郊外都市へ・二
正門をくぐると、冷たい空気が馬車の中に流れ込んできた。
空気の中には少しばかりかび臭い匂いが混じっており、どこか廃墟を思わせる。
実際に廃墟ではあるのだろう。
今現在、大通りを進んでいるのだが明らかに空き家と思わしき店舗が目立つ。
看板やら棚などの家具の類がそのままにされているのを見ると、撤退と言うよりも夜逃げと言った印象が強い。
多分、夏が終わって寒くなる頃には建物ごと薪にされる。
「剣聖家に収入を握られた軍は、それから脱するために影響下にあるこの街で重税を掛けたんすよ。その結果がこれです」
「愚かなことだな……しかも私が調べたことによると、陳情……理由は商品の代金を踏み倒されたという至極全うな理由で集まった市の幹部に刃物をプレゼントしたとか?」
「非武装の彼らに刃物だけじゃなくて神剣魔法も送ったみたいですよ。こちらとしては軍と市民の仲が悪いのは好都合なんですが、さすがに死傷者が出ると可哀そうなんで、俺が止めたんすよ」
「三年前の話だろう……いくらお前でも中等部の歳では何もできまい」
「冗談ですよ、スヴェン様」
世間話をするスヴェンとハインリヒ。
一方、ロゼは顔を青ざめてガタガタと震えていた。
「わ、私の卒業後の就職先が……こんな所だったなんて」
「……今は選別戦に勝ってスヴェンとの婚約解消することだけを考えろ」
慰めるようにエルネストはロゼの頭を優しく撫でるが、ショック状態からの回復はまだ時間がかかるようだった。
「大手の商会どころか、地元の店舗も他所に散ったんで、ここではお金があっても物が買えません。貨幣替わりは酒や肉、甘い物、女とか物関係で釣るしかないですね」
「これでよく軍組織が維持できるな……」
「そこはまあ、生かさず殺さず程度に剣聖家が援助していますから……食料と日用品は配給でなんとか……おっと」
風切る音が響き、馬車がわずかに揺れる。
矢が突き刺さったのだ。
「宣戦布告か……?」
「通行料の催促かもしれませんよ? もっとも進路上の管轄にはあらかじめオフェリアがいろいろと渡しているはずですが……」
「多分、上の方で独占して下まで回ってきていない……正門前は特に質の悪い兵士で固まっているから」
「正門という都市の顔を管轄する兵士が……?」
「奇襲を受けた時に一番初めに犠牲になるから精鋭は置かないとか」
「うわ……」
あんまりな内情にエルネストが呻く。
恐らく、自分たちが捨て駒にされていることなど理解している……規律を守れなどというのは酷ということか。
「どうしますか? 賄賂を出すか、斬って捨てるか、はたまたバウムガルデン家の名前を出せば引き下がるかもしれませんよ」
「全部だ……全部しよう」
判断を仰ぐハインリヒに対し、スヴェンは即断即決する。
布にくるんでいた大剣型の神剣を右手に、馬車を降りる。
誰もそれを止めなかった。
「……こんなことする必要はあるのですか?」
「大貴族の次期当主なら、このぐらいの蛮勇は振るって貰わないと、では私はフォローに」
「俺はかったるいんでのんびりしています……負ける相手じゃないでしょう」
スヴェンと関係するロゼ、セシリア、ハインリヒが各々の対応を取る。
エルネストはロゼを連れて観察することにする。
何せ選抜戦での対戦相手、しかも主将だ……手の内は見てみたい。
なお、オフェリアは窓から除くだけに留まる。
治癒特化な上に、運動自体が苦手な彼女では足手まといであると、本人が一番理解していた。
*****
「俺の名前はスヴェン・フォン・バウムガルデン……バウムガルデン家の次期当主だ。ここを通してほしい。それなりの代価は用意する」
馬車を囲んでいたのは十数人の粗末な成りの兵士だった。
スヴェンらの馬車の前後には護衛の馬車がいるはずだが、彼らもまた兵士に囲まれていた。
無論、突破しようと思えばできるのだが、会談前に流血沙汰は避けたい。
指揮官たるスヴェンの命令待ちのようだった。
全体で五十名近く……意外に兵士の数が多い。
懲罰程度では済まない略奪にこれだけの兵士が参加するとは、それだけ軍の統制が取れていない証拠。
兵士らはスヴェンがハンドサインで酒樽数個を示すが、視線はスヴェンの顔に集中している。
これはもう……。
「お前を人質にして他の剣聖家に仕官してやる……剣聖家なら給料もちゃんと払って貰えるだろうぜ!!」
隊長格らしき男の号令と共に一斉に兵士がスヴェンに襲い掛かる。
彼らの何人かは神剣を帯びていたが、人質にするという配慮から魔法は使わない。
純粋に剣技で抑え込むつもりなのだろう。
「愚かな……」
前後の馬車に制止の合図を送るとスヴェンは己の神剣を行使した。
スキル発動……スキルは「身体強化」、そして「鉄壁」。
(ダブルスキルか……さすがは王族の血を定期的に入れている剣聖家の直系)
エルネストが心の中で感心する。
基本的に神剣のスキルは一人につき一人。
だが王族や、王族と婚姻関係にある剣聖家などの大貴族出身はスキルを複数持つことがある。
あるいは……神剣は本来三女神の神器であり、女神に近しい王族はより再現力が高いと言うべきか。
ともあれ神剣の魔力によって常人と比して何倍もの身体能力を獲得したスヴェンの動きはずば抜けていた。
受けた剣ごと断ち切る豪、その目で対応できぬほどの瞬。
辛うじて動きについてこれたか、あるいはまぐれで届く敵の刃は制服の上から着込んだ胸甲で当てて弾く。
十数名が瞬く間に半数となった。
死者はゼロ……負傷とて障害が残るレベルではない。
スヴェンは殺人の訓練を受けたことがある。
どこまでやれば死ぬか、あるいは障害が残るか否か。
故にそのさじ加減が分かるのだ……生真面目な彼は優秀で、その努力が今目の前にある。
時に殺すより、殺さない方が脅しとしては遥かに脅威となる。
仲間が殺されれば復讐や恐怖で怯む身体を叱咤できる。
だが殺さず手加減されれば……まだここで戻れば敵わぬ相手を敵にしたと言う失敗をなかったことにできると言う、希望が戦意を鈍らせるのだ。
見知った仲間の死に顔がチラつく。
それをなかったことにできるとしたら。
「こうなれば……魔法で。あ……鉄壁では通じぬか」
隊長は指示を出すことなく呆然としていた。
そんな彼の首筋にいつの間にかスヴェンが大剣を突き付ける。
「ここを通してもらえないか、それなりの代価は用意する」
発言内容はほぼ同じでも、状況は一変している。
隊長は完全に心が折れていた。
ゆっくりと頷き、他の兵士に退却を辛うじて命令した。
こうして、襲撃は十分足らずで終了したのだ。
*****
「なぜスヴェンはあの「神剣」を使う……もっと自分に適した武器があるだろうに」
「ああ、やっぱり気づいたっすか……」
「あれ、祖父であり英雄ローベルトの大剣だろう……スヴェンはフルパワーで使える魔力を供給できない、そもそも適応も悪いだろうしな」
神剣は基本的にその人限りの武器だ。
長い年月をかけてその人に合うように変化させていき、スキルを会得するのだからその人以外には使えず、また熟練にも長い年月がかかる。
だが近しい血縁ならば「継承」することができるのだ。
しかしそれは継承と言うよりも神剣を騙して使うと言った方が正しい。
初めから強力な神剣を使用できるが、適応率が悪く真の力を解放できない。
将来性がないため余程危機的な状況でない限りそんなことはしないし、しても一時的な物だ。
だからそれは純粋な戦力としての意味ではなく、別の意味があるのだ。
「今のバウムガルデン家は英雄ローベルト様の威光で維持されているようなものですから、いろいろとしがらみがあってよ」
言いにくそうにハインリヒがエルネストに囁く。
祖父の威光に鬱屈した感情を持っていた息子のランドルフはその威光を跳ねのけるかのように手を広げた。
そして広げ過ぎた。
膨らみきった事業は赤字だらけで、それを何とかしようとすれば混乱が起きてそこを他の剣聖家に突かれる。
何もかも剣聖家の争いが悪いのだった。
まともな運営よりも敵対者の撲滅に力が注がれてしまう。
「……さすがに同情するな。剣振るだけが能の俺には何とも言えないけれどよ」
「スヴェン様もかなり追い詰められていると言うのに、老幹部らは既得権益の維持と足の引っ張り合いをするだけ
それでは三家の攻勢に耐えられまい。
絶望的とも言えないが、沈みかけつつあるバウムガルデンを思いながら、エルネストはロゼとスヴェンの戦力差を検分する。
総合力ではスヴェンが有利。
戦い方から見て、対人だけではなく不死者のような対魔物の訓練も積んでいる。
経験の差は大きい。
スヴェンからすればロゼの戦い方は我流で穴の多い物なのだ。
だがスヴェンは己に合わない武器に固執している。
言うなれば振るのが精一杯の巨大な武器を扱うのだからスキが大きい。
そのスキを突き、「支配」のスキルの初見殺しを狙えばただの一回の試合に限定すれば勝率は6、4でロゼが有利。
「で……あんたが相手ならスヴェン様はどのくらい戦える?」
揶揄うようにハインリヒが問うてくる。
エルネストはぶっきらぼうに答えた。
「枷がついた相手なら、一瞬で終わるよ」




