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近況報告・三

「炎剣、十字剣、曲刀の剣聖家の三家はウチと徹底抗戦する構えですぜ」


 場所は学園敷地内のバウムガルデン家本宅。

 そこで当主代行のスヴェンと側近のハインリヒが今後の指針を話し合っていた。


 祝賀会での不死竜討伐を成し遂げた扱いのバウムガルデン家の名声は大いに上がり、一人勝ちの様相を見せ始めた。

 それは許すまいと他の剣聖家が団結して潰しにかかったのだ。

 既に新市街のバウムガルデン家傘下の店が襲撃を受けている。

 現在は嫌がらせ程度だが、いずれは家そのものを揺るがす攻撃に打って出ることは想像に難くない。


「そんな中、こちらは内部の統制すら覚束ない有様。俺は無能だ……何が次期当主だ」


 苦渋に満ちたスヴェンに対し、ハインリヒはどこか余裕そうだった。

 スヴェンを微笑ましい目で見るのはいささか不敬ではあったが。


「まあ、気楽にいきましょうよ。セシリア様なんて昨日はエルネストと外で遊んでいましたし……帰ったときは不機嫌でしたが」

「こんな時にあいつはまったく」

「もう不死竜事件から二週間ですぜ。いつまでも上がピリピリしていたら、下が持ちませんよ」

「だからといって……いや、不死竜事件の功労者であるエルネストと友好をアピールするのは政治的に理にかなっているか」

「意外と本気かもしれませんよ……あのブラコンが社交辞令以外で男に興味を持つのは初めてじゃないですか」


 あくまでも軽口に留めるハインリヒに対し、スヴェンはどうにも真面目腐った態度が目立つ。

 性分なのか、あるいは未熟なのか……。


「学院卒業後にはあいつは政略結婚に出すつもりだが、好いている相手がいるなら……いや、ダメだ。妾腹だとしても上級貴族の子女がたかが平民に嫁がせては示しがつかない。あくまで家に利益を与える相手でなくてはな」

「では注意しておきますか?」

「ああ、そうしてくれ」


 スヴェンは腕を組んで何やら考え込み始めた。


「エルネスト・シュタイナーについて調べて欲しい。たかが平民とは思えない」

「……調べてはいますが」


 ハインリヒが分厚い報告書を出す。

 数々の協力者から集めたエルネスト・シュタイナーの資料であった。


「本人なのは間違いないでしょう、ジークルーネ女王陛下の旧家に封印された「不忠の臣」。大戦において軍……当時はジークルーネ王女殿下の親衛隊でしたかな、その一人。実力は索敵特化の三流……王女の従者のために分不相応な扱いを受けている」

「だがどう考えてもあの実力は一流どころだ。親衛……軍レベルではとてもあり得ない」

「今の、大戦を知らない中堅どころとは同じには見れませんよ……それはともかく、調査は困難を極めます。あんまり友好的な人物がいなかったみたいですし、何よりも大戦より25年も経っていますからね。当時の内部事情を知る幹部クラスはほとんど鬼籍に入っているんですよ」


 現在の軍、当時の親衛隊……の幹部は40代での死亡が目立つ。

 ただ何も暗い内情があるわけではない。

 親衛隊の前は一介の冒険者や傭兵と言った市井の外側にいた無頼漢。

 大戦で功績をあげて上流階級の仲間入りをしても、身体を気遣うと言う発想は出てこなかったようだ。

 突如得た大金を暴飲暴食や漁色につぎ込み、身体を壊した人間の多いこと、多いこと。

 結果としてエルネストはもはや軍内部では過去の人物と成り果てた。


「話は変わりますが、エルネストをダシに「軍」との連携を考えた方がいいんじゃないかと思うんですよ」

「加害者の我らに協力してくれると思わんが……」


 スヴェンの顔には不審の念が強い。

 と言うのも……無能で暴虐な王家を追い落としてこの国の実権を握ろうとする剣聖家からすれば、王家の武力担当の軍は宿敵ともいえる存在だ。

 大戦の元老が死に始めたころに剣聖家は女王との分断工作を図り、それは成功して女王は孤立したが、その時点で剣聖家は軍と交わした数多の密約を一方的に破棄して、軍を郊外に追放した。

 経済基盤も奪い取り、今では軍の収入は剣聖家からの援助金で賄われている。

 無論、軍を維持できるギリギリまで予算は絞られていた。

 正規兵だけでは人員を確保しきれず、オフェリアのような学生アルバイトで穴埋めする程困窮した彼らの剣聖家に対する恨みは深いことだろう。


「そこを何とかするのが次期当主の手腕ではないですか……どのみち、三家が相手では勢力差でいずれ押し切られます。外部の力に頼る以外にバウムガルデン家に生存の道はないと思いますが……」

「だが奴らがエルネストだけでこちらの話を聞いてくれるのか……」

「大貴族の御曹司が頭を下げるだけで相応の効果がありますよ。貴族主義の剣聖家に対する平民の希望と言われていますが、逆を言えば目先の欲に動かされる平民程度の知能しかない俗物の集まりですからね。大戦の元老ははさすがに手ごわいですが、中堅幹部は酒と女で脳をかき乱せば、それなりに……」


 ハインリヒには明らかに冷ややかな蔑みがあった。

 仄暗いのその表情に、スヴェンは一瞬、気圧される。


「分かった……頼む」

「お任せを……」


 ハインリヒは慇懃に礼をすると即座に軍との会合の準備を始める。

 その妙に愉しそうな後ろ姿にスヴェンは何とはなしに声をかけた。


「俺はお前を買っている……いずれ当主になった暁には右腕として遇しようと思っているくらいだ。女遊びも程ほどにな……まさか子供がいたりはするまいな」

「まさか……俺は母親を泣かせても女は泣かせない主義でして」

「どちらも泣かせるな……仮にいたとしても片手の指くらいは面倒をみてやる」

「……? ありがとうございます」


 ハインリヒはスヴェンの意図を図りかねているようだった。

 そしてややあって気づく。

 人の悪そうな笑みが彼の顔を覆った。


「裏切りませんよ、俺はこの家を……」

「別にそういう意味で言った訳ではない」

「隠さなくてもいいじゃないですか……」


 スヴェンは顔を逸らす。

 そのせいか、ハインリヒが浮かべた笑み以外の挙動を見ることはできなかった。


「俺の両親は冒険者……そして今ではバウムガルデン家の援助によって冒険者ギルドの幹部をやらせてもらっています。この家を裏切ればたちまち路頭に迷う立場で裏切りはないでしょう」

「親は確かに見捨てられないからな」


 納得したかのようにスヴェンは肩の力を抜く。

 何か話そうと試みるが、話題があまり出てこない。

 沈黙を彼は嫌がった。静寂は……聞こえないようにした声を聴くことに繋がるからだ。


―――殺せ、殺せ

―――エルネスト、殺せ


「ランドルフ様はまた手紙を書いておられる様子ですな」

「隠れ家で何者かと会ってからずっとだ……正気でいられる時間がますます短くなっている」


 狂気に陥ったランドルフはたまに思い出したかのように手紙をしたためる習性があった。

 内容は……スヴェンが父親に落胆するには十分なほどに酷いもの。

 エルネストに対する罵詈雑言ならまだマシだ。 

 ジークルーネ女王に対する根も葉もない誹謗、ヤッただの殺っただの妄想の類でしかない。


「今も父上の命令通り女王陛下の旧家……エルネストが封印されていた墓所に手紙を送っているのか?」

「もう燃やしているだけですよ……エルネスト本人が封印を破って外に出てきたのに置く必要はないですぜ。誰が置いたか分からない花束ももう置かれてないようですし、まったくの無駄な行為です」

「そうか……」


 スヴェンが悲しそうに眼を細める。

 狂気に陥った後に対面したセシリアやハインリヒと違い、幼き頃の威厳ある父親を知っているスヴェンにとっては凋落したランドルフはその落差もあって目を背けたくなる程の苦痛。

 その痛みは岩を砕く雫の様に心に徐々にヒビを入れていく。

 

「俺が何とかしなくてはな……この家を守れるのはもう俺だけだ」


 その決意にはどうしても悲壮がついて回った。


*****


 同刻……深夜。

 エルネストは王宮にいた。


 厳重……人数はいたが意外に手薄な警備を掻い潜り、内部に潜入する。

 不死竜の内部で見た不可思議な状況。

 それを確かめるためにここに来たのだ。

 彼が二週間にしてきたことは、自分が帰らなかった場合の際にロゼを助力してくれる存在の確保。

 ようやくイルメラが見つかった。

 もはやここは死地だ。

 死を覚悟して望んだ戦場に彼は一人赴いたのだ。


 だがその覚悟は無駄に終わる。

 王宮は既にもう何もかもが終わっていた。


 「これは……酷いな」


 入口付近で配給された食物に群がるみすぼらしい何者か……それが25年前は王族として君臨していたことを誰が分かろう。 

 欠けてなくなった歯の代わりに歯茎で必死にパンを砕く。

 白く変色した舌ではスープの味など分かるまい。

 虚ろな目にはいったい何を捉えているのか。


 大戦後に腐敗を極めた王族は徐々に特権を廃止されていった。

 目端の利く者は事業を起こしたりして時代の流れに適応していったが、そうできない者が大半だったのだ。

 何も財産を没収されたわけではない。

 なんなら己の代に限れば、一生贅沢ができるほどの財はあったのだ。

 だがここにいるのはそれもできなかった者たち。

 

 かつての栄華を忘れることができず、それどころか時代の流れを忘れたいがためにかつて以上に散在して没落していった。

 もはや屋敷も売り払い、日々の食糧すら事欠く有様の彼らは王宮に集って女王陛下の慈悲に縋る。

 ……こともできず、糾弾して援助を確約させようとした。

 曰く……自分たちの窮状は貴方の無能故に。

 お情けで剣聖家から食料は配給されているため、飢え死にだけは避けられているがその精神の腐敗は抑えようがなかった。


「いい物飲んでいるな……」


 内部に進むごとにその惨状はひどくなる。


 廊下に寝そべっている中年の男は顔に黄色の出来物が目立つ。 

 過度の飲酒で身体を壊しているのだ。

 瞳孔が開いている……目も見えていない。

 エルネストが明らかに安酒と思わしき粗末な瓶を手に取る。

 底の方には砂が溜まっている。

 最底ランクの酒は嵩増しするために不純物を入れるのが常だ。

 だがそれでも程度が過ぎている……恐らくこの王族は値切ったのだ、権力を利用して……それに対する酒屋の返答がこれだった。


 たるみきったその肢体は長年に渡る不摂生のせい。

 あるいは……40ほどのこの男は、25年前の十代の頃から王城に寄生しているのだろうか。


 やり切れぬ姿にエルネストは別れて、王宮に中枢に進む。

 半裸で抱き合う男女の老人。

 明らかに自害したと思しき腐乱死体。

 そしてかつて政を行っていた本殿に入る。


 そこにはもはや腐臭すらしなかった。

 各部屋にあるのは白骨死体の数々……。

 調度品の数々も売りに出されてなく、生前の様子を推測することすら困難な有様。

 少なく見積もっても十年は放置されている。


(ここはもう遺跡だな……つまりは王城にいたというランドルフ、アンヘルの証言は真っ赤な嘘)


 親友二人のあまりに非道な虚言にエルネストは絆が経たれるのを感じていた。

 大戦時、不死王打倒という勇者の物語に隠された熾烈な権力闘争。

 そんなものはもう終わっていたと思っていたのに。


 そしてエルネストはジークルーネ女王の執務室に入る。


(ここだけ埃の堆積が少ない……)


 そこは無人だった。

 淀んだ空気にかび臭い部屋。

 だがここまでの廃墟に比べればまだ人並みが残っている。

 恐らく……ここが無人となったのは半年以内。


(うちの姫さんはどこに……いや、もう)


 エルネストは主君であるジークルーネ・ノイン・ヴェルダンディアの死亡、多分に殺害を断定した。

 もはや彼女の救助に労力を刺すのは無駄ではなく、危険。

 敵は必ずや救助に出向いたエルネストを狙い撃つだろう。


(敵は誰だ……ランドルフか、アンヘルか、ベルンハルトか、全員かそれ以外か)


 思考を続けながらエルネストは一晩掛けて王宮を捜索した。

 だが何も見つけられず、不死竜が転送先とした大釜も発見できなかった。

 もうここには用はない。

 何もかも終わったのだ……エルネストが封印されている間に。


 一抹の焦燥を胸にエルネストは朝方になって退去した。

 彼を観測し続けた一対の目に気づくことなく。

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