招かれざる者・二
大陸よりほどなく離れたノルン島。。
伝承によれば、「ノルンの三女神」と「不死王」が世界の覇権をかけて戦い、その決戦の地だと言う。
その伝承が真実か否かはともかく、この島に住む人々は太古から不死王の眷属たる「不死者」との戦いに血涙を捧げてきた。
特に数十年前の不死王の復活による大戦は島の南東部を壊滅させるほどの激しい戦いとなり、最終的に没落王族「ジークルーネ姫」率いる連合軍が総力を挙げて不死王を滅ぼし、島およびヴェルダンディア王国は平和を手にすることができた。
よくある、何処にでもある戦記譚……。
違いがあるとすれば、人間を率いるはずの王族がどうしようもないほどに腐りきっていたことだろうか。
ジークルーネは例外中の例外……不死王の復活がなければ革命が起きていたという冗談が冗談で済まないほどの、腐敗ぶりだった。
だがジークルーネの活躍により、人々は王族を見直し、姫……改め女王となった彼女によって腐敗は一掃される……。
物語の結末はそんなところだった。。
*****
(器じゃねえから、やめとけって言ったんだけどな)
エルネストは心の中で嘆息し、彼女の事を思う。
王への道を手に入れた主君の事をだ。
本人にいくらやる気があり、能力があっても周りがクズならばどうしようもないこともある。
父親が異常なまでの色狂いであり、娘の誕生日や妻の葬式よりも女遊びを選び、それどころか、はした金で娘を邪教徒に売り払う人道を踏み外した外道。
本来ならば子供の助けとなるはずの親でさえそうなのだ。
他の身内など、もはや味方と判定することすら愚かというしかない。
盛大に足を引っ張られ、監督不行き届きと自身の信頼を落としていったことは想像に難くない。
ただでさえ、王族の信頼が地の底まで落ちていたのだ。
善政をしいて、ようやく許される程度。
満点以上を取らなければ今度こそ、革命だ。
親の因果は子の報い……好き勝手に振る舞う親は罰を受けず、ただ子だけが理不尽な精算を迫られる。
「これでいいか……?」
「随分と古い貨幣だな……まあ、使えなくはないが」
「古物商に持っていけば、それなりの額がつくだろう……だからコメ多めな」
「調子に乗るんじゃねえよ、あんちゃん」
学院に近づくにつれて屋台が目立ち始める。
その中でエルネストは、コメと魚を炒めている店で皿一杯分の定食を買って機械的に食事を始める。
まともなメシは……それこそ25年ぶりだった。
(確かに面と向かって反対したのは生意気だったと思うがよ……何も生き埋めにすることはないだろう)
食べながら、エルネストは昔を思い出してイライラを募らせる。
あれは不死王を下し、その戦勝記念で宴会が開かれた夜だった。
ジークルーネ姫に呼び出され、いつものように益体のない愚痴を延々と聞かされ、いい加減、料理を前にして我慢できなくなっていた時……。
お茶に一服盛られたと気づいたのは、体が痺れて動けなくなった時だった。
―――貴方は追放よ……もう生きて会うことはないでしょう
そのまま袋詰めにされて地面に掘られた穴の中にポイっ……這い出てこられないように上から封印魔法までかけられる始末。
ただし、それが暗殺と断定するにはやや熟考の余地がある。
神剣魔法の一つである「封印」は拘束以外にも物体を長期保存する効果もある。
言うなれば、禁固刑……その刑期は25年。
特に何か悪いことをした覚えのないエルネストとしては理不尽すぎる刑期だが、感覚的には一瞬で終わったので実の所、それほど恨みに思ってはいない。
長期の封印は失敗率が非常に高く……十年以上の封印の生存率は25パーセントを切るのだが、あえてエルネストは考えないようにしていた。
彼はジークルーネと言う女を良く知っていた。
主君であると同時に、十年以上の付き合いのある幼馴染。
奴に身内を粛清する気概などあるわけがない。
だとすれば、誰かにかどわかされた。
(うちの姫さんに身内を粛清する度胸なんてあるわけないしな、ましてや俺を)
殺したいのならば、薬で身動きを封じた段階でいくらでも方法はある。
なのに方法は封印魔法での衰弱死狙い。
どうにもちぐはぐ……その不自然さがどうにもひっかかる。
親から尊厳破壊という名の虐待を受けた少女……。
その境遇をプライドで乗り切ろうとした哀れな幼子。
「ありがとう」も「ごめんなさい」も言えなくなった。
傲慢な王族を演じることしかできなかった……ジークルーネ。
エルネストの口元には人の悪い笑みが浮かんでいた。
それは従者としては不敬極まりないもの。
さすがにそれが「悪い」ことなのは理解している。
食事を続けるうちにその顔はいつものぼんやりとした物に戻っていた。
*****
エルネストは目的を再確認する。
自分を陥れた人物に目星はないが、生き埋めに協力した輩には心当たりがある。
袋詰めにされたエルネストを運んだ男二人。
エルネストが意識を失っていたと思い込んで、沈黙を守れなかった迂闊な二人だった。
―――親父には絶対にばれないだろうな
英雄ローベルトの息子 ランドルフ・フォン・バウムガルデン。
―――本当にこんな不確実な殺し方でいいのですか、お嬢様
ジークルーネの使用人 アンヘル・ロイスナー
とりあえず、この二人を締め上げれば何か分かるだろう。
ジークルーネ本人に聞けばいいのだが、さすがに王宮に何の準備もなく行けるわけもないことは分かる。
恐らくはアンヘルも使用人として王宮にいるはず。
だとすれば、狙うのは消去法でランドルフ。
英雄ローベルトの息子にしてバウムガルデンの……恐らくは現当主。
25年前の段階でランドルフの父にしてエルネストにとっての恩人であるローベルトは50を超えていた。
50歳とはこの島では終活を考えなければならない年齢だ。
さすがに生きてはいないだろう。
(世話になったな……まあ、大分扱き使われたし、ひどい目にもあったが……うちの姫さんを助けてくれたし、葬式ぐらいは参加したかったな)
そんな風にしんみりと思いながら道を行く。
25年前はまばらに木が生える草原だったバウムガルデンの所領。
今は荘厳な学び舎が建っていた。
本家はその敷地内の中だろう。
招待状があればいいのであろうが、ないので忍び込むしかない。
まずは学院内に入り、夜を待ってバウムガルデン邸に潜入する。
(そういえば……あの花束は誰が置いたんだ?)
感覚的には、生き埋めにされて意識が途絶え、封印が解けて起きた時には土の中。
必死に這い出て地上に出たところでまず初めに見たのは花束だった。
まるで墓前に捧げるように置かれた花を、エルネストは埋められた腹いせもあって癇癪を起してバラバラにしてしまった。
花束の中には手紙も入っていたのだが、気づかず一緒に粉みじんにしてしまったので内容は判別できなかった。
何か重要な物だったかもしれないが、やってしまったことはしょうがない。
エルネストはそう雑に処理する。
気が付けば校門の前に来ていた。
「風紀委員だ、通してくれ」
「見かけない顔ですね……しかも貴方その目の色、武器まで持って」
校門を守る王家の紋章を付けた守衛扱いの騎士はさすがに不審がるが、エルネストは腕章を見せつけるように突きつける。
腕章には風紀委員の文字と何やら家紋のようなものが描かれている。
王家を守る九つの剣聖家が筆頭……バウムガルデンの大剣を模した家紋だ。
「バウムガルデン家の俺に対して、恥をかかせるのか?」
そう告げた途端、騎士が顔を青ざめる。
目の前の何者かが剣聖家の身内を詐称しているという疑惑は、万が一何者かが本当にバウムガルデン縁のものであった場合の自分への制裁という名の恐怖で吹き飛んでしまったようだった。
(案の定か……俺の言った通りだな、うちの姫さんは王家の改革に失敗した訳か)
この程度の脅しにも屈服する騎士。
それだけ剣聖家の身勝手がまかり通っているという事実。
王家直属の彼は剣聖家ともめた場合、王家が剣聖家らから自分を守ってくれないと猜疑している。
(ま、そのおかげで俺の出番が来るわけだがな……)
自分の予想が当たり、自分を粛清した姫の間違いが証明された。
エルネストの表情は。クジ引きが当たったように愉しげだった。