三女襲撃
「申し訳ありませんセシリア様……完全に囲まれました!!」
悲鳴のような従者の報告に、傲慢と言う言葉がにじみ出たような高笑いが重なった。
「出てこい、スヴェンのいも……じゃなかった愛人のセシリア、ロスヴァイセ王女、そして……リア!! お前らはこれから我らフランベルジュ三兄弟の女となるのだ!!」
深紅の制服にギザギザ刃の剣を象った紋章、炎剣・フランベルジュ家の手の者であることは明白であった。
総勢数百人……待機していた馬車数台を取り囲んでいる。
こんな多人数を軍の監視下の中で素通りすることなどあり得ない。
賄賂か何かで突破したのだろう。
恐れおののくバウムガルデンの護衛たち。
そして軍の裏切りに怒る彼らに、今にもリンチされかけている名もなき軍の兵士たち。
いつだって囮として何も知らされずに切り捨てられるのは弱い立場の者たちだった。
それを見て護衛に制止を命じるセシリア。
彼女が次期当主スヴェンの妹であることは護衛の指揮官クラスなら当然知っているし、末端でも知っている者は多い。
何よりも貴族令嬢のとしての威厳が、彼らに命令を順守させていた。
「エルネストさんがいないときにこんな事になるなんて……どうしましょう、戦いますか、今は降伏しますか?」
「意外だね、狂犬扱いのロゼっちには珍しい……」
「誰が狂犬ですか、それと愛称呼びは許してませんよ……捕まっても助けてもらえると思いますから」
誰かを当てにしているロゼの態度にセシリアが興味深そうに見つめる。
幼少の頃の彼女を思い出しているかのようだった。
誰とも慣れあわず、孤高を貫いたそんな幼い時のことを。
「おかしいわね、今のフランベルジュ家の状態でこれほど大規模な動員……家が割れてもおかしくない危険」
「私もそう思う……今のフランベルジュ、と言うか三家は内乱一歩手前状態だからね」
バウムガルデン家と雌雄を決しようとする三家の中では二つの派閥が争っている。
一方は当主を中心とした主戦派、もう一つは反戦派だ。
何も敵が可哀そうとかそういう意味ではない。
いつまで戦いが続くのか、どうして潰し合わなくてはいけないのか。
少し待てば王家が滅んで剣聖家の世が来る。
何も一つの家だけが生き残らなければならない理屈などない。
大多数の家の者は現状で満足しており、これ以上を求める気はなかった。
特に身内が抗争で戦死、あるいは兵士として前線に出る人間の反発は凄まじい。
当主を殺すか幽閉して首を挿げ替えようと意気込んでいる程だ。
現在、話し合いの段階だが、この時点での軍事行動は主戦派の対話放棄の抜け駆けであり、引いては反戦派との全面抗争が起こりかねない。
そのことを各当主達も理解しているはずなのだが……。
「あんた達……親に無断で私兵を動かしたね!! どうするの、下手すれば廃嫡になるよ!!」
躍り出たセシリアの声にフランベルジュの私兵に動揺が広がる。
彼らもまたどこかおかしいと感じていたらしい。
それを見てフランベルジュ家長男のアンゼルム・フォン・フランベルジュが髪をかき上げながら答えた。
「勝てばいいのさ……。親父たちは手温い、お前を手に入れればバウムガルデン家も屈服するだろう」
「それに廃嫡はないぜ、セシリア……なぜなら当主候補である俺ら三人が参加しているからな」
「三人を追放すれば後継者がいなくなることを父さんだって理解している」
それに次男・ドミニク、三男・ファビアンが続いた。
本気で許されることを信じている三人に、セシリアとオフェリアが憐みの目を向ける。
「……これは三人廃嫡で分家から後継者を持ってくるパターンかな? ……名前覚えられていない」
「フランベルジュの三馬鹿の名前は伊達ではないってことか」
「……でも運だけはいいんだよね。武芸祭ではコロシアムの反対側にいて、自宅通いだから学院襲撃も回避、不死竜事件では他家と問題を起こして地下牢送りと兄弟付き添いでパーティー欠席と本当に運がいい。……名前覚えられていない」
「しつこいですね、オフェリア」
とはいえ、指揮官がバカでも数百の私兵は脅威だった。
強引に突破すれば成功してもこちらもかなりの血が流れる。
となれば……。
「こちらも三人、そちらも三人……決闘をしましょう!!」
「ほう……」
突然の提案に余裕を見せる長男アンゼルムだが、微妙に貧乏ゆすりをしている。
彼が私兵に襲撃を命じようとする前にロゼが畳みかける。
「貴方たちとて英雄の子孫のはず、だとするならば奪いたい者は剣で取れ……それとも王族のように後ろで隠れて後で利益を要求するつもりか!!」
まるで戦場に向かう戦女神のように雄々しいその姿にフランベルジュの面々が眩しそうに目を細める。
ただ一人それに同調しなかったのはアンゼルムだった。
「いや、別に危険がない方法でいいならそれでいいし……。ちなみに忘れている……君、王女だよ?」
「いいではないですか、兄者……炎剣の意地を見せてやりましょう!!」
「勝った者がセシリアをいただくということでいいでしょうか?」
何やら嚙み合っていない三兄弟に、何も考えずに飛び出したロゼが首を傾げる。
その後ろで二人がヒソヒソ内緒話。
「三兄弟……と言うか、凡庸で戦闘ダメダメの長男を追い落とそうと下の兄弟が策謀していて」
「低レベルと低レベルが争ってもなあ……」
憐れみを通り越して関わってしまった自分たちの不幸を嘆くまでに至ったセシリアとオフェリア。
ロゼの無言の視線に「是」と応じる。
「いいでしょう……。私は戦姫の子、炎剣との格の違いを見せてあげましょう!!」
「く、いいだろう……我は炎剣の後継者。戦姫がしょせんお飾りだとここで証明してくれる!!」
内心の不平不満動揺を抑え込みつつアンゼルムが剣を抜く。
ここに選抜戦前の番外戦が勃発した。
*****
ルールは選抜戦と同様の勝ち抜きと決まった。
最後の一人が勝った方が全てを得る。
フランベルジュの私兵たちは応援に専念していた。
当主に無断で動かした以上、三兄弟は厳罰として下手なことをすれば自分たち兵士らも重い罰が科せられる。
決闘と言う自分らにまったく関係ないところでやり合ってくれるのは非常に好都合な事態だった。
もう戦意など欠片もない。
「では、先方は俺が行くか……」
「……「獣化」のドミニク」
「よく調べているようだな……だがそれで俺に勝てるかな? 行くぞ……!!」
ドミニクは狼耳のカチューシャをつけて神剣を起動させる。
スキル「身体強化」を上回るとされる「身体変化」。
身体強化が潜在能力を引き出すものならば、変化は文字通り身体を変貌させる。
細身の身体を筋骨たくましい肉体に変えるのだ。
鍛え抜かれた肉体を持つ彼が使えば、それはもはや人類が手に入れるそれを大きく上回る。
彼は狼が好きであった。
故に彼は自らを「獣化」のドミニクと他者に言わせていた。
「うぉぉぉぉぉ!!」
「はい残念、治癒妨害……」
「おぉぉぉぉぉ!!」
膨張した筋肉から大量に出血してドミニクが倒れる。
地面が大きく揺れるが、それで終いだった。
後に残るのはのた打ち回る巨体の姿。
「……身体変化って「自己治癒」のダブルスキルじゃないと戦闘では使えないんだよね。そして私は治癒使い……合唱に雑音、楽器に砂利、治癒を妨害すればこうなっちゃうんだよ。急激な変化に耐えきれずに身体が壊れちゃう」
「え……ドミニク死ぬのか?」
冷厳あるオフェリアに裏返った声でアンゼルムが縋るように声掛ける。
「死なないくらいに治癒してあげる」
「そ、そうかありがとう……じゃねえよ、卑怯じゃねえか試合開始前に攻撃とか、お前どんな教育受けてんだよ!!」
「何言っているのよ……「行くぞ」って言った……神剣を使った、試合開始ととっても不思議じゃない」
「ぐっ……」
特に神剣起動が効いたのか、アンゼルムが押し黙る。
そんな彼に情けない者を見るように三男・ファビアンが肩を置く。
「勝てばいいって言ったじゃないか、兄さんはそんなことも忘れたんだね……。やっぱり次期当主は……今日はここまでとしようか」
「ファビアン……」
「僕の名は疾風のファビアン……神剣スキルは「身体強化」と「碧風」のダブルスキル……アンゼルム兄さんと違ってダブルスキルさ」
「ぐっ……」
「相手は誰かな……オフェリアはバカ筋肉兄の治癒をさせるから、セシリアかロスヴァイセのどちらかか。どちらでもいい……神剣がなくても僕の速さは学園一、このようにね!!」
砂埃が舞い、ドガンという何かがすごい勢いで地面に突き当たる音が聞こえる。
そこにあったのはファビアンと呼ばれていた何者か。
目を凝らせば聖力を帯びた糸が彼に巻き付き、彼の身体の自由を奪い、さらに彼を膾切りにしたことに気づくだろう。
「な、な……」
「私の糸は「透過」もできるし、「実体化」もできるんだよね……気づかれないように配置してここぞという時に姿を現す。糸自体殺傷力があんまりなくても相手の速度を利用すればこういう風に鋭い刃になる」
「え、死んだ……?」
「膾切りにしたけど、致命傷は避けているよ……にいさ、スヴェン様でいっぱい練習したから、間違いない」
え、今度こそルール違反じゃねえ……と言う言葉をアンゼルムは吐けなかった。
もう自分が追い込まれていることは一目瞭然。
彼の頭にあるのは、朝起きた時に襲撃中止を告げるIF妄想であった。
「次は私ですね……いいですよね?」
「やっちゃえ、ロゼっち……大将戦だよ、ここで勝った方が全てを手に入れるんだよ」
「それは……負けられませんね」
「え、本当……本当に守るんだよね、信じられないんですけど」
アンゼルムが恐る恐る振り向くと、後ろでは軍の兵士と自家の私兵がどこから持ち出したのか酒を酌み交わして騒いでいる様子。
実はこれもセシリアの策。
彼女は私兵らの内心を読んでいた。
酔わせて有耶無耶にしようという魂胆が当たった次第であった。
「クソ……もうどうにでもなれ、目にもの見せてくれるぞ、ロスヴァイセ王女!!」
ヤケクソになったアンゼルムがロゼに剣を突き付ける。
*****
「神剣覚醒……「傀儡」!!」
アンゼルムが叫ぶと、炎に覆われた影らしき物が出現する。
神剣スキル「傀儡」。
要するに、使い魔を生み出して代わりに戦わせる能力だった。
大戦時はそれなりに活躍したが、使い手が希少だったことから戦略に組み込みにくく、また無学な冒険者や傭兵からは卑怯者扱いされて評価は低かった。
二十五年経った平和な現在でも武芸を尊ぶ姿勢からその立ち位置は芳しくなく、彼の次期当主の座に陰りを見せている。
ただし神剣者の魔力が健在なら遠距離から一方的に攻撃できるという特性は近接戦闘を得意とする手合いには特攻となりうる。
もはや矜持も評判もしがらみも現実すら捨てたアンゼルムはどんな手段を使ってもロゼを倒す方針であった。
「卑怯とは言うまいな……王女様」
「言いません……私は突き破って見せましょう」
「いい覚悟だ」
アンゼルムが命じた瞬間、炎影が十数の触手を生じさせて襲い掛かる。
怯むことなく応戦するロゼ。
数多の触手を切り払うが、すぐに触手は復活する……のみならず。
「燃えている……私の神剣が」
「神剣とは神の力を得たいわば触媒に過ぎない……つまり所詮木材だ。焼き尽くしてしまえば神の力は失われる」
「そんなことが……」
「王族は神剣を祭り上げて研究しなかった……魔道の名門、フランベルジュを舐めるなよ!!」
触手と撃ち合うだけで神剣を失うこの不条理。
だがそれでなおロゼは剣を振るい、触手を迎撃する。
それ以外の策がないのか……そう嘲るアンゼルムは現実を直視して瞠目する。
(バカな……衝撃波を起こして斬っているだと。その御業は戦姫の……)
ロゼの剣速は既に目で見切れぬほどに速度を上げていた。
腕の力だけではない。
全身の動きそのものが、剣を振る一動作に最適化されているのだ。
全身の力を総動員した、ただの一太刀……。
巻き起こるカマイタチは触手のみならず、炎影本体すら数度に渡って両断している。
魔力で再生などでは追いつけない高速殲滅。
(誰だ、誰が教授した……ロスヴァイセは二歳で王宮を離れ、二度と戻ることはなかった。教えたのは「弟子の」ジークルーネ様ではない。では誰が教えて、誰が彼女の前でローベルト様の奥義を披露したのだ!!)
このままいけばロゼを絡めとる前に自身の魔力が尽きる。
自分は身体的には劣る上に、情報によればロスヴァイセは「封印」と「身体強化」のダブルスキル。
近接戦闘に勝ち目はない。
だがそれでも、アンゼルムは躊躇することなく賭けに出た。
「死ね、ロスヴァイセ!!」
炎影との挟撃。
背後を取ったアンゼルムは勝利を確信した。
(神剣スキル「支配」……)
アンゼルムもまた弟たちと同様にダブルスキル持ちだったのだ。
他者の身体を操る不義の力。
両親だけが知り、実弟たちにすら教えていない秘中の秘。
身体を乱されたロゼは必ずやスキを作るだろう。
「神剣スキル……「身体強化」」
瞬間、アンゼルムの身体が加速した。
違う……感覚だけが加速したのだ。
まるで巨大な枷を全身につけられた歪な感触……。
それは高速化された感覚に身体がついていけない不協和音。
「まさか……!!」
アンゼルムの刃は、回避したロゼの首十数センチを過ぎ去り、地面にめり込んだ。
敵を前にしては致命的なスキ……ロゼは見逃さなかった。
アンゼルムの首にロゼの神剣が突き付けられる。
「まさか貴方も「支配」だとは思いませんでした」
「お前もか……」
「支配のスキルは相手の感覚に左右される……研究が足りませんでしたね」
残酷に告げられる敗北の宣言に、アンゼルムはがっくりと肩を落とした。




