再会・再開・最下位
「久しぶりだな、ベルンハルト……その脚はどうした?」
市役所を乗っ取った軍本部……その最上階にして中枢にその男がいた。
ベルンハルト・フォン・バウムガルデン、あるいはノイ・ヴェルダンディア。
剣聖家の婿養子であり、王族の私生児。
そしてかつての大戦にて参謀として軍司令官ローベルトを補佐した英雄。
だが今は一人の虜囚……のはずであった。
「なんだお前は……どこから入った!!」
震えながらそれだけ言うと、少将は逃げるように退室する。
その様はどんな恨みがあろうと哀れみを覚えるほどに滑稽。
そう思うのはエルネストが目の前の男の悪辣さを知っている故か。
「エルネスト、お前は優しいな……最初に聞くのがそれか? 馬車を襲撃させたのはお前だとは聞かないのか?」
「分かり切ったことを聞いても意味がないだろう。何か悪いことが起きた時にはベルンハルトの仕業だと疑う……大戦では当たり前のことだった」
「お前は私をなんだと思っているのだ。それに大戦でそんな常識などなかった、でたらめを言うんじゃない……お前は知らないかもしれないがバウムガルデン家以外の残りの剣聖三家が同盟を組んだらしくてな。このままではバウムガルデン家は劣勢……今回の抜け駆けを利用して同盟を焼く。大火の前には火種、火種が無ければ作ればいい……何もお前を陥れるためだけに大掛かりな策略を練った訳ではない」
不機嫌さを隠そうともしないベルンハルト。
そして彼は聞いてもいないのに失った左脚について喋りだす。
まるで話すことに飢えているようだった。
旧友との再会で喜色するその姿はどうにも老け込んでいた。
「王党派を率いていた俺が軍に捕まったのは七年ほど前だ。……乱暴な連中だ、逃げられないように左の膝から下を切り落とされた。麻酔も無しだ……酷い話だろう」
「と言うことは……今の王党派はお前抜きの組織か。……なるほど、ゴットハルトのような愚物が前線に出てくる訳だ」
「そういうことだ。私がいなくなってすぐに仮の代表が決まったが、そこで終わってしまったな。逆に身動きできなかった軍には指針が示された」
軍の最終目的は首都への返り咲き。
だがただ進軍しただけでは大義名分がない。
よって考え付いたのは「王家の復権」。
ベオウルフの浮気性の妻の子……本当に息子からどうか分からないが、そんなことは些細なことだ。
神輿として最低限使えればそれでいい。
ジークルーネ女王の兄、つまりは王族の血が流れている……それがベルンハルトの生涯で最終的に評価されたことだった。
「脚を切断してお前を神輿にしようとしたのは誰だ」
「当時の幹部で総勢、13人……ちなみに賛成・9、反対・2、保留が1」
「それで今、生き残っているのは……」
答えを確信しているかのようなエルネストの口調。
ベルンハルトは切り落された左脚の付け根を擦った。
「少将が最後の一人だよ……残りの12人はみんな死んだ」
「やはりか……暗殺方法からしてお前を頭に浮かべたよ。なんか殺せば勝ちみたいなやり方がなんとなくお前っぽくてな」
「良くわかっているじゃないか」
「エリーゼ様の父親、つまりは家督争いをしていたローベルト様の兄を殺したのはお前だろう……あの時からまるで変っていない。しかもその後にエリーゼ様と強引に結婚」
「それはジークルーネの父、女狂いのベオウルフの戯言だよ」
「ベオウルフ様も同じ意見か」
「……」
探るように両者は睨み合うが、すぐにベルンハルトは目を逸らす。
本題は何も雌雄を決することではないのだ。
四十半ばで死が近づいたベルンハルトでは十代のエルネストに決闘を挑むには身体が衰え過ぎていた。
「本題に入ろう……手を組まないか。俺は剣聖家の思惑も王宮の真実もそしてなくなった不死王の右手の所在も全て知っている。このままではこの国は壊滅する……そうなってはお前も困るだろう」
「だったら自分でやったらどうだ?」
「この身体では無理だ……元より表向きは大罪人の指名手配犯。軍を裏から動かすのも限界があるしな」
「……」
「我らの中で最下位とはいえ、お前は他の有象無象とは格が違う」
考え込むようなエルネスト。
格が違うと言われて少し嬉しかったが、さすがにそれで了承するほど阿呆ではなかった。
「いきなり決めてくれとは言わない……だがあまり時間はやれないぞ。ロスヴァイセにとっても危険は迫っている」
「その手には食わない……お前のことは辛うじて身内とは思っているが、同じ身内には近づけたくはないぞ。ロゼには自分の伯父は死んだ者として思ってもらいたいくらいだ」
突如としてベルンハルトは含み笑いを漏らす。
狂ったかとエルネストは不気味そうに慄いた。
「身内身内と偉そうなことを言うんじゃないか。相手はお前を身内と見てはくれていないだろうよ。ジークルーネにとってお前はそれなりに親しい従者に過ぎず、それ以上に思ってはいない。殺さず封印したのだってあいつが人を殺した経験がなかったからだ」
「何が言いたい?」
「娘もまた同じではないか……危ない時だけ呼んで用が済んだら消えてくれ。そういうスタンスでないと言い切れるか?」
「……老いたな、ベルンハルト」
挑発にいきり立つよりエルネストは悲しみに暮れた。
目の前の男は、裏切り裏切られ誰も信用できなくなった孤独な老人だった。
「そう言うな……自分の老いは良く分かっている。この頃感情がコントロールできなくてな。突然泣いたり怒ったりするようになった」
「本当にお爺ちゃんじゃねえか……大丈夫かよ。剣聖家の権力争いに介入するよりも隠居した方がいいんじゃないか」
「そういう訳にはいかないさ……俺は英雄だからな。国を脅かす敵を放ってはおけないさ」
「ま、それが生きがいならいいさ。協力はする……だが条件次第だ。それと裏があって危害を加えるのならぶっ殺す。二十五年前は勝てなかったが、今のお前ならギリギリで勝てそうだ」
「その勢いが若くていいな……昔のエリーゼを思い出す」
「さすがに切腹姫様には敵わねえよ」
「ははは……息子には帝王切開と誤魔化したそうだよ」
「息子……?」
しまったとベルンハルトは口を押える。
しかし思い直したのか、しゃべり始める。
「息子がいてね……」
「ああ、大戦時にエリーゼ様のお腹にいた奴か」
「今では生意気な小僧になったよ……私のやり方にチクチク反対してくる」
「それは常識人と言うことか?」
「私が脚を切り落されたときに怒ってくれるぐらいには常識人だよ。今度紹介する、仲良くしてくれ」
「気が向いたらな……じゃあ、続きは後ほど」
どう見てもやりそうにない気の抜けた返事でエルネストは窓から飛び降りる。
わざと格好つけるためにそんな帰り方をしたのだ。
*****
代わりに少将が戻ってくる。
「どうして帰ったのだ……ベルンハルト」
「お客さんが来たのに気付いたんだろうな……今、一階にいる。そして気配を断っている。風の音、他者が立てる騒音に紛れているから常人では丸々一人分の情報を見逃すだろう」
「……魔法か?」
「忍び足だよ……エルネストがここに現れた手法と同じだ」
それから数分ほどしてノックの音がする。
少将がビクッと身体を震わせた。
彼にしてみれば、いきなり気配が現れたようなものだ。
「少将閣下……今度は聞き耳を立てるのは無しにしていただけないか? 彼は……アンヘル・ロイスナーはエルネストほど優しくはないよ」




