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郊外都市へ・一

―――父親を殺した男にその娘を嫁がせるわけないだろう


 深夜のどこぞの屋敷にて四十半ば程の壮年の男が飛び跳ねるように起きた。

 脂汗が流れ、瞳にははっきりと恐怖が浮かんでいる。

 悪夢を見たというのがこれだけでもわかる。


「どうかなさいましたか?」


 カギを開ける音の後に、武装した兵士が入ってくる。

 室内のただならぬ様子を感じ取ったとすればこの兵士はひどく感覚が鋭敏だった。


「……なんでもない、ただエリーゼを預かっていた卑劣な男の夢を見ただけだ」

「ああ、確かジークルーネ女王陛下のお父上のベオウルフ卿でしたかな」

「女癖の悪い男だったよ……エリーゼを娶るのにどうしても承諾してくれなくてな」


 そして斬った……とはさすがに口に出せない。

 彼はエリーゼを略奪婚したのだ。

 もっとも、実家を乗っ取った叔父であるローベルトに復讐を誓うエリーゼ本人からすれば協力者である彼との結婚は願ったことでもあるのだが。

 今は亡き妻との25年以上前の馴れ初めだった。


「寝酒をお持ちしますか?」

「いや……もう朝が近い。今更寝られんだろう……仕事をする、近況報告を聞きたい」


 そうして彼は……ベルンハルト・ノイン・ヴェルダンディアあるいはフォン・バウムガルデンは報告を聞く。


 不死竜事件での剣聖家の威信低下と王党派というテロリスト集団のわずかな影響力増加。

 そしてバウムガルデン家の軍との接近。

 それは彼の実子であるハインリヒからもたらされた情報だった。

 その詳細な内容にベルンハルトは満足そうに微笑む。

 真面目なだけが取り柄のランドルフのバカ息子より余程有能ではないか。

 とはいえ、バカ息子呼ばわりされているスヴェンにとっては少し理不尽かもしれない。

 年齢を誤魔化して入学した同級生と比べれられるのはさすがに酷だ。


「数日後に今や正規軍本拠地となった首都郊外にある要塞都市レギンレイヴに向かうか」

「襲撃しますか?」

「いや、我々も行こう……恐らくこれが本当に最後のチャンスだ。ゴットハルトは本当によく働いてくれた。死に様も含めてな」


 一見称賛のようだが、少しでも注意深く見ればそれが冷酷な評価だと言うのが分かる。

 処分する手間が省けた……そう言っているのだ。


「準備をして欲しい……私はほら、移動に時間がかかるから」


 ベッドから起き上がるベルンハルト。

 右足が床に下ろされ……次に左足がとはならなかった。

 彼の左脚は膝のあたりから下が消失していた。


「私は貴方を信用できません……本当に我らのために働いてくれるのか常に疑問が浮かんでいます」

「そんなことはないさ……私は奴隷だよ、この国のために報身せねばならない歯車の一つに過ぎない」


 どこか疲れたような儚げな顔は見る者の庇護欲を刺激し、彼のために働きたくなる欲望を生み出す。

 だが実子であるハインリヒが見れば顔を引き攣らせたかもしれない。

 また側近が変わるのかと。


「では、25年ぶりの祝祭といこうじゃないか」


*****


「お土産は何にしようかな……」

「お気楽ですね、オフェリア」


 数日後、エルネストら6人(エルネスト、ロスヴァイセ、セシリア、オフェリア、スヴェン、ハインリヒ)はレギンレイヴ市に向かっていた。

 鉄板に神剣魔法に対抗するための特殊な樹木を裏当てした装甲車とも言うべき馬車に乗っている。

 一応は軍上層部とは話がついているが、末端の暴走で襲撃される可能性は否定できない。

 それだけ剣聖家と軍の溝は深いのだ。


「それで今後の方針はどうするつもりなんだ?」


 両脇をロゼとオフェリアに固められて居心地悪そうにエルネストが提案した。

 なんでこんな配置にしたの?

 三・三の六人席なら男三人と女三人でいいじゃないかと顔に出ていた。


「基本的にはスヴェン様が交渉することになります。他は軍幹部と会話して仲良くなって貰う感じで。特に大戦時の知り合いが多いエルネストには頑張って貰いたいと思います」

「25年も経っていたら大戦時の幹部は大概死んでいるだろう。休みだからって朝から潰れるまで酒飲んでいた健康とは無縁の輩だからな。当時二十代以上の幹部クラスはほぼあの世逝き。いくら元老だからって頭数が少なけりゃあ影響力もたかが知れているだろう」


 ハインリヒが目を細める。

 暴れるだけが能だと思っていたが意外に現状を理解している。

 そんな分析さえもエルネストには把握されている。

 目の前の事柄に限れば、彼は鋭敏なのだった。


「俺が大戦時の親衛隊だったことは忘れろ。俺は不死竜事件でたまたま功績をあげた幸運者。それで多少は影響力があるだろう。数か月後には忘れられるだろうから今が利用し時だぜ」

「意外に謙虚だな……」

「目の前で、増長して失敗した反面教師のアンヘルがいたからな。嫌でも冷静になる」


 互いに探り合うエルネストとハインリヒ。

 そんな緊張を破るようにスヴェンが声を出す。


「主軸はエルネストと母親が親衛隊だったオフェリア、そして私の婚約者の王女ロスヴァイセか……」

「……」

「私との婚約は不本意だろうが、今回は協力してもらうぞ。私情は捨てろ、子供ではあるまいし」


 ロゼの殺意すら混じった視線を正面から受け止めるスヴェン。

 ここ二か月ほどで色々なことがあったが、王女ロゼと上級貴族次期当主のスヴェン……二人の対立は解消されなかったようだった。

 敵意丸出しの視線の応酬……彼らが夫婦になるなど想像できない。


「まあ、今回はあまり婚約者という事は強調しないでいた方がいいでしょう。下手をすれば人質と取られかねません。銀髪という事で王族という事は間違いないので、王族の学友ということで濁すのが最善かと」


 仲裁するようにハインリヒが口を出す。

 幸いにも双方が落としどころとわきまえた様だった。

 睨み合うロゼとスヴェンは同時に目を逸らす。


「本当は軍内部でも王家の威信なんて地に堕ちているから、王女を名乗っても信じて貰えない可能性が高いからなんだけどね」


 エルネストの耳にくっつく程近づいてオフェリアが囁く。

 エルネストはげんなりするが、顔に出すのは抑えた。


「ところで私の母親で、私と同じ名前のオフェリアという女の子の事はご存じ?」


 突如として挙げられた名前にエルネストは首を傾げる。

 確かにリアという名前の少女に知り合いはいなかったが、オフェリアなる名前には知り合いがいなかった。

 それを告げるとオフェリアは呆れたように返した。


「リアは愛称……本名はオフェリア。世話になったと感謝したかったそうよ。母親に代わり私がお礼します……いろいろと」

「そうだったのか……で、リアは?」

「流行り病で数年前に……」

「そうか……封印された事を今になって恨むよ。知り合いの死がどんどん告げられる」


 本当に消沈しているエルネストにオフェリアはどこか嬉しそうな顔をする。


「なるほど……お母様の言った事はほんとうだったのね。優しい人」

「そんなんじゃねえよ……」


 過去を懐かしむように目をそらすエルネスト。

 だが実は懐かしんでもいないし、本当にそんなんじゃなかった。

 オフェリアの母親のリアについて思い出そうしたのだが、何も思い出せなかったのだ。

 エルネストにとっては単純にお節介をした人間というだけで特に執着していた訳ではないのだ。

 オフェリアに敬意を持たれても何も答えようがない。

 なんかいろいろと詳しいこと聞かれるとボロが出そうなのでエルネストは会話内容を変えることにした。

 

「しかし、その服古くないか。学校の制服で良くないか、あの黒いの」


 オフェリアの服装はかつて親衛隊で母親が着ていたであろう古着だった。

 確かに軍の前身であった親衛隊の服装は好評なのかもしれないが、元親衛隊の母親の娘という間接的な立場でも効果があるのだろうか。


「私の母親は汚い手段で親衛隊を追放されたんだ……所謂ポスト争い。そして陥れた人間が今、幹部をしている、しかも老い先短い年齢。……どうも寿命が近いせいで気が弱くなって、罪滅ぼしかなんなのか、私に優しくしたいらしくて」

「……それで、その服装を?」

「顔も似ているそうで、当時の自分の所業を嫌でも思い出すとかなんとか」

「……脅し目的かよ、たくましいね」


 やや引くエルネスト。

 ねちっこくゴネる方法は彼にしてはあまりしたいものではない。


「オフェリアは甘い汁は吸えるだけ吸うタイプなんです」

「孤児院の経営にお金は必要……」

「その孤児院の弟分には「いい加減にしなよ、姉ちゃん」とか言われているみたいですけどね」


 ロゼが補足する。

 エルネストはさらに引いた。

 もはや腰が引けている程だ。


「何事だ……?」


 そうこうするうちにレギンレイヴ市の正門に到着する。

 先行する私兵団の馬車から連絡が届く。

 スヴェンがそれを聞き、顔を曇らせた。


「今日、会談するはずだった軍幹部が死亡……?」

「事故だそうです……深酒をして階段から落ちたそうで。もう五十代ですし何時死んでもおかしくない年齢ですが、幸先が悪いですね」

「このタイミングでこれか……本当に事故なのか?」

「スヴェン様もいろいろと分かって来たじゃないですか……暗殺の可能性もありますね。軍内部もいろいろありますから……一応は主流派が半数以上を占めていて、剣聖家のような内部争いに発展しにくいのは確かなんですがね」


 ハインリヒが揶揄するように説明する。

 スヴェンは抑えたのか、何の反応も見せなかった。


「ロゼ……武装の確認をしておけ、ここは敵地だ」

「分かりました、気を抜かないように気をつけます」


 緊張感を胸に、六人を乗せた馬車はゆっくりと市内部に入っていった。

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