくれるだけで良かったんですけどね)
ベルンハルトは目の前の青年に気づかれないように眉間に皺を作る。
前線に出て命を懸けてくれるだけで良かったのに「偽物」エルネストはその事実を理解していなかったのか、する気がなかったのか。
前線で暴れまくって「戦姫」の称号を得るに至った。
おかげで本物との差異が激しくなり、隠ぺいにベルンハルトは苦労することになる。
と言うよりも隠ぺいはもはや不可能だ。
エルネストの演技力はわざとやっているんじゃないかと疑うまでに杜撰極まるものだったのだ。
今や幹部のほぼ全員が影武者計画のことは知っている。
「最初から隠す気がなかったんでしょう?」と不信感を抱かれなかったのは救いか。
エルネストはデュラハン……本人は戦闘にその特性を活用したいようだが、「頭を取り換えられる」特性は謀略面でこそ発揮できるとベルンハルトは確信したのだが、もうちょっと人選を慎重にすべきだったと幾度となく後悔することになった。
「……ベルンハルト様?」
「ああ、すみません……少し考え事をしていまして」
意外と長く思い悩んでいたらしく、少しばかり不審を覚えている青年兵士。
それを誤魔化しながらベルンハルトは今後のことを考えていた。
(不死王を倒したならエルネスト抹殺しちゃいましょうかね……)
ジークルーネ王女を中心とした新体制において間違いなく問題となるであろうエルネスト。
秘密を知りすぎているし、活躍しすぎ……特に兵士連中は「戦姫」の異名で従っている者が多いためエルネストを利用すればジークルーネの威信に大きな傷がつけられる。
そのうえ、彼はバカなので簡単に騙されやすい。
(ま、さすがにそこまではね……)
血も涙もないと近親者に嫌われている彼にも一応は情があるのだ。
少なくとも今現在の彼はエルネストの謀殺に否と応えられるくらいには常識人であった。
追憶・二、追憶・四、追憶・五のジークルーネはエルネストの変装です。




