魔女裁判
ところどころ焼け焦げた市役所、もとい軍本部に到着すると歓迎の宴は後回しにどこか別な場所へと強引に案内される。
急造で作られたと思わしきイベント会場。
そこで会議を行うとのことだが、まるで裁判のように一方の席が低く作られてそれを囲むように作られた無数の席群。
包囲殲滅するようなその配置を見て、エルネストの直感が激しく刺激される。
「スヴェン……この会議で女三人はいらないよな」
「無論だな」
会議参加はエルネスト、スヴェン、ハインリヒの三人と護衛の兵士十数名。
他は装甲馬車で待機となった。
兄が心配で渋るセシリア、事態を察して従順に従うオフェリア。
ロゼはどちらか……。
祝賀会前の会議ではだいぶ渋ったので、エルネストはいっそ冷酷とも思わしき程に冷えた声音で命令する。
お前は残れと。
それでもエルネストは揉めると思っていたのだがロゼは従順を通り越してどこか崇拝しているように紅潮させた顔で頭をコクコクと振る。
エルネストは手をブンブン振るロゼに見送られる。
不審がるエルネストにハインリヒが近づいた。
「……もしかしてロゼは上から押さえつけられると快感を覚える特殊な性癖を持っているんじゃないだろうか」
「と言うよりも、何かを自分に課しているようですね。あんたに従うのが当然みたいな……どこか子供のごっこ遊びに似ている気がします。それであれだけ喜ぶのは不自然ですが」
「何を無駄口を叩いている。行くぞ……」
そうして男三人は「会議室」へと向かった。
*****
「これは女三人を残して正解でしたね。今回、軍本部は俺たちをさらし者にして弄るつもりだ。女がいれば間違いなく性的に弄られたでしょうね。冒険者上がりやその子息の軍人はこれだから……」
「会議とは名ばかりか……今回は何も決まらないかもしれないな」
会議室と軍が言い張るその場所は魔女裁判も同然の会場だった。
軍幹部は上段でこちらは数メートル下の下段。
何よりもギャラリーが多すぎる。
上段の幹部だけでも数十名。
そして会議場の周囲に埋め尽くすように武装した兵士数百名。
しかもその数がどんどん増えている。
「では会議を始めようか……大戦の英雄と、その功績に乗っかった英雄の孫風情との」
上段の中央に八の字髭の四十半ばの男が着席する。
彼が軍総司令官だろうか。
「一応は総司令官の少将殿だ。今では一応は総大将ということになる」
「少将なのに……?」
「功績がないからな……だから現在、元帥と大将、中将は大戦の英雄ローベルト、ベルンハルト、ジークルーネ三人の永久欠番として自分が最高位という形にしている」
「もう無茶苦茶だな」
スヴェンの後ろで無駄口を叩く二人。
そんな最中も少将とのあるいはそれ以上に無益な問答が続いてた。
少将側はいかに自分が大戦で活躍したか風潮し、合間に同盟の条件を提示してくる。
スヴェンはその合間の条件に淡々と受け答えするだけだった。
「資金援助、食料などの物資の援助……それに女だ。兵士の妻や慰み者になるような若く見目麗しい女を数百人ほど」
「資金と物資は擦り合わせるとして、女に関してはバウムガルデン家の商いの領分ではない。後日ご自身で取引相手を改めて探すのが最善かと」
切れ味抜群の皮肉を言われ少将がたじろぐ。
歪んだ顔はどことなく恐怖に満ちているが、それは目の前のスヴェンと言うよりも何か別の物に対してのような気がした。
「軍の目的は首都への返り咲き……だけどよ、雌伏の時が長すぎたんだ。およそ十年余り……今や末端の兵士は自分たちを追放した剣聖家よりも何もできない司令部への怨嗟で満ちている」
「昨晩の暗殺もその筋か……」
「ああ……」
ハインリヒが蔑みを見え隠れさせながら憐憫を装う。
人によってはこれ以上の侮辱はないというほどに絶妙な顔だった。
「スヴェン様には階段から転落と伝えたが、本当は滅多刺し。しかも数時間かけてじわじわとってどんだけ恨まれていたんだか。どうも周囲の兵士は目が悪いらしくて血まみれでのた打ち回る上官が酒飲んで転落死に見えたんだと。返り血まみれの兵士複数が本部から出てきてもそんなの知らねえ。護衛の兵士も何も見てない……まあ何人かは目が良かったらしくて俺の情報網にタレこんで来たが、そいつらは基本的に無口だからな」
「……もう何とも言えねえな」
「ちなみにあの少将殿の数十年来の友人らしい。協力者が次々と事故死して権力を失って今回の会議役を押し付けられたそうで……。今の彼は兵士のご機嫌取りに必死だぜ……下手をすれば家族まで殺される」
「そこまで追い詰められればああなっても仕方がないか……平常時はちゃんとした将軍であったろうに」
「ま、今の少将ならスヴェン様でもなんとか……」
「そうかな……?」
スヴェンは数百人の視線に耐えながらも怯むことなく相対する。
だがよく見ると握った手が強張っている。
相応に委縮している……己の感情を表に出さないことに関して彼は非常に優秀だった。
それが分かると受け答えもどことなく画一的なような気がしてくる。
恐らく受け答えを予測して台本を用意しただろう。
用意周到だがそれだけではここは切り抜けられない。
(仕方ねえな……助け舟を出してやるか)
エルネストは用意された席の上に両足を乗せる。
席を寝床に居眠りする不良学生の図だ。
厳粛な儀式の場でそんなことをすれば追放だけでは済まない。
案の定、数百人の兵士の顔が一変した。
エルネストは薄目で周囲を伺う。
怒り、興味、そして無感情というまでの探るような視線。
もしかすると少将の努力はまったくの無駄なのではないかと思う。
剣聖家の御曹司であるスヴェンを吊るし上げて兵士の溜飲を下げる。
そんな茶番に心を動かされない……。
そして気づく。
(まるで選別されているようだな)
怒っていた者はスヴェンを嘲笑していた者。
興味を示した者は囃し立ていた者。
注視している者は先もまた同じ。
同程度の人格レベルの人間が固まっている。
(こういうやり方……親衛隊でもやっていたな。確か発案者は……)
眠たそうに演技しながら本当に居眠りしたくなったエルネスト。
少将の咎めるような声もどこ吹く風。
それがきっかけか、少将は早々と会談を閉めにかかった。
「とりあえずこの場では選抜戦を王宮で行うことを約束していただきたい。期限は二週間後」
「なぜ、学院の行事に軍が口を挟む……?」
当然の疑問は少将の怒号でかき消された。
なにがなんでもこの提案だけは通す。
その意思が感じられる。
その無様な姿に反して、その理由は意外と理にかなった物だった。
選抜戦は大戦時の不死王打倒祝賀会に端を発したそれなりに意義ある大きなイベントである。
例年剣聖家主催の下、新市街で行われるが……。
曰く、不死竜事件で市井としては新市街で人が集まる大きなイベントはして欲しくない。
曰く、バウムガルデン家と三家の抗争が始まる前に終わらせてほしい。
そういった市井の声を軍は無視できない。
散々この街で失政をやらかしておいてよく提案できたかという程だが、この場では言いっこ無しだ。
むしろこれを受け入れてこちらが条件を出すのが正解。
「ハインリヒ……王宮での開催はできそうか?」
「王宮全部はできませんが、中庭とか入り口付近を借りきってやるなら予算内に収まるかと……ゾンビ共はまあ、なんとか追い払いますよ」
「そうか……少将殿、条件は飲む。だがそれに見合った代価は頂けるのだろうな?」
エルネストのおかげで視線が大分減ったせいか、スヴェンが落ち着きを取り戻す。
朗々たるテノールは追い詰められた少将の耳をひどく攻め立てた。
「精鋭の兵士二百を即座に派遣しよう……」
「五百でお願いしたい……」
「……過大な代価は命を縮めるぞ」
「こちらが約束を違えた時はその五百が獅子身中の虫となるのだから、何の問題もあるまい」
この数十分で少将はげっそりと瘦せたように見えた。
この場にない、何かが彼の精神を鑢のように削り取っているようだった。
それがなんなのか……エルネストは予測を立てつつあった。
「今回はここまでで……少将閣下、これからは宴といたしましょう」
スヴェンを飛び越えるようにハインリヒが常とは違う上品な仕草で誘う。
それに劣勢の少将が飛びついた。
「……そうしよう」
スヴェンは少しばかり不満であったが、会議はここで一旦終了となった。
*****
「どうだい、エルネストさん……ロスヴァイセ様の卒業後の就職先なんだから、今のうちに条件をつけてみては」
「今はいいよ」
揶揄するようなハインリヒにエルネストは軽くにらみつける。
(軍就職は再検討だな……)
元々ロゼの軍就職は婚約破棄のためだが、こんな状態では就職したで別な問題が発生してしまう。
ランドルフに婚約破棄を確約してもらった以上、復興が進んでいない南部辺境への逃亡も視野に入れる他はない。
無論、ロゼ本人の了解の下だが。
(だがその前にうちの姫さんを殺した奴を突き止めなくてはな……それが娘にも害を成す相手ならば放置するのはあまりに危険。できれば始末してしまいたいが……相手の正体次第だな)
思案するエルネスト。
ハインリヒは気怠げに手を振る。
「ま、考え事なら他でやってくれませんか? これからスヴェン様とちょっと話すことがあって、つまりあんたは邪魔でして……」
「ここから出ていけってことか」
「ええ……」
「残してきた馬車で何か起こるのか?」
ハインリヒは途端、照れくさそうに頬を掻く。
「直球は止めてくださいよ……バラした事がバレたら、ご主人様に怒られるんで」
そのご主人がスヴェンでもランドルフでもないことにエルネストは気づいていた。
ただしそれをこの場で口にすることはない。
そのくらいは弁えている。
「いいご主人か?」
「賛同できないことが多い方でね」
エルネストはそのまま我が物顔で元来た道を戻り始めた。
またもや勝手な行動に会場は騒然とするが、今度も彼は気にも留めない。
口頭では埒が明かぬと見た兵士が退路を集団で塞ぐが彼らが瞬きの後に見たのは会場の正門上を飛び越えるエルネストの姿。
目を丸くする彼らを可笑しそうにエルネストは笑った。




