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近況報告・二

「……という訳で、エルネストさんがいなくなった隙に始めましょう」

「何をですか、オフェリア?」

「コイバナ……」

「恋鼻……?」

「わ~い、大戦争勃発!! パチパチパチパチ……違うからね、ロゼっち」


 三者三様の表情を浮かべて始まる女同士の駆け引き。

 ただしセシリアとオフェリアはあくまで遊びなのだが、恋愛において未熟なロゼは訳も分からず臨戦態勢であった。


「まず情報を出し合いましょう……エルネストさんに今現在付き合っている人間はいるかどうか」

「わ、分かりません……」

「ハインリヒの情報だと、夜は鍛錬しているばかりで女で遊んでいる様子はないです」

「そうなのですか!!」


 今の今まで、朝帰りの時はどこかで遊んでいたと思っていたロゼは思わず頬を緩ませる。

 対して二人はあきれ顔だった。

 お前……一か月以上も一緒にいてそんなことも調べなかったのかと。

 ロゼがエルネストに尋常ならざる感情を抱いているのは周知の事実。

 であるならば奥手と言うか、無策すぎやしないか。


「で、過去の大戦時の事なんですけど……どうも女癖が悪いという情報が多いのですが確証が持てません。友達がいなかったせいで噂程度の内容しか調べられません」

「あ、それなら私も聞いた……小さい女の子が好きだったとか、乱交していたとか女遊びが激しすぎて恋人に縁を切られたとか。でも情報ソースがアンヘル先生だからな。あの人、人を揶揄うの好きなんだよね」

「お母様と一緒に寝ていたとか、同じ服を着ていたとか聞きましたけど、それも確証はないです」


 本人が聞けば目を剥くような内容が続く。

 ジークルーネの側近としての嫉妬の対象であり、弁護してくれる親しい知人もなく、何よりも十数年前の王族が関わった不正事件である「シュタイナー事件」という濡れ衣もあってエルネスト・シュタイナーの評判は地に堕ちている。

 封印されている間にとんだとばっちりだが、今更どうしようもない。


「あの性格で遊んでいるとは思えないんだよね……と言う訳で今のうちに私色に染めてしまいたい」

「私は良い友達でいたいな」

「そんなこと言って何をしでかすか分からないじゃない……孤児院の院長を監獄までぶっ飛ばしたくせに」

「……ふふふ」


 火花を散らすセシリアとオフェリア。

 共に情報を武器にしている二人だが、あくまでバウムガルデン家を中心としているのセシリアに対し、オフェリアは学院と働いている軍の浅く広い情報網。

 こういった特に機密ではない情報ではオフェリアの方が集めやすい。

 それ以外にも、所属している孤児院の事実上の院長であり、年長者「姉」とバウムガルデン家次期当主スヴェンの「妹」という立場上でも両者に違いがある。


「私は……エルネストさんの意思を尊重したいと思います」


 おずおずと抗議するようにロゼが声をあげる。

 だがそれは両者の攻勢を招いた。


「そんな消極的ではダメだよ、ギーちゃん。そんな事だと他の積極的な女に取られるよ」

「好きなんでしょう、だったら自分以外の女は排除するくらいで行かなきゃ」

「いえ、別に特に恋人になりたいわけでは……」


 ロゼのいやに煮え切らない態度に両者は不審を抱く。

 何か自分たちの知らない情報を知っている。

 それが何のか分からない……だがそれがエルネストとロゼをつなぐ強い鎖であることはおぼろげながら分かる。


「でもさ、一途そうだよねエルネスト……誰かと恋人になったら他の女と縁を切りそう。今の相部屋からも出ていくかもね」

「そ、そんなことは……」


 意外と脆い鎖だったようだ。

 ロゼが分かりやす過ぎる程に動揺する。

 恋人を作るのは大丈夫でも、縁を切られるのは嫌らしい。


「そんな人ではないです」

「分からないよ……不死竜の一件が知れ渡れば近づいてくる女もたくさん出てくるし。綺麗な女の人がおっぱい押し付けても動じない男なんていないんだから」

「い、いえ……」

「じゃああげてみてよ……女にだらしなくない男をさ。スヴェン様以外で」

「くっ……誰もいません」


 セシリアがロゼの急所を突く。

 長年の付き合いで、セシリアはロゼが「男性は綺麗な女にはすぐ靡く」と偏見を抱えていることを知っている。

 と言うのも、父親に祖父ベオウルフ、さらには寄宿先のランドルフと彼女の周囲でスヴェン以外は女にだらしない輩ばかりであった。

 サンプルが悉く真っ黒なので、勘違いしてもしょうがない。

 セシリアが矯正用に肉体接触をも含む過激なラブロマンス本を提供しているが、さすがに本の内容を現実と同一視するほど、ロゼは幼くなかった。


「ともかく私達三人が手を組んで、他の女が近づいてくるのを阻む……これで行きましょう」

「その過程で三人の誰かがエルネストさんと親しくなっても恨みっこなしで」

「分かりました……三女神に誓ってエルネストさんを守り抜きましょう!!」


 互いの思惑がまったく重なることなく不揃いな同盟関係が成立……しょせんは遊びなのだが。

 セシリアとオフェリアがロゼを巻き込んだ理由は一つ。

 エルネストがなんだかんだでロゼに甘いことは二人とも知っている。

 故にエルネストにちょっかいを掛けたいけど、怒られそうだからロゼを盾に使う。

 そういう小癪な思惑があったのだ。


 最初からエルネストが他の女に心を動かされるとは思っていない。

 だから遊んでいられるのだ。

 それはどこか、幼女が自分に絶対に危害を加えない知古の成人男性を揶揄うのに似ていた。


*****


「クソ……あっさり見つかっちまうとはな」

「何をやっているんだ、お前……」


 厨房に逃げ込んだ監視者……ハインリヒをエルネストは特に苦労することなく捕まえた。

 厨房の調理師達の迷惑そうな顔が意外にエルネストの心を傷つけるが、そこは根性で耐えるのだった。


「この頃、遊び過ぎていてよ……金が足りないから、ここでアルバイトしてんだ」

「人とご飯を待たせているんだ……騙し合いは今度にしてくれよ」

「そう言えばデート中だったな……すまんすまん」

「デートじゃねえよ」


 ハインリヒは徐にメモのような物をエルネストに手渡す。

 書かれていたのは、まるで冒険小説の一節のような勇壮な文章だった。


「アンヘル先生が自作小説を見て欲しいってさ」

「そうか……暇なときに向かうとしよう」


 暗号だった。

 時と場所、そして会合する相手。

 エルネストが懇願していた、かつての親友ランドルフとの会合が今夜ついに行われるのだ。

 エルネストの口元が緩む。

 大戦で肩を並べた戦友と会うのが今から愉しみで仕方がないのだ。


「ところで話は変わるけどよ……あの三人とのデートはお前が提案したのか?」

「誘ってきたのはあっちだ……」


 エルネストは心ここにあらずと言った様子だが、そこでふと何かを思い出す様に顎に手をやる。

 疑わしい視線がハインリヒに注がれた。


「セシリアに結婚してくれと言われたが……お前の差し金か」

「結婚……な訳ないだろう。セシリア様はああ見えて良家の子女として自覚は十分あるぜ。婚姻を提案されたのなら、家のためと考えての事だろう」

「そんなにバウムガルデン家は不味いのか」

「ランドルフ様は病気で塞ぎ込んで政務が取れない……。そこを掌返したように古参の家臣がスヴェン様の足を引っ張っている。女の癇という奴か……セシリア様はそういった家内部の微妙な空気を読むに昔から長けていたから、俺らより危険な状態を察知しているのかもな」


 どこか遣り切れないようなハインリヒの態度に、エルネストは思案顔になる。

 ロゼ、いやジークルーネの時と同様だ。

 突如として忠義を失い我欲に走る家臣やかつての協力者たち。

 大戦時は命がけで尽くしていた親衛隊の見限り。

 もはや用済みとばかりに蔑ろにされるかつての戦姫、現在の女王。

 いったい裏で何が動いているというのか。


「しかしだとしても珍しいな、いや初めてじゃないか。セシリア様がスヴェン様以外の異性にここまで入れ込むなんて」

「家のためか、実兄のためなんだろう……なんなら婚姻だけ結んでほとぼりが冷めたら婚約破棄って方法もある。俺は別に外聞には気にしないからな。そのぐらいなら協力してやってもいいぞ」

「婚約破棄がどうってことないとは貴族連中が聞けば目を剥くな……そんなにセシリア様の力になりたいのかよ」

「ランドルフの娘だからだよ。身内じゃないが親友の子供にはそれなりに力を貸してやるさ」


 エルネストの脳裏に浮かぶのは戦場で必死に認められようと神剣を振るったかつての逃亡者の姿。

 動機がジークルーネや父ローベルトに見初められたいという不純なものだったが、逆に共感できて好感が持てた。


「……少しは周りの女子の事を考えたらどうだ。お前、今かなりのモテ期だぞ」

「そうなのか?」

「ああ、人間不信気味で氷のように素っ気ないロスヴァイセ様に、実家の孤児院が振り回されているせいか学院を敵地と見ている鉄の魔女オフェリア。そしてセシリア様と三人が三人ともお前に興味を持っている……何かしたのか疑っているのは俺の方だ。セシリア様はまあ、おおよそ理由がつくが」

「家のため……」

「違うぜ……。不死竜に喰われかけたのを、一緒に喰われてまで助けに来てくれた人間に無関心ではいられないだろうよ」

「そうか……後で飯でも奢って貰おうかな」

「いや、そうじゃねえだろう」

 

 ハインリヒのそれは、まったく文化の違うの異国の人を相手にしているかのように悩ましい物だった。

 なんと説明しよう、なんと理解してもらおう。

 さんざん悩んだあげく、結局答えは出なかった模様。


「もしかして俺が学院に毒されて間違っているのか。確かに学院は風紀が乱れまくっているしな。学業より恋愛が重要視されているし、学院の隅には生徒専用の託児所もあるぐらい失敗した生徒が多いくらいだし」


 ブツブツと数分ほど呟き続けたあげく、ようやく立ち直ったハインリヒがエルネストに向き直る。


「まあ、いいか俺が気にすることじゃねえよな……ともかく必ず行ってくれよ。ところで今後の予定は?」

「四人で新市街を買い物して夕食も取るつもりだが……予定が変わったからな。買い物以降は三人で楽しんでもらおう。まあ、男がいない女子三人の方が気楽だろうしな」

「……そうかもしれねえな」


 全てを諦めたはずが、ハインリヒは未練があるようだった。

 表情から見て、それは利己的な理由には見えない。

 どこか幼子が坂から転がり落ちるのを危惧するような純粋な心配からのようだった。


「うまく伝えてくれよ」

「……? ああ、任せておけ」


 この上なく不安そうなハインリヒを、エルネストは特に何も考えていない無邪気な顔で返答した。

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